第3話

第3話「改めの日」

改めの日の朝。紺屋の前の掘割に朝もやがかかり、改め役の羽織の志乃と伊織が橋を渡ってくる。

改めの日の朝︒
5年分の申告は︑
もう出してあった︒

紺屋の板の間。志乃が焼き印の札を示し、宗吉とお糸が正座で向き合う。伊織は志乃の斜め後ろに控える。

志乃:改め役 榊
同じく見習い 伊織
始める

申告の御定め(前の世界の国税通則法と同じ)改め役は、身分を示す札を持ち、求められたら示す。商いの者に問い、帳簿・書付を見て、出すよう求められる。取引の相手にも、問うことができる。

税務調査はどこまで調べる?の解説

現実の事実税務署の職員は、調査に必要な時、本人に質問し、事業の帳簿書類などを検査し、見せるよう・出すよう求めることができます。お金や物をやり取りした取引先にも質問できます(反面調査)。職員は身分を示す証明書を持ち、求められたら示します。

調べられる物は?
帳簿・請求書・領収書などの帳簿書類のほか、商品・仕事場など「その他の物件」も対象です(国税通則法第74条の2)。
正当な理由なく見せないと?
罰則があります。一方、職業上の守秘義務がある時などは、正当な理由になる場合があります(国税庁 FAQ 問3・問6)。
取引先への調べは知らされる?
反面調査に事前通知の法令上の決まりはありませんが、運用上、原則として前もって対象者に連絡するとされています(国税庁 FAQ 問23)。

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まず︑聞き取り︒
商いの中身︑家の者︑
取引の相手︑
金の受け取り方︒

志乃が帳面に筆を走らせながら鋭く問い、宗吉が汗をにじませて答える。

志乃:染めの代金は
どうやって受け取る

宗吉:︙︙反物を返す時に
現金で
控えの札は
娘が書いてる

次に︑帳簿と書付︒
控えの札︑
藍玉の受け取り︑
お糸の新しい帳︒

畳の上に年ごとに並べられた札の束と、亡き妻の大福帳と、真新しい帳。志乃が一冊を手に取る。

志乃:札は よく残してある
――だが
帳は5年のうち
2年分しかない

お糸:残りの3年は
染め上がりの
控えの札があります

最後に︑作業場︒

第3話「改めの日」

薄暗い作業場。床に埋め込まれた十二の大きな藍甕が二列に並ぶ。志乃が腕を組んで見渡す。

志乃:甕が12
これだけの甕を回す紺屋なら
年に1000万の
売上はある

志乃:申告は520万
倍 隠している

お糸が甕の木の蓋を持ち上げ、ぶくぶくと泡の浮いた濃い藍色の液をのぞかせる。「ゴトッ」の描き文字。

お糸:待って
この4つは
藍を建てている
途中の甕

お糸:藍が育つまで
半月かかるの
その間は
一反も染められない

志乃が眉をひそめて、泡の立つ甕を見下ろす。

伊織:見立ては
甕の数から当てた
でも
甕は全部いつも
回ってるわけじゃない

志乃:なら
お前はどう出す

伊織:使った藍の量から

問屋の印のある藍玉の受け取りの束を、伊織が年ごとに広げる手元。

伊織:問屋の受け取りで
5年分
何貫の藍を
買ったか分かる

伊織:藍1貫で何反染まるかは
宗吉さんの
腕と手順で決まってる

申告の御定め(前の世界の所得税法 第156条と同じ)帳が無い時などは、改め所が、財産の増え方・金の出入り・作った量や売った量・人の数などから、稼ぎを推し量って額を決めることができる。

推計課税(推計による更正・決定)の解説

作中の世界の決まり作中の〈見立て〉は、改め所が店の構えから当てる慣わしで、御定めの手順(推し量る時の根拠)を飛ばしています。

現実の事実税務署は、帳簿が無いなどで実際の額がつかめない時、財産や借金の増減、収入や支出、生産量や販売量、従業員の数など事業の規模から所得を推計して、更正や決定をすることができます(所得税法第156条)。

