第4話

第4話「二十年、来ない家」

朝の紺屋。干した藍の布の下で、宗吉が甕をかき回し、縁側でお糸が新しい帳に筆を走らせる。出かける伊織が振り返る。

お糸:伊織さん
昨日の売上
ちゃんとつけたよ

宗吉:升屋の暖簾の仕事は
もう来ねえ
その分
帳はきれいなもんだ

未納の帳|弓削 伊織(前世)未納(本税と加算税) 140万7千円延滞税 日ごとに加算中

伊織:まだ
140万

改め所の奥の間。座の上で大河内が扇子を開いて顔を隠し、その前で志乃と伊織が膝をついている。

志乃:升屋を
改めさせてください

大河内:紺屋一軒の言い分と
帳に無い払いが1つ
それで町一番の店を
改めるのか

大河内:升屋の銀が止まれば
港の船が止まる
改めの相手は
改め所が選ぶ

奥の間を出た廊下。志乃が柱を拳で叩き、伊織がその横に立つ。

志乃:20年前と
同じ言い分だ

伊織:なら
選ぶ理由を
数字で出しましょう

伊織:20年分の申告は
書庫にある

第4話「二十年、来ない家」

夜の書庫。天井まで届く棚に、紐で束ねた申告の紙の束がぎっしり並ぶ。六助が鍵束と行灯を持って、おずおずと先に立つ。

六助:ここの束
20年
誰も開けてません︙︙

前の世界で︑
税務署は︑改める相手を
勘では選ばなかった︒

前の世界の決まり(国税庁、令和6事務年度の調査の状況)集めた資料と、出された申告の中身を分析し、申告漏れが見込まれる人を選んで改める。選ぶのに、AI も使っている。

税務調査(ぜいむちょうさ)の相手(あいて)はどう選ばれる(えらばれる)?の解説

作中の世界の決まり作中の伊織(いおり)は、20年分の申告の束から、同じ商いの店の数字を並べて比べます。

現実の事実国税庁は、あらゆる機会に集めた資料情報(しりょうじょうほう)や、出された申告の内容を分析し、申告漏れなどが見込まれる人を選んで調査しています。令和6事務年度(令和6年7月〜令和7年6月)の所得税の調査では、選ぶのに AI を活用したと公表しています。

どんな調査がある?
高額・悪質な不正計算が見込まれる人に日数をかける特別調査・一般調査、資料や申告の分析で申告漏れが見込まれる人に短い期間で行く着眼調査、家に来ずに文書・電話・来署の依頼で直してもらう「簡易な接触」があります。
件数は?
令和6事務年度の所得税は、実地調査が4万7千件、簡易な接触が68万9千件でした。

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行灯の下、三人が床に申告の束を広げる。小さな付喪神が算盤の上を跳ね回る。「パチパチ」の描き文字。

伊織:同じ商いの店で
売上のうち
どれだけが儲けか
年ごとに並べる

珠:20年 5軒 100の割り算
――任せな

珠の算盤|両替商・呉服問屋 5軒の儲けの割合(所得÷売上、20年)4軒 年により4%〜11%7年前の大嵐の年 4軒とも2%前後升屋 20年、毎年 6.0%升屋 大嵐の年も 6.0%

申告の紙を何枚も並べた上を、伊織の指がなぞる。どの紙にも同じ形の数字の並びがある。

志乃:嵐で船が3隻
沈んだ年だ
升屋の船もだ

伊織:それでも
六分ちょうど

珠:数字がきれいすぎる帳は
誰かが
作った帳

行灯の光に照らされた志乃の横顔。申告の束を握りしめ、目を伏せる。

志乃:︙︙父も
これを見たんだ

朝の奥の間。志乃が並べた表を、大河内が扇子の先で払いのける。紙が床に散る。

大河内:儲けが毎年同じ
手堅い商いだと
褒める所だ

大河内:書庫は今日から閉める
見習いは入るな
志乃は港の
船改めへ移れ

六助の震える両手から、大河内の手下が書庫の鍵束を取り上げる。
廊下の奥へ去っていく志乃の背中。高く結んだ髪の朱の紐が揺れる。
夕暮れの掘割の石段。伊織が一人座り、肩の上で小さな付喪神が足をぶらぶらさせている。

