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第2話「古事記と日本書紀は、別の本」

雨の上がった夜明けの川。濁った川面から、大蛇の背が小山のように出ている。背には苔とまっすぐな木々。頭はすべて水の下。朝もやに白い光。

夜明けとともに
頭は川へ沈んだ

河原の濡れた石の上で、黄色い雨合羽の司書がスマホを構えて大蛇の背を撮る。眼鏡、黒髪を後ろで一つにまとめ、図書館の名札。

稗田 ふみ:背中の
木︙︙

市立簸上図書館 郷土資料室の司書(26)稗田 ふみ

稗田 ふみ:ゆうべ眠ったのは
八つの頭の
うち一つだけ

黄色い雨合羽の司書の顔の寄り。スマホを胸元に下ろし、眼鏡の奥で眉を寄せて、川の中の大蛇の背を横目で見る。こめかみに汗。

〈原典どおり〉八俣遠呂智 60%昨夜から 2%下がった

稗田 ふみ:また
下がった

第2話「古事記と日本書紀は、別の本」

郷土資料室
9時の対策会議

郷土資料室の大きな机を囲む会議。左に眼鏡の危機管理課長、奥に腕を組む老いた蔵元、右に司書。机の上に古い本と川の地図。

簸上市 危機管理課長(52)大庭 剛

稲田酒造の蔵元(78)稲田 源蔵

動画【日本書紀が正解】オロチに門はいらない!ヨミの神話チャンネル再生 84万回

ヨミ(動画)(機械の声):桟敷を
八つ並べる
だけです!

桟敷(さずき)の解説

現実の事実物を載せたり人が乗ったりする、板で組んだ高い台のことです。古事記(こじき)では八つの門ごとに桟敷を結い、その上に酒船を置きました。日本書紀(にほんしょき)の本文では「仮庪(さずき)」と書き、八つ作って槽を一つずつ置いた、とあります。今の「さじき」(芝居や祭りの見物の席)と同じ字です。

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大庭 剛:動画の方は
日本書紀
だそうです

大庭 剛:門より
台のほうが
早い

日本書紀(にほんしょき)の解説

現実の事実720年(養老4年)に舎人親王を中心にまとめられた日本の歴史書で、全30巻です。漢文で書かれ、神武天皇から持統天皇までを年ごとに並べます。神代の巻では「一書に曰く」として、本文と違う伝えを並べて書いているのが特徴です。

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司書の両手が、開いた古事記の本のページをめくる。古い字のページ(読めない)。

稗田 ふみ:古事記と
日本書紀は
別の本です

司書の両手が、和綴じの日本書紀の本を開いて押さえる。古い字のページ(読めない)。

〈古事記と日本書紀〉古事記(712年) | 日本書紀(720年)大蛇:八俣遠呂智 | 八岐大蛇酒:八塩折之酒 | 八醞酒置き方:垣と八つの門・桟敷・酒船 | 桟敷八つ・槽を一つずつ背の木:苔・檜・杉 | 松・柏

記紀(きき)(古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき))の解説

現実の事実古事記と日本書紀をまとめた呼び名です。8年ちがいでできた2つの本ですが、同じ神話でも名前の書き方・出来事の順・細かい所が違います。古事記は語り伝えを和風の漢文で、日本書紀は国の歴史として漢文で書かれました。

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大庭 剛:で?
どちらが
正しいん
です?

稗田 ふみ:どちらも
正しい
です

大庭 剛:︙︙は?

稗田 ふみ:この町の
大蛇が
どちらか
です

司書が机の上に差し出したスマホの寄り。画面に、今朝撮った大蛇の背の写真(苔と、まっすぐな木々)。

稗田 ふみ:課長
背中の木
何に見えます?

司書の肩越しに、危機管理課長の顔。眼鏡の奥で目を伏せ、口を結んで黙る。

大庭 剛:︙︙

稲田 源蔵(画面の外の声):ああ
杉だな
うちの桶と
同じ木だ

稗田 ふみ:古事記の
大蛇は
苔と
檜と杉

大蛇の背の木(古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき))の解説

現実の事実古事記は、大蛇の体に苔と檜・杉が生えていたと書きます。日本書紀の本文は、背に松と柏が生えていたと書きます。目がほおずきのように赤い事や、長さが八つの谷と八つの峰にわたる事は、どちらにも出てきます。

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稗田 ふみ:日本書紀の
大蛇は
松と柏

郷土資料室の戸口に、商店街の人たち(鉢巻の魚屋の男、金物屋の女、ヘルメットの消防団の若者)が集まり、身を乗り出して会議を聞いている。机では蔵元と司書と課長が本をのぞき込む。

背中の木で
どちらの大蛇かが
決まる

稗田 ふみ:この大蛇は
古事記です
だから
門が要る

大庭 剛:市は
念のため
台で
いきます

商店街の人たち(何人もの声):門なら
組める
ぞ!