青色申告でも推計される?
所得税法第156条は、青色申告書を出した年分の事業所得などは推計の対象から除いています。
推計されないためには?
売上と経費を帳簿につけ、請求書・領収書を残し、実際の額を示せるようにすることです。

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紺屋の板の間。小さな付喪神が算盤をはじき、伊織が藍の量と反物の数を書き付ける。お糸と志乃が肩越しにのぞく。「パチパチ」の描き文字。

珠の算盤|藍の量から出した1年の売上(5年の平均)藍玉の仕入れ 1年 平均 61貫藍1貫で染める反物 約12反(宗吉の手順)1反の染め代(控えの札の平均) 約8,300円1年の売上 約610万円申告した売上 約520万円差 約90万円

伊織:倍じゃない
でも
90万 足りない

伊織:宗吉さん
控えの札に
書いていない仕事が
ありますね

宗吉が膝の上で拳を握りしめ、うつむく。背後の柱に、分銅の印の暖簾の型紙がかかっている。

宗吉:︙︙升屋の 暖簾だ

宗吉:升屋の番頭が
札も書付も残すな
金は現金で渡す
と言った
その分 高く払うと

宗吉:かかあが死んでから
その金で
やっと食えてた

戸の陰から飛び出したお糸が、父の背中に手を置き、志乃の方を見る。

お糸:お父っつぁんは
5年分 自分から
出したんです

志乃:出していない売上がある事に
変わりはない

大通りに面した巨大な両替商の店構え。分銅の印を白く抜いた大きな藍の暖簾が何枚も下がり、蔵が並ぶ。

升屋︒
両替商で︑呉服の問屋︒
銭ヶ浦の金の半分が︑
この店を通る︒

改めの相手の取引先にも︑
問うことができる︒
前の世界で言う︑
反面調査だった︒

升屋の帳場。番頭の嘉平が、にこやかに分厚い帳を何冊も机に積み上げる。「バサッ」の描き文字。

嘉平:どうぞ
心ゆくまで
うちは帳だけは
きれいでしてな

志乃と伊織が並んで帳をめくる。伊織の指が、ある頁の行の上で止まる。

升屋の帳|染め・仕立ての払い(5年分)紺屋 宗吉 払い なし(暖簾の新調 5年で14枚)

志乃:暖簾は14枚
新しくしている
なのに
宗吉への払いが
一文も無い

嘉平:宗吉さんとは
取引はございません
暖簾は
古い物を洗っただけで

伊織の目のアップ。帳の行を見つめ、ある事に気づいた顔。

伊織:帳に無い金で
払った

伊織:――なら
帳に無い売上が
どこかにある

珠:宗吉の90万は
升屋の帳の外の金
その外の金は
どこから来たの?

改め所の小部屋。志乃が書付を読み上げ、宗吉が正座で聞く。伊織とお糸が後ろに控える。

改めが終わると︑
誤りがあれば︑
中身と理由を説明する︒

勘定改め所|改めの結果紺屋 宗吉 5年分申告に無い売上(升屋の暖簾) 1年 約90万円足りない本税 5年で75万円(1年 約15万円)帳の無い3年分 上乗せ 15%+10%帳のある2年分 上乗せ 15%

志乃:この額で
申告を直すか
直さないなら
改め所が額を決める

伊織:宗吉さん
一つだけ

申告の御定め(前の世界の国税通則法 第74条の11と同じ)改めで誤りがあれば、額と理由を説明する。申告を直すよう勧めることができる。直す申告を出したら、不服は申し立てられない。ただし、後で額を減らすよう求める事(更正の請求)はできる。この事は書付で渡す。

修正申告の勧奨と、調査の終わりの解説

作中の世界の決まり作中の改め所の〈改めの結果〉も同じ手順で伝えます。

現実の事実調査で誤りが見つかると、職員は誤りの額と理由を説明し、修正申告(期限後申告)を勧めることがあります。勧めに応じて申告すると不服申立てはできませんが、更正の請求はできます。誤りが無ければ、その旨の書面が届きます。