伊織:二十年
改めが来ない店

回想の前世:居酒屋で、同じフリーランスの友人が笑ってジョッキを掲げる。青灰色にかすんで消えていく。

前の世界で︑
友だちが笑っていた︒
「10年︑税務調査なんて
来たことない」

伊織:来ないのは
見ていないから
じゃない

前の世界の決まり(国税庁、令和6事務年度)所得税の実地の調査 4万7千件家に来ない「簡易な接触」 68万9千件文書や電話で、申告を直すよう求める。

簡易(かんい)な接触(せっしょく)の解説

現実の事実税務署が、原則として家や店に行かずに、文書・電話での連絡や税務署への来署の依頼で、申告の内容を直してもらう取り組みです。令和6事務年度(所得税)は68万9千件で、実地調査(4万7千件)よりずっと多く行われています。

税務調査(ぜいむちょうさ)が何年も来ないのは、なぜ?
国税庁は、資料情報(しりょうじょうほう)や申告の内容を分析し、申告漏れなどが見込まれる人を選んで調査すると説明しています。何年に一度という決まりは、確かめた範囲の国税庁の資料には書かれていません。来ないことは、見られていないことを意味しません。
無申告(むしんこく)でも調べは来る?
令和6事務年度、所得税の無申告者への実地調査(特別・一般)は4,812件、1件当たりの追徴税額は524万円でした。

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珠:升屋は
来ないんじゃない
来させないの

夜。紺屋の前に、分銅の印の提灯を下げた駕籠が止まる。脇で番頭の嘉平が深々と頭を下げる。

嘉平:伊織様
主が 茶を一服
さしあげたいと

升屋の奥の茶室。釜から湯気が立つ。白髪を後ろでまとめた小柄な老人が、背筋をまっすぐにして茶を点てている。

両替商・呉服問屋〈升屋〉の主升屋 惣右衛門

惣右衛門:書庫の束を
読んだそうだな
20年ぶりだ

伊織:儲けの割合が
20年 六分ちょうど

惣右衛門:商いは
波を立てぬのが
一番でな

老人の目のアップ。穏やかな目が、伊織の頭の上、何もない宙を見上げる。

惣右衛門:ところで 見習い

茶室の暗がり。伊織の頭上の宙に赤い光がにじみ、凍りついた伊織の顔を照らす。

惣右衛門:お前の頭の上の
140万7千

惣右衛門:――わしにも
見えておる

第4話「二十年︑来ない家」

つづく

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あなた「あの紺屋の稼ぎは、この倍ある」と言われた後を考えたい

AI志乃の見立てが当たっているのか外れているのかを、伊織が確かめる話にできます。外れていたら、見立てで取りすぎていた家が他にもある、と広げられます。

あなた外れていた線で、伊織の台詞を

AI伊織「見立てで取った分、返す決まりはありますか」。絵:改め所の帳場、山積みの見立ての帳と目を見張る志乃。

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この話で分かること

税務調査が10年以上来ない個人がいるのはなぜ?(何年に一回来る?)

国税庁は、集めた資料情報や申告の内容を分析し、申告漏れなどが見込まれる人を選んで調査すると説明しています。何年に一度という決まりは、確かめた範囲の国税庁の資料には書かれていません。長く来ないことは、見られていないことを意味しません。

条件・例外

令和6事務年度の所得税では、実地調査が4万7千件だったのに対し、家に来ずに文書・電話などで申告を直してもらう「簡易な接触」は68万9千件でした。

物語との違い

作中の升屋は、改め所の頭が改めを止めているため、20年改めが入っていません。

税務調査が入る理由は?(どんな人が選ばれる?)