会議の机。肘をついた危機管理課長が、司書の名札をちらりと見て、意地悪く口の端を上げる。

大庭 剛:稗田さん
まさか
稗田阿礼の
子孫とか?

稗田阿礼(ひえだのあれ)の解説

現実の事実古事記(こじき)の序に出てくる人物です。28歳のとても聡明な人で、命じられて古い伝えを覚えて語り、それを太安万侶が書きとって古事記ができた、と書かれています。

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稗田 ふみ:違います
︙︙たぶん

机の横で、老いた蔵元が腕を組んだまま立ち、にやりと笑う。奥の戸口から、高校生の孫娘が顔を出す。

源蔵の孫・高校1年(16)稲田 さな

稲田 源蔵:原典を読む
やつは
嘘を
つかねえ
八塩折なら
蔵に
祖父の甕が
ある

稲田酒造の蔵元(78)稲田 源蔵

稲田 さな:じいちゃん
頼まれた甕
数えてきた
七つ
だったよ

稗田 ふみ:え︙︙
八つ
要ります

稲田 源蔵:︙︙一つは
昨夜
使った

曇り空の河原で、白いヘルメットの危機管理課長が、作業着の職員たちに台を八つ並べるよう指さして指示している。薄暗い酒蔵の中。杉の大桶の間に、古い甕が列になって並ぶ。その前で司書と蔵元が甕に手を当てる。

14時市は 河原に台を私たちは 蔵へ

稲田 源蔵:新しく造るにも
醸した酒で
また醸す

稲田 源蔵:一晩じゃ
できねえぞ

稗田 ふみ:ほかに
手は︙︙

稲田 源蔵:ねえな
八塩折は
八回醸す酒だ

酒蔵の大桶の前。孫娘が古事記の本を開き、ある一行で指を止めて目を見開く。隣で司書がはっとして振り返る。

稲田 さな:毎年
娘を
一人ずつ︙︙?

酒蔵の外。暗く重い雲が町の上に広がる。電線の上で鳥が一斉に飛び立つ。

稗田 ふみ:あ そこは
︙︙まだ

稲田 さな:え なに
こわ

簸上市 防災アプリ気象庁の情報:今夜、線状降水帯が発生するおそれがあります雨が強まるのは 22時ごろから

線状降水帯(せんじょうこうすいたい)の解説

現実の事実発達した雨雲(積乱雲)が列になって、数時間ほぼ同じ場所を通ったり止まったりしてできる、長さ50〜300km・幅20〜50kmほどの強い雨の帯です。同じ所に激しい雨が降り続き、川の氾濫や土砂災害の危険が急に高まります。

前もって分かる?
気象庁は、線状降水帯による大雨の可能性が高い時に、半日ほど前から呼びかける「半日前予測」を出しています。ただし予測は難しく、外れる事もあります。

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司書の顔の寄り。眼鏡の奥で目を見開き、唇をかむ。両手でカーディガンの胸元を握る。

稗田 ふみ:今夜22時
全部の頭が
来る

稗田 ふみ:それまでに
門を八つ

蔵を出ると
河原には
市の台が もう八つ

黒い雲の下の河原を引きで。向こう岸に市が並べた台が八つ。手前の岸は、まだ何も無い広い河原。その端に黄色い雨合羽の司書が一人立つ。

〈原典どおり〉八俣遠呂智 60%22時まで あと7時間48分

司書の横顔の寄り。黒い雲を見上げ、雨合羽の胸元を片手で握りしめる。

稗田 ふみ:酒は
七つ

稗田 ふみ:八つ目が
ない

つづく

第2話「古事記と日本書紀は、別の本」

つづく

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・町・川は架空です。

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その神の倒し方は、原典に書いてある

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この話で分かること

古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき)の違いは?

古事記は712年、稗田阿礼(ひえだのあれ)が覚えて語った話を太安万侶が書きとってできました。日本書紀は720年に舎人親王を中心にまとめられた全30巻の歴史書で、漢文で年ごとに書かれ、神代の巻では「一書に曰く」として別の伝えも並べます。同じ神話でも、名前の書き方や細かい所が違います。

ヤマタノオロチの話は、古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき)でどこが違う?