勧めに応じないと?
修正申告は任意です。応じない時は、税務署が更正(申告の無い年は決定)をします。更正・決定に不服があれば、不服申立てができます(国税庁 FAQ 問25)。
調査の結果は書面でもらえる?
更正決定等をすべきと認める場合の結果の説明は、原則として口頭です。誤りが無い時は書面で通知されます(国税庁 FAQ 問24、国税通則法第74条の11)。

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宗吉:︙︙直す
升屋の分は
おれの稼ぎだ

宗吉が新しい申告の紙に判を押す手元。横でお糸が自分の帳を開いて見守る。

未納の帳|弓削 伊織(前世)未納(本税と加算税) 215万7千円改めで見つけた本税 75万円が納められたら −75万円

珠:やっと
あんたの帳が
減る番

志乃:見立てどおり倍で取っていたら
取りすぎだった

伊織:一円も多くも
少なくもない額で
なきゃいけないんです
︙︙俺の場合は 特に

夜の改め所の縁側。月明かりの下、志乃が一人、升屋の帳の写しを見つめている。そこへ伊織が来る。

伊織:升屋を
改めましょう

志乃の横顔のアップ。月の光の中で、目を伏せる。

志乃:升屋には
20年
改めが入っていない

志乃:入ろうとした改め役は
1人だけだ

回想:雨の改め所の門の前で、役人の羽織を脱がされた男が、改め所を見上げて立ち尽くす。それを幼い少女が門の陰から見ている。灰青色にかすんで消えていく。

志乃:――私の 父だ

第3話「改めの日」終

次の話 10月30日(金)更新

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あなた志乃の父が升屋に入った時の話を考えたい

AI20年前の改めが途中で止められた理由を、升屋と改め所の頭のつながりにすると、大河内との対立が生まれます。志乃が父の残した帳を持っている線もあります。

あなた志乃が伊織に父の帳を見せる場面を

AI志乃「父の帳は、ここで止まっている」。絵:古い帳の最後の頁、途中で途切れた升屋の名、行灯の明かりの志乃の横顔。

その場で作った例文です。作品の公式の続きではありません。

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この話で分かること

税務調査はどこまで調べる?

職員は、本人に質問し、帳簿・請求書・領収書などの帳簿書類や、仕事場・商品などを検査し、見せるよう・出すよう求めることができます。お金や物をやり取りした取引先に質問して記録を確かめること(反面調査)もできます。

条件・例外

帳簿が無いなどで実際の額がつかめない時は、財産の増減や仕入れ・生産の量、従業員の数などから所得を推計して決めることがあります(所得税法第156条。青色申告の事業所得などは除く)。令和5年分以降は、調査で売上の帳簿を見せられない時などに加算税が最大10%重くなります。

物語との違い

作中では、改め役が藍の仕入れの量から売上を推し量ります。藍1貫あたりの反数・染め代・売上の額は作中の値です。

税務調査の流れは?(終わり方)

多くは、事前通知 → 当日の聞き取り → 帳簿書類の確認 → 仕事場の確認 → 必要なら取引先の確認 → 結果の説明、の順に進みます。誤りがあれば、額と理由が説明され、修正申告を勧められることがあります。誤りが無ければ、その旨の書面が届きます。

条件・例外

修正申告に応じると不服申立てはできませんが、更正の請求はできます(その旨は書面で渡されます)。応じない時は税務署が更正・決定をし、それには不服申立てができます。

反面調査とは?

調査の相手の申告が正しいかを確かめるため、取引先など本人以外の人に質問し、帳簿などを確かめる調査です。国税通則法第74条の2は、納税者に金銭や物品を給付する義務がある人や、受ける権利がある人にも質問・検査ができると定めています。

条件・例外

反面調査に事前通知の法令上の決まりはありませんが、運用上、原則として前もって相手に連絡するとされています。

物語との違い

作中では、取引先の升屋の帳に、紺屋への払いが一文も無い事が分かります。

帳簿が無いと、税務調査でどうなる?