資料情報や申告内容の分析の結果、申告漏れなどが見込まれる人が選ばれます。とくに日数をかける調査(特別調査・一般調査)は、高額・悪質な不正計算が見込まれる人が対象です。

条件・例外

申告の無い人(無申告者)も、資料情報を集めて調査しています。令和6事務年度、所得税の無申告者への実地調査(特別・一般)は4,812件、1件当たりの追徴税額は524万円でした。

税務署は AI で調査の相手を選んでいる?

はい。国税庁は、令和6事務年度の所得税の調査について「選定に AI を活用」したと公表しています。その年の所得税の調査等による追徴税額は1,431億円で、過去最高でした。

条件・例外

AI がどの数字をどう見ているかは、確かめた範囲の資料では公表されていません。

物語との違い

作中では、伊織が同じ商いの店の儲けの割合を手で並べて、数字のおかしな店を見つけます。

税務署の「簡易な接触」とは?

原則として家や店に行かず、文書・電話での連絡や税務署への来署の依頼で、申告の内容を直してもらう取り組みです。

条件・例外

令和6事務年度の所得税では68万9千件で、申告漏れなどによる追徴税額は299億円でした。

この話の用語

税務調査(ぜいむちょうさ)の相手(あいて)はどう選ばれる(えらばれる)?漫画の中で見る
作中の世界の決まり作中の伊織(いおり)は、20年分の申告の束から、同じ商いの店の数字を並べて比べます。
現実の事実国税庁は、あらゆる機会に集めた資料情報(しりょうじょうほう)や、出された申告の内容を分析し、申告漏れなどが見込まれる人を選んで調査しています。令和6事務年度(令和6年7月〜令和7年6月)の所得税の調査では、選ぶのに AI を活用したと公表しています。
簡易(かんい)な接触(せっしょく)漫画の中で見る
現実の事実税務署が、原則として家や店に行かずに、文書・電話での連絡や税務署への来署の依頼で、申告の内容を直してもらう取り組みです。令和6事務年度(所得税)は68万9千件で、実地調査(4万7千件)よりずっと多く行われています。

出典

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この話のまとめ(作品の設定・登場人物・あらすじ・用語・出典)です。AI に貼ると、話を踏まえて相談できます。

この話のあらすじ

紺屋の改めの後、伊織と志乃は升屋の改めを願い出るが、頭の大河内は「改めの相手は改め所が選ぶ」と退ける。伊織は、前の世界の税務署が資料と申告の分析で改める相手を選んでいた(選ぶのに AI も使う)ことを思い出し、書役の六助の鍵で、20年誰も開けなかった申告の束を書庫で広げる。両替商・呉服問屋5軒の儲けの割合を年ごとに並べると、4軒は年により4〜11%、7年前の大嵐の年は2%前後に落ちているのに、升屋だけは20年、毎年6.0%だった。数字がきれいすぎる帳は、誰かが作った帳。志乃は、父もこれを見たのだと知る。翌朝、大河内は表を払いのけ、書庫を閉め、伊織を書庫から締め出し、志乃を港の船改めへ移す。伊織は、前の世界で「10年、税務調査は来たことがない」と笑っていた友を思い出す。来ないのは見ていないからではなく、多くは家に来ない「簡易な接触」で直されている。升屋は来ないのではなく、来させないのだ。その夜、升屋の主・惣右衛門が伊織を茶室に招き、伊織の頭の上の未納の数を言い当てる。

作者

ことわり帖

住宅ローンの審査や確定申告のように、結果だけが届いて理由が見えにくい手続きの裏側を描いています。

この作品について

確定申告をしないとどうなるか(期限後申告・無申告加算税・延滞税)、税務調査は何年分・どこまで・どの順で調べるか、帳簿と経費の決まりを、和風の異世界の城下町の〈勘定改め所〉に置きかえて描いています。率・期間・手順は令和8年の日本の決まりに合わせ、各家の額は作中の値です。

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