第4話

第4話「零下の車内」

真っ暗な車内。懐中電灯の冷たい水色の光がひとつだけ、白い息を吐く乗客たちの顔をなでていく。

午前3時40分︒

明かりも暖房も︑
消えたまま︒

運転席の鍵を回す、太い手。「キュルル……」の描き文字。計器の光は弱い。

岩淵:︙︙かからねえ

岩淵:もう一回――

鍵を回そうとする太い手首を、小さな手袋の手がつかんで止める。

フミ:やめな

フミ:バッテリーまで
死んだら
朝 除雪車が来ても
このバスは動けない

フミ:それに
雪に埋まった車で
エンジンを
回し続けるもんじゃない

岩淵:︙︙ああ
そうだったな

第4話「零下の車内」

らくだ色のコートの男が通路に立ち、白い息を荒く吐きながら叫ぶ。銀の鞄を抱えたまま。

鷺沢:このままじゃ
凍え死ぬぞ!

鷺沢:俺は歩いて
山を下りる!

前の扉が少し開いたとたん、吹雪が車内へなだれ込む。雪の飛沫が絵の左右の枠を越えて、黒い地へ噴き出す。「ゴォッ」の描き文字。

誠:閉めて!
閉めてください!

小柄な老婦人の顔。冷たい水色のマフラーに口元をうずめ、静かに、しかし強く男を見すえる。

フミ:外は零下の吹雪だ
下まで何キロあると
思ってる

フミ:エンジンが
止まっても
車の中の方が
外よりずっと
あったかいんだよ

フミ:大事なのは
朝まで
体の熱を
逃がさないことだ

フミ:お客さん
持ってる物を
全部出しな

フミ:毛布 上着
カイロ
何でもいい

丸眼鏡の看護師が、編みかけの毛糸のショールと、使い捨てカイロの袋を差し出す。

鳴海:カイロなら
10個あるわ
看護師の
冬の荷物よ

床の四角い扉から半身を出した禿げ頭の運転手が、たたんだ毛布を二枚、両腕に抱えて持ち上げる。

岩淵:仮眠室に
毛布が2枚
これで全部だ

黒い革手袋の手が、たたんだ銀色の薄いシートを差し出す。懐中電灯の光が銀に冷たく映る。

霧島:非常用の
アルミのシートなら
1枚

フミ:それは
最後に取っときな

フミ:あれは
息が抜けないから
汗をかくと
かえって冷える

アルミの非常用(ひじょうよう)シート(エマージェンシーシート)の解説

現実の事実体温を保つための、薄くて軽いアルミのシートです。JAF のテスト(外気温 −10℃前後・エンジンを止めた車内)では、これだけで過ごした人は5時間27分で続けられなくなりました。通気性が無いので汗をかき、その汗が冷えたためです。毛布と使い捨てカイロ、または冬山用の寝袋の人は8時間耐えました。

持っていても意味はない?
JAF のテストでは、何も対策しなかった人(2時間45分)よりは長く耐えています。ただ、それだけでは十分に暖かくならなかったので、毛布や寝袋と合わせて備えるのがよいでしょう(このまとめは、テストの結果からの読み取りです)。

出典

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フミ:前の席に
寄りな
みんなで
固まって座る

フミ:足は床から
上げて
カイロは
足の先だ

前の方の座席に、乗客たちが毛布と上着を分け合って身を寄せ合う。床から足を上げ、懐中電灯を一本、天井に向けて立て、車内をぼんやり照らしている。

寒さで︑
誰も眠れない︒

寄り合った肩だけが︑
あたたかかった︒

毛布にくるまったボブの女性が、初めて顔を上げて皆を見る。隣の大柄な坊主頭の青年が、その手をにぎっている。

美月:︙︙あの

美月:私たち
本当は
夫婦じゃ
ないんです

誠:結婚を
反対されて︙︙
2人で
家を出てきました

誠:名簿で同じ名字に
したのは
僕の嘘です
すみません

ハル:駆け落ち︙︙!

フミ:嘘のつき方が
下手だねえ

フミ:でも
雪の夜に
駆け落ちするなら
根性は
あるよ

毛布の山の中で、看護師が肩を揺らして笑い、老婦人がにやりとし、カメラを抱えた若い女も思わず吹き出す。

止まったバスの中で︑
初めて︑
誰かが笑った︒

最後列にひとり座る、らくだ色のコートの男。膝に毛布が投げ込まれている。二列前の席から、銀の短髪の女が振り向いて男を見ている。

フミ:あんたも
お客だ
使いな

霧島:︙︙私が
ここで
見ています

鷺沢:︙︙

ハル:ソラくんは
ずっと
黙ってる

フードの影の中の、少年の目だけの細い帯。まっすぐ前を見つめている。
少年の席から見た、暗い車内の奥。誰もいない運転席が、ずっと前に小さく見える。

ハル:︙︙寒くない?

ソラ:︙︙平気

ハル:東京に
誰か
待ってるの?

ソラ:︙︙父さんに
会いに来た

ソラ:それだけ

ハル:ソラくんは
また
運転席を見ていた

曇った窓を手袋でぬぐう、ポニーテールの若い女の横顔。窓の外の雪は細くなり、木々の影が見えはじめている。

午前4時20分︒

風が︑やんだ︒

ハル:フミさん
雪が︙︙!

フミ:弱まったね
行くよ

岩淵:俺が行く
あんたは
休んでろ

フミ:だめだ
あんたは
このバスの
運転手だろ

フミ:運転手が
2人とも出たら
お客を置いてくことに
なる

岩淵:︙︙

フミ:ハル 来な
カメラを持って

フミ:雪の夜は
一人じゃ
歩かない

ハル:はい!

