第3話

第3話「足跡は消える」

橙色の読書灯がぽつぽつ灯る車内。雪にまみれた老婦人が、通路をまっすぐ最後列へ歩いていく。

フミ:矢代さん︒

フミ:1時52分︑
あんたは5Aの横で
何をしてた︒

灰色のコートの女が、座ったまま老婦人を見上げる。表情を動かさない。

女:︙︙写真︑
ですか︒

鷺沢:お前か!!

女につかみかかろうとするらくだ色のコートの男を、大柄な坊主頭の青年が後ろから羽交い締めにして止める。「ガタッ」の描き文字。

誠:落ち着いて
ください!

女:私は︑
盗っていません︒

女:その時︑
鞄の中に︑
ダイヤは
ありました︒

フミ:見たのかい︒

女:見ました︒

カメラを両手で抱えたハルが、口元を引きしめて考えこむ顔。読書灯の橙色が片側を照らす。

ハル:じゃあ︑
盗まれたのは
1時52分より
後︙︙︒

フミ:その頃︑
運転手はもう
バスの外だ︒

フミ:それに︑
戻ってきてたら︑
あの人は真っ先に
マフラーを見てる︒

フミ:運転手って
のは︑
そういうもんだ︒

鷺沢:じゃあ
どこへ行った!
客を置いて!

運転席の横に立つ、ずんぐりした交替の運転手。腕を組み、雪で真っ白な前の窓を見つめる。

岩淵:︙︙立ち往生したら︑
車の中に
いるのが原則だ︒

岩淵:外は危ねえし︑
外より中の方が
あったけえ︒

フミ:それでも
出たのは︑
電波が無いからだ︒

カメラの画面に、雪の夜の写真が大きく映る。ずっと先の暗闇に、小さな橙色の明かりが一つ。

フミ:この先に︑
古いトンネルがある︒
入口に︑
非常電話があるはずだよ︒

岩淵:鴉ノ峠トンネル︒
ここから
1キロちょっとだ︒

回想。何十年も前の雪の夜。若い女性の運転士が、トンネルの入口の小さな箱を開け、受話器を耳に当てている。

フミ:私も昔︑
雪の夜に︑
あの電話まで
歩いたことがある︒

フミ:久我さんは︑
電話をかけて︑
すぐ戻る
つもりだった︒

フミ:戻れない何かが︑
あったんだよ︒

ハル:助けに
行かないと︙︙!

フミ:今は行かない︒
この雪じゃ︑
迷う人が
増えるだけだ︒

老婦人が、雪で白く埋まった窓の外をにらむ横顔。手袋の手を窓ガラスに当てている。

フミ:雪が弱まったら︑
私が行く︒

ハル:︙︙私も
行きます︒

フミ:あんたは
写真を撮りな︒
それが今︑
一番の
手がかりだ︒

並んで座る若い夫婦。坊主頭の青年が、おずおずと片手を挙げる。隣のボブの女性が袖を引いて止めようとする。

誠:あの︙︙
僕ら︑
起きてました︒

誠:運転手さん︑
出ていく前に
放送してました︒

回想。暗い車内の前。制服の運転手が、運転席のマイクを口元に寄せて話している。前の窓の外は吹雪。

久我:雪で
前に進めません︒
電話をかけに︑
トンネルまで
行ってきます︒

久我:30分で
戻ります︒
車内で
お待ちください︒

フミ:ほらね︒
置いていったんじゃ
ない︒

フミ:その放送︑
ほかに
聞いた人は?

横に長い一枚。灰色のコートの女と、らくだ色のコートの男。二人の目だけが並び、どちらも視線をそらしている。

誠:あの女の人と︙︙
宝石の人も︑
起きてました︒

鷺沢:俺は
寝ていた!

ハル:運転手さんが
いなくなると
知ってたのに︑
黙ってた︙︙?

フミ:寝てた人は︑
運転手が
消えたと聞いて︑
あんなふうに
叫ばないよ︒

フミ:「どこへ行った」
じゃなくて︑
「何があった」
って聞くもんだ︒

らくだ色のコートの男の顔に、汗が一筋つたう。目が泳いでいる。

女:︙︙もう︑
隠しても
仕方ないですね︒

灰色のコートの女が立ち上がり、内ポケットから身分証の入った黒い手帳を開いて見せる。身分証の文字は読めない。

損害保険会社 調査部霧島 奏

霧島:矢代は︑
私の同僚です︒
熱を出したのは
本当︒

霧島:私は︑
この人を見張るために
乗りました︒

霧島:鷺沢さんは
半年前︑
あのダイヤに
2億円の保険を
かけています︒

ハル:保険︙︙?

