第2話

第2話「名簿にない名前」

フードをかぶった少年の顔の大写し。大きなヘッドホンを首にかけ、唇をかんでいる。

9A・名簿にない少年ソラ

フミ:坊や︑
名前は?

少年:︙︙ソラ︒

鷺沢:切符は!
名簿に無いぞ!

ソラ:僕は︑
最初から
乗ってた︒

ソラ:出発の
バス停から︒
トイレに︑
隠れてた︒

一人多いのは︑
この子だった︒

――そう思った︒

フミ:わけは︑
あとで聞くよ︒

フミ:じゃあ︑
名簿と顔を
合わせるよ︒
一人ずつ︑
名前を︒

薄暗い車内の通路。老婦人が名簿を手に立ち、乗客たちが一人ずつ手を挙げている。
並んで座る若い男女。大柄で坊主頭の青年が、小柄なボブの女性の手を握っている。二人の指に、そろいの銀の指輪。

乗客・6A・6B小野寺 誠・美月

誠:小野寺です︒
妻と︑
新婚旅行で︒

美月:︙︙はい︒

美月さんは︑
一度も
顔を上げなかった︒

フミ:最後︒
10D︑
矢代 透さん︒

最後列の窓ぎわの席。灰色の長いコートの人物が、ゆっくり黒いマスクを下ろす。銀色の短い髪の、鋭い目の女性。

女:︙︙矢代です︒

フミ:名簿の矢代さんは︑
男の人だよ︒

女:夫の切符です︒
夫が熱を出したので︑
私が代わりに︒

嘘だ︑と
フミさんの顔に
書いてあった︒

ハル:名簿にない人が︑
2人︙︙︒

フミ:それと︑
もう一人︒

フミ:この長さの夜行は︑
運転手が
2人乗ってる︒
交替の人が︑
床の下の部屋で
寝てるはずだよ︒

通路の床にある四角いふた。しわの多い手が、それを叩く。「コン」「コン」の描き文字。
床のふたから、禿げ頭に灰色の無精ひげのずんぐりした男が、耳栓を外しながら眠そうに顔を出す。

交替の運転手岩淵 健

岩淵:︙︙もう
着いたか?

ハル:止まってるんです!
雪で!

岩淵:︙︙頭が︑
割れそうだ︒

鳴海:床の下にも︑
排ガスが
来てたのかも︒
顔色︑見せて︒

岩淵:久我が
いない?

岩淵:客を置いて
どっか行く男じゃ
ねえぞ︒

運転席で、ずんぐりした運転手が無線のマイクと携帯電話を交互に耳に当て、顔をしかめる。

岩淵:だめだ︒
無線も︑携帯も︑
電波が届かねえ︒

鷺沢:無い!!

らくだ色のコートの男の顔の大写し。目を見開き、額に汗。
開いた銀色の鞄。中の紺のビロードに、石の形のくぼみだけが残っている。

鷺沢:『冬の瞳』が︑
無い!

鷺沢:2億円の︑
青いダイヤだぞ!

騒然とする車内。立ち上がる乗客たち、顔を見合わせる夫婦、身を縮める少年。

誠:運転手さんが
持って逃げた
︙︙とか?

鷺沢:そうだ︑
だから
消えたんだ!

運転席の横の物入れから、太い手が小さな紺のビロードの袋を引き出す。

岩淵:︙︙なんだ︑
これ︒

鷺沢:それだ!
ダイヤの袋だ!

袋は︑
空だった︒

美月:やっぱり︑
運転手さんが︙︙︒

老婦人の顔。眉間にしわを寄せ、静かに、しかしはっきりと首を横に振る。

フミ:違う︒

フミ:運転手は︑
お客を置いて
逃げたりしない︒

鷺沢:婆さんに
何が分かる!

回想。昔の雪の町。若い女性の運転士が、制服姿で路線バスの扉を押さえ、ランドセルの子どもたちを乗せている。

フミ:40年︑
ハンドルを
握ってきた︒

フミ:それにね︒
盗んで逃げる人が︑
袋を自分の席に
置いていくかい︒

ハル:︙︙確かに︒

フミ:誰かが︑
運転手に
罪をかぶせたがってる︒

運転席の側から見た車内。乗客たちと交替の運転手が、それぞれ疑うような目でこちらを見ている。

この中の︑
誰かが︒

30分たった︒
マフラーを
見に行く時間だ︒

吹雪の中、バスの後ろ。老婦人が懐中電灯で排気の管を照らし、ハルが横で雪を払う。

フミ:あんた︑
写真を
たくさん撮ってたね︒

フミ:バスが止まる前後も︑
撮ってたかい︒

ハル:︙︙寝ぼけて︑
何枚か︒

雪が舞い落ちる中、手袋の両手が光るカメラの画面を見ている。

DSC_0431 1:52(窓の外)

写真の中の一枚。夜の窓越しに、雪の中を、制服の運転手が懐中電灯を持って前へ歩いていく。後ろに足跡が続き、ずっと先に小さな橙色の明かり。

ハル:運転手さん︙︙!
前の方へ︑
歩いていく︒

フミ:1時52分︒
止まってすぐだ︒

フミ:この時は
足跡があった︒
2時14分には︑
もう消えてた︒

ハル:22分で︑
足跡が消えるほどの
雪︙︙︒

私は︑
その写真を
大きくした︒

写真を大きくした一枚。暗い窓ガラスに、車内が映り込んでいる。眠る乗客たちの中で、灰色のコートの背の高い人物だけが立ち、ある座席の銀色の鞄に手をかけている。
バスの窓の内側。曇ったガラス越しに、灰色のコートの女がこちらを見下ろしている。目だけがはっきり見える。

止まってすぐの
車内で︒

灰色のコートの女が︑
宝石商の鞄に
手をかけていた︒

乗客は七人のはずだった

第2話「名簿にない名前」終

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この話のあらすじ

9Aの少年はソラと名のり、出発のバス停からトイレに隠れて乗っていたと打ち明ける。フミが一人ずつ名簿と顔を合わせると、10Dの「矢代 透(男)」の席には、灰色のコートの女が座っていた。女は夫の切符だと言うが、フミは信じない。名簿にない人は2人。床下の仮眠室で寝ていた交替の運転手・岩淵が起き出すが、無線も電話もつながらない。そのとき宝石商の鷺沢が叫ぶ。鞄の中の青いダイヤ「冬の瞳」が無い。運転席の物入れから空の袋が見つかり、皆は消えた運転手を疑うが、フミは「運転手は、お客を置いて逃げない」と言い切る。マフラーを見に出た雪の中で、ハルは寝ぼけて撮った1時52分の写真に、懐中電灯を持って前へ歩いていく運転手を見つける。そして窓ガラスに映り込んだ車内には、宝石商の鞄に手をかける灰色のコートの女がいた。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。

この作品について

雪に閉ざされた夜行バスの中で起きる、ひと晩だけのミステリーです。立ち往生した車の中で命を守る知恵(一酸化炭素中毒・寒さ・助けの呼び方)も、物語の中で描いています。

制作に生成 AI を使用。企画・編集:H株式会社・利用ガイド

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