雪の中に止まった夜行バス。ハザードの冷たい水色の光が、静かに点滅している。

1キロちょっとの
雪の道︒

黒い杉の並ぶ峠道を、懐中電灯を持った小さな二人が歩いていく。膝まで沈む雪。

フミ:足元だけ
照らしな
遠くは見なくていい

道の先に、古い石のトンネルの黒い口。その脇で、小さな非常電話の箱の灯りがひとつ光っている。

その先に︑
小さな灯りが
見えた︒

トンネルの入口の非常電話の箱。扉が開いたまま、受話器がコードでぶら下がって揺れている。巻いたコードが絵の下の枠を越えて、下へ垂れていく。

ハル:受話器が︙︙
外れてる

垂れたコードの先の、雪の上。運転手の制帽がひとつだけ、半分雪に埋もれて落ちている。まわりに足跡は無い。

ハル:これ︙︙
運転手さんの︙︙

受話器は︑
ぶら下がったまま︒

雪の上には︑
制帽だけが
落ちていた︒

第4話「零下の車内」

つづく

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あなた名簿に無い9Aの人影の正体を考えたい

AI3つの線があります。①誰かが隠れて乗っていた ②名簿の誰かが別の席にいた ③写真の写り込みで、人ではなかった。①と②を重ねると、乗客全員が疑わしく見えます。

あなた③で。少し怖い場面を

AIハル「この写真、窓の外から撮ったはずなのに、中に光がある」。絵:カメラの小さな画面、9Aの席にだけ映る白い光。

その場で作った例文です。作品の公式の続きではありません。

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この話で分かること

冬にエンジンを止めた車の中は、どのくらい冷える?

JAF のテスト(2014年2月、長野県の菅平高原。外気温 −10℃前後、雪)では、エンジンを止めて何も対策しなかった人は、2時間45分で続けられなくなりました。その時の車内は 1.8℃、外は −11.1℃でした。

条件・例外

テストの前は、暖房で車内を25℃にしていました。服装はダウンジャケットとジーンズです。車の種類や天気で結果は変わります。

立ち往生した車で、一晩しのぐには何があればいい?

同じテストで、毛布と使い捨てカイロを使った人と、冬山用の寝袋を使った人は、8時間(午後11時〜午前7時)耐えました。終わった時の車内は −7℃でした。

条件・例外

それでも、明け方は足や鼻がつらかったとモニターは話しています。毛布などが無く、エンジンをかけて暖房する時は、一酸化炭素中毒を防ぐために、こまめな換気とマフラーの周りの除雪が要ります。

物語との違い

作中のフミは、乗客を前の席に寄せて座らせ、足を床から上げ、カイロを足先に当てさせました。この寄せ方そのものは、JAF のテストで確かめた物ではありません。

アルミの非常用シート(エマージェンシーシート)だけで足りる?

JAF のテストでは、エマージェンシーシートの人は5時間27分で続けられなくなりました(車内 −3.9℃)。通気性が無いので汗をかき、それが冷えにつながったためです。

条件・例外

何も対策しなかった人よりは長く耐えましたが、毛布+カイロや寝袋には届きませんでした。

寒くても、車の外へ出ない方がいい?

JAF は、車の中の方が外より温度が高いので、荒れた天気の時は無理に外へ出ず、車内で天候の回復や救援を待つのがよいとしています。

物語との違い

作中では、風がやんでから、フミとハルが2人でトンネルの非常電話まで歩きました。現実では、まず車内で救援を待つ方法を考えます。

この話の用語

アルミの非常用(ひじょうよう)シート(エマージェンシーシート)漫画の中で見る
現実の事実体温を保つための、薄くて軽いアルミのシートです。JAF のテスト(外気温 −10℃前後・エンジンを止めた車内)では、これだけで過ごした人は5時間27分で続けられなくなりました。通気性が無いので汗をかき、その汗が冷えたためです。毛布と使い捨てカイロ、または冬山用の寝袋の人は8時間耐えました。

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この話のまとめ(作品の設定・登場人物・あらすじ・用語・出典)です。AI に貼ると、話を踏まえて相談できます。

この話のあらすじ

エンジンが止まり、明かりも暖房も消えた。交替の運転手・岩淵がもう一度エンジンをかけようとするのを、フミは止める。バッテリーまで弱れば、朝に除雪車が来てもバスは動けない。歩いて山を下りると叫ぶ鷺沢を、フミは「エンジンが止まっても、車の中の方が外よりずっとあたたかい」と押しとどめ、乗客に毛布・上着・カイロを出させる。霧島が出したアルミの非常用シートは、汗をかくとかえって冷えるので最後に取っておく。前の席に固まって座り、足を床から上げてカイロを足先に。寄り合った車内で、小野寺夫妻は本当は夫婦ではなく、結婚を反対されて家を出てきたと打ち明け、止まったバスで初めて笑いが起きる。ソラは「父さんに会いに来た」とだけ言い、運転席を見ていた。午前4時20分、風がやむ。運転手が2人とも出るわけにはいかないと、フミはハルを連れてトンネルへ向かう。入口の非常電話の箱は扉が開き、受話器がぶら下がっていた。その下の雪の上に、運転手の制帽だけが落ちていた。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

雪に閉ざされた夜行バスの中で起きる、ひと晩だけのミステリーです。立ち往生した車の中で命を守る知恵(一酸化炭素中毒・寒さ・助けの呼び方)も、物語の中で描いています。

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