第1話

第1話「一人、多い」

吹雪の夜の山道。一台の大きなバスが、前の明かりだけを灯して止まっている。まわりは雪と暗闇だけ。

午前2時14分︒
峠の途中で︑
バスが止まっていた︒

夜行バスの座席で目を覚ます若い女性。頭の上の小さな明かりが、寝ぼけた顔を橙色に照らす。窓は白く曇っている。

ハル:︙︙止まってる?

暗い通路の先、バスの運転席。ハンドルの前の計器だけが橙色に光り、座席には誰もいない。前の窓に雪が積もっている。

運転席に︑
誰もいなかった︒

運転席の手もと。差したままの鍵と、湯気の消えた水筒のカップ。「ゴォォ」と暖房の描き文字。

エンジンは︑
かかったまま︒
暖房の風だけが︑
鳴っていた︒

バスの前の扉のガラス越しに見た外。前の明かりに照らされた雪の原は、どこまでも平らで、足跡ひとつない。

ハル:足跡が︑
ない︙︙︒

ハル:スマホは︙︙︒

携帯電話圏外

電話も︑
つながらない︒

首からカメラを下げた背の高い女性が、通路に立ち上がる。後ろで、ほかの乗客たちが次々に体を起こす。

写真学科2年戸川 ハル

東京の展示に出す
写真を抱えて︑
私は夜行バスに
乗っていた︒

鷺沢:おい!
運転手は
どこだ!

らくだ色の長いコートの中年の男が、銀色の鞄を胸に抱え、前をにらんで立っている。

乗客・宝石商鷺沢 玲司

鷺沢:客を置いて︑
どこへ行った!

赤い毛糸の帽子に橙色のマフラーの小柄な老婦人が、通路を前へ歩き、運転席の背にそっと手を置く。

乗客・元 市営バス運転士(40年)秋津 フミ

フミ:みんな︑
座ってな︒

フミ:慌てる前に︑
まず数えるよ︒

その人は︑
運転席の横の板から︑
紙を一枚とった︒

乗車名簿 霧笛 → 東京 夜行便2A 秋津 フミ(女)3C 戸川 ハル(女)5A 鷺沢 玲司(男)6A・6B 小野寺 誠(男)・小野寺 美月(女)8C 鳴海 さよ(女)10D 矢代 透(男)計 7名

フミ:名簿は︑
7人︒

前から見た薄暗い車内。座席から頭がいくつものぞく。手前で老婦人が、指を一本ずつ折って数えている。

フミ:︙︙五︑六︑七︑

フミ:八︒

鷺沢:誰だ!
名簿に
ないのは!

フミ:怒鳴っても︑
数は
減らないよ︒

ハル:一人︑
多い︒

横に長い一枚。暗がりの中、乗客たちの目だけが並び、互いを横目でうかがっている。

美月:ねえ︑
誰か知らない人が
乗ってるってこと︙︙?

誠:大丈夫︑
大丈夫だから︒

誰も︑
名のり出なかった︒

眼鏡の白髪まじりの女性が編み物の手を止め、後ろの席をのぞき込む。フードをかぶった少年が、ぐったりと窓にもたれている。

乗客・看護師鳴海 さよ

鳴海:この子︑
顔色が悪い︒
頭︑痛い?

少年:︙︙ぼーっと︑
する︒

美月:私も︑
さっきから
頭が重くて︙︙︒

老婦人の顔の大写し。計器の橙色の光を受け、目が鋭く見開かれる。

フミ:マフラーだ!

フミ:雪で排気の口が
ふさがると︑
排ガスが床の下に
たまって︑
車の中に
入ってくる︒

一酸化炭素は︑
色も︑においも無い︒

雪で埋まった車の一酸化炭素中毒の解説

現実の事実マフラー(排気口)が雪でふさがると、排ガスが車の床下にたまり、車体の隙間から車内に入り込みます。一酸化炭素は色もにおいも無いため気づきにくく、JAF のテストでは、マフラーの高さまで雪で覆った車の中の濃度が16分で400ppm に上がりました。

どう防ぐ?
原則としてエンジンを切り、マフラーの周りの雪をこまめに取り除きます。JAF のテストでは、マフラーの周りを雪かきした車では一酸化炭素はほとんど検知されませんでした。

出典

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フミ:窓を開けな!
若いの︑
手を貸しておくれ!

吹雪の中、バスの後ろで、ハルと大柄な青年とらくだ色のコートの男が、手と小さなスコップで雪をかき出す。老婦人が懐中電灯で足もとを照らす。「ザッ」「ザッ」の描き文字。

バスの後ろは︑
もう腰まで
雪だった︒

手袋の手がカメラのシャッターを押す。雪の粒が光に浮かぶ。「カシャ」の描き文字。

ハル:撮るのは︑
くせだ︒
こんな時でも︒

フミ:いいよ︑
撮っときな︒
あとで
役に立つかもしれない︒

雪の下から黒い排気の管が出て、白い煙が流れ出す。老婦人がうなずく。奥では、らくだ色のコートの男が一人、後ろの車輪のそばの雪の山にしゃがみこんでいる。

フミ:これでいい︒
30分ごとに︑
見に来るよ︒

鷺沢:俺は戻るぞ︒
寒くて
かなわん︒

宝石商は︑
真っ先に︑
バスの中へ
戻っていった︒

誠:あの人︑
ほとんど
掘ってなかったような︙︙︒

少し窓の開いた車内。看護師が少年に水を飲ませ、少年の顔に色が戻ってくる。老婦人は運転席の横の段に腰をおろしている。

鳴海:顔色︑
戻ってきた︒
もう大丈夫︒

フミ:運転手は︑
お客を置いて
いかないもんだ︒

フミ:何か︑
わけがあるんだよ︒

ハル:フミさんは︑
どうして
そんなに︙︙

フミ:40年︑
運転席に
座ってたからね︒

私は︑
撮った写真を
見返していた︒

暗がりで、両手に持ったカメラの画面だけが光っている。画面の中身はぼんやりした橙色の光。

DSC_0412 23:41サービスエリア 休憩中のバス

3時間前︒
雪のサービスエリアで
撮った一枚︒

回想。雪のサービスエリア。制服の運転手がバスの扉に鍵をかけ、乗客たちが建物へ歩いていく。

夜行バスの運転手久我 陽介

久我:休憩は20分です︒
バスは鍵を
かけますので︑
貴重品は
お持ちください︒

全員が降りて︑
鍵がかかった︒
そのはずだった︒

写真を大きくした一枚。雪の中のバスの暗い窓。その奥の座席に、フードをかぶった小さな人影が座っている。

ハル:鍵のかかった︑
誰もいない
はずのバスに――

ハル:誰か︑
座ってる︒

車内の後ろの席。フードの影の奥で、少年の目だけが読書灯に光り、まっすぐこちらを見ている。

写真の席は︑
9A︒

名簿では︑
空席だった︒

乗客は七人のはずだった

第1話「一人、多い」終

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この話で分かること

雪に埋まった車でエンジンをかけ続けるとどうなる?

マフラー(排気口)が雪でふさがると、排ガスが車の床下にたまり、車体の隙間から車内に入り込んで一酸化炭素中毒を起こすおそれがあります。JAF のテストでは、マフラーの高さまで雪で覆った車で、車内の一酸化炭素の濃度が16分で400ppm に達し、その6分後に測定の上限の1,000ppm に達しました。

条件・例外

テストは乗用車で、外気を入れる設定で行われたものです。JAF は、車の周りの様子や風向き、エアコンの設定で結果が変わり、安全だった条件でも危険になる場合があるとしています。エアコンを内気循環にしていても、隙間から排ガスが入るおそれがあります。

物語との違い

作中の夜行バス(大きな車)で、どのくらいの時間で何 ppm になるかは描いていません。少年たちの頭痛は物語の作り事で、同じ時間で同じ症状が出るとは限りません。

窓を少し開けておけば大丈夫?

それだけでは足りません。JAF のテストでは、マフラーの周りを雪かきした車では一酸化炭素はほとんど検知されませんでしたが、窓を5cm ほど開けただけの車では、約40分で400ppm に達し、その後まもなく800ppm 台になりました。いちばん効くのは、マフラーの周りの雪を取り除くことです。

大雪で立ち往生したら、エンジンは切るべき?

JAF は、雪で車が埋まった時は原則としてエンジンを切り、マフラーが雪でふさがれていないかを定期的に確かめて、ふさがれていたらすぐに雪を取り除くよう勧めています。暖を取るためにエンジンをかける時は、換気を十分にしながら、断続的にかけるようにします。

条件・例外

毛布や予備の服があれば重ね着をして、体温が下がらないようにします。

この話の用語

雪で埋まった車の一酸化炭素中毒漫画の中で見る
現実の事実マフラー(排気口)が雪でふさがると、排ガスが車の床下にたまり、車体の隙間から車内に入り込みます。一酸化炭素は色もにおいも無いため気づきにくく、JAF のテストでは、マフラーの高さまで雪で覆った車の中の濃度が16分で400ppm に上がりました。

出典

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この話のあらすじ

写真学科の学生・戸川ハルが夜行バスで目を覚ますと、バスは大雪の峠道で止まっていた。エンジンはかかったまま、運転席は空。外の雪には足跡ひとつない。乗客の1人、元市営バス運転士の秋津フミ(72)が運転席の乗車名簿を数えると、名簿は7人、車内には8人いた。そのとき、後ろの席のフードの少年が頭痛を訴える。フミは、雪でふさがったマフラーから排ガスが車内に入っていると見抜き、