古事記は垣を巡らせて八つの門を作り、門ごとに桟敷と酒船を置きます。日本書紀の本文には垣と門が無く、八つの桟敷に槽を一つずつ置きます。大蛇の体に生えている木も、古事記は苔と檜・杉、日本書紀は松と柏です。

物語との違い

作中の「背の木でどちらの大蛇か決まる」は、この作品の世界の決まりです。

稗田阿礼(ひえだのあれ)とは?

古事記(こじき)の序に出てくる、28歳のとても聡明な人物です。古い伝えを覚えて語り、それを太安万侶が書きとって古事記ができました。

線状降水帯(せんじょうこうすいたい)とは?

発達した雨雲が列になって数時間ほぼ同じ場所にかかり続ける、長さ50〜300km・幅20〜50kmほどの強い雨の帯です。気象庁は半日ほど前から可能性を呼びかける事があります。

この話の用語

桟敷(さずき)漫画の中で見る
現実の事実物を載せたり人が乗ったりする、板で組んだ高い台のことです。古事記(こじき)では八つの門ごとに桟敷を結い、その上に酒船を置きました。日本書紀(にほんしょき)の本文では「仮庪(さずき)」と書き、八つ作って槽を一つずつ置いた、とあります。今の「さじき」(芝居や祭りの見物の席)と同じ字です。
日本書紀(にほんしょき)漫画の中で見る
現実の事実720年(養老4年)に舎人親王を中心にまとめられた日本の歴史書で、全30巻です。漢文で書かれ、神武天皇から持統天皇までを年ごとに並べます。神代の巻では「一書に曰く」として、本文と違う伝えを並べて書いているのが特徴です。
記紀(きき)(古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき))漫画の中で見る
現実の事実古事記と日本書紀をまとめた呼び名です。8年ちがいでできた2つの本ですが、同じ神話でも名前の書き方・出来事の順・細かい所が違います。古事記は語り伝えを和風の漢文で、日本書紀は国の歴史として漢文で書かれました。
大蛇の背の木(古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき))漫画の中で見る
現実の事実古事記は、大蛇の体に苔と檜・杉が生えていたと書きます。日本書紀の本文は、背に松と柏が生えていたと書きます。目がほおずきのように赤い事や、長さが八つの谷と八つの峰にわたる事は、どちらにも出てきます。
稗田阿礼(ひえだのあれ)漫画の中で見る
現実の事実古事記(こじき)の序に出てくる人物です。28歳のとても聡明な人で、命じられて古い伝えを覚えて語り、それを太安万侶が書きとって古事記ができた、と書かれています。
線状降水帯(せんじょうこうすいたい)漫画の中で見る
現実の事実発達した雨雲(積乱雲)が列になって、数時間ほぼ同じ場所を通ったり止まったりしてできる、長さ50〜300km・幅20〜50kmほどの強い雨の帯です。同じ所に激しい雨が降り続き、川の氾濫や土砂災害の危険が急に高まります。

出典

更新日:

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この話のあらすじ

夜明け、大蛇の頭は川へ沈み、〈原典どおり〉は60%に下がる。郷土資料(きょうどしりょう)室の対策会議で、危機管理課長の大庭は「日本書紀(にほんしょき)が正解、門はいらない」という動画を見せる。ふみは古事記(こじき)と日本書紀は別の本だと言い、2つを並べる。日本書紀の本文には垣と門が無く、桟敷八つに槽を一つずつ置く。違いは大蛇の背の木にもある。古事記は苔と檜・杉、日本書紀は松と柏。今朝の写真の木を、蔵元の稲田 源蔵が「杉だ、うちの桶と同じ木」と言い、ふみはこの大蛇は古事記の大蛇だと決める。源蔵は祖父の代の八塩折(やしおり)の甕を出すと言うが、孫のさなが数えると七つ。一つは昨夜使った。大庭は河原に台を八つ並べさせる。そこへ「今夜、線状降水帯(せんじょうこうすいたい)が発生するおそれ、22時ごろから」の知らせ。門を八つ、酒は七つ。

作者

ka2uma

Web マーケター

Web 集客・SEO の仕事の考え方を異世界転生の物語に、AI と働く毎日の出来事や、そこから考えた話を読み切りにして描いています。

この作品について

ヤマタノオロチは本当は何で眠ったのか。古事記と日本書紀でどこが違い、よく知られた話と原典はどこでずれているのか。神話の一行がそのまま勝ち方になる戦いを、ふみと一緒に読み解いてください。

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