霧島:この人の会社は︑
借金で
傾いている︒

空のくぼみが残る銀色の鞄の縁を、男の両手が白くなるほど握りしめている。
霧島の顔の大写し。冷たい目で、まっすぐ前の男を見すえる。

霧島:ダイヤは︑
盗まれてなんか
いません︒

霧島:まだ︑
このバスのどこかに
ある︒

霧島:この人が︑
自分で隠した︒

鷺沢:で︑でたらめだ!
証拠は!

車内が︑
しんと
静まり返った︒

運転席の計器。橙色の針がふっと落ちる。「ガフッ」「ブルル……」の描き文字。
斜めに傾いた構図。車内の明かりが一斉に消え、乗客たちが暗闇の中で顔を上げる。最後の読書灯がちらつく。

暖房の音が︑
止まった︒

岩淵:︙︙エンジンが︑
止まった︒

真っ暗な車内。息が白く見えはじめる。窓の外では雪が降り続いている。

外は︑
零下の吹雪︒

夜明けまで︑
あと3時間︒

乗客は七人のはずだった

第3話「足跡は消える」終

この作品を読んだあなたへ

この話で分かること

大雪で立ち往生したら、車を離れて助けを呼びに行っていい?

JAF は、雪の積もった道の上は危ないので、運転者は車の中にとどまるのが原則としています。荒れた天気の時は外より車の中の方が暖かいので、無理に外へ出ず、車内で救援を待つよう勧めています。

条件・例外

高速道路で体調が悪くなった時などは、巡回している NEXCO の職員に申し出るか、道路緊急ダイヤル(#9910)に連絡します。

物語との違い

作中の運転手は、電話がつながらない山の旧道で、乗客のために非常電話まで歩きました。現実では、まず車の中で救援を待つ方法を考えます。

道路で困った時の「#9910」とは?

国土交通省の道路緊急ダイヤルです。道路の穴や路肩の崩れ、落下物など、道路の異状を24時間、無料で通報できます。全国どこからでも同じ番号で、LINE でも通報できます。

条件・例外

交通事故など事故の情報は警察(110番)へ連絡します。運転中の通話は法律で禁じられているので、安全な場所に止めてからかけます。都道府県などが管理する道路は、夜間や休日にすぐ対応できない場合があります。

高速道路の非常電話は、どのくらいの間隔である?

JAF Mate によると、高速道路には1km ごとに非常電話が置かれています。携帯電話が使えない時のために、走りながら位置を確かめておくと安心です。

物語との違い

作中の峠は高速道路ではない古い道で、非常電話はトンネルの入口にあるという設定です。

出典

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この話のあらすじ

フミは灰色のコートの女に、1時52分に宝石商の席で何をしていたかを問う。女は、その時ダイヤはまだ鞄の中にあったと答える。ならば盗まれたのはその後で、運転手はもうバスの外にいた。交替の運転手・岩淵は、立ち往生したら車の中にいるのが原則だと言い、フミは、運転手が出たのは電波が無く、1キロ先の古いトンネルの非常電話まで歩くしかなかったからだと読む。小野寺誠は、運転手が出る前に車内放送をしたと打ち明ける。起きていたのは夫婦と灰色のコートの女と、宝石商。寝ていたと言い張る鷺沢の前で、女は正体を明かす。損害保険会社の調査員・霧島奏。名簿の矢代透は同僚で、鷺沢を見張るために乗った。鷺沢は半年前、ダイヤに2億円の保険をかけていた。「ダイヤは、盗まれてなんかいない。この人が、自分で隠した」。その時、エンジンが咳きこみ、車内の明かりと暖房が消えた。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。

この作品について

雪に閉ざされた夜行バスの中で起きる、ひと晩だけのミステリーです。立ち往生した車の中で命を守る知恵(一酸化炭素中毒・寒さ・助けの呼び方)も、物語の中で描いています。

制作に生成 AI を使用。企画・編集:H株式会社・利用ガイド

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