実際の額がつかめないと、税務署が財産の増減や仕入れ・生産の量、従業員の数などから所得を推計して額を決めることがあります(所得税法第156条)。令和5年分以降は、調査で売上の帳簿を見せられない時や、売上の記載が本来の2分の1未満の時に、加算税が10%(3分の2未満は5%)重くなります。

条件・例外

帳簿は日々の合計をまとめて書く簡単な方法でもかまいません。収入と経費を書いた帳簿は7年、請求書・領収書などは5年保存します。

税務調査の修正申告の勧めに応じないと、どうなる?

修正申告に応じるかは本人の任意です。応じない時は、税務署が調査の結果に基づいて更正(申告の無い年は決定)をします。応じなかった事で、応じた時より不利に扱われることは基本的にない、と国税庁は説明しています。

条件・例外

修正申告をすると不服申立てはできませんが、一定期間内なら更正の請求はできます。税務署の更正・決定には不服申立てができます。

この話の用語

税務調査はどこまで調べる?漫画の中で見る
現実の事実税務署の職員は、調査に必要な時、本人に質問し、事業の帳簿書類などを検査し、見せるよう・出すよう求めることができます。お金や物をやり取りした取引先にも質問できます(反面調査)。職員は身分を示す証明書を持ち、求められたら示します。
推計課税(推計による更正・決定)漫画の中で見る
作中の世界の決まり作中の〈見立て〉は、改め所が店の構えから当てる慣わしで、御定めの手順(推し量る時の根拠)を飛ばしています。
現実の事実税務署は、帳簿が無いなどで実際の額がつかめない時、財産や借金の増減、収入や支出、生産量や販売量、従業員の数など事業の規模から所得を推計して、更正や決定をすることができます(所得税法第156条)。
修正申告の勧奨と、調査の終わり漫画の中で見る
作中の世界の決まり作中の改め所の〈改めの結果〉も同じ手順で伝えます。
現実の事実調査で誤りが見つかると、職員は誤りの額と理由を説明し、修正申告(期限後申告)を勧めることがあります。勧めに応じて申告すると不服申立てはできませんが、更正の請求はできます。誤りが無ければ、その旨の書面が届きます。

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この話のあらすじ

改めの日、改め役の志乃と見習いの伊織は紺屋に身分の札を示し、聞き取り、帳簿と書付、作業場の順に改める。志乃は12の藍甕を数え、年に1000万円の売上があると見立てるが、お糸は4つの甕が藍を建てている途中で染められないと示す。伊織は問屋の藍玉の受け取りから5年分の藍の量を出し、宗吉の手順で何反染まるかから1年の売上を約610万円と推し量る。申告より約90万円多い。宗吉は、升屋の番頭に言われて、升屋の暖簾の仕事だけは札も書付も残さず現金で受けていたと打ち明ける。取引先の升屋を調べると(反面調査)、5年で14枚の暖簾を新しくしているのに、帳には宗吉への払いが一文も無い。帳に無い金で払ったなら、帳に無い売上がどこかにある。改めの結果、足りない本税は5年で75万円。伊織は、申告を直すと不服は申し立てられないが、更正の請求はできる事を宗吉に伝え、宗吉は申告を直す。見立てどおりなら取りすぎだった。夜、伊織が升屋を改めようと言うと、志乃は、升屋に入ろうとした改め役は20年で1人だけ、それは自分の父だと明かす。

作者

ことわり帖

住宅ローンの審査や確定申告のように、結果だけが届いて理由が見えにくい手続きの裏側を描いています。

この作品について

確定申告をしないとどうなるか(期限後申告・無申告加算税・延滞税)、税務調査は何年分・どこまで・どの順で調べるか、帳簿と経費の決まりを、和風の異世界の城下町の〈勘定改め所〉に置きかえて描いています。率・期間・手順は令和8年の日本の決まりに合わせ、各家の額は作中の値です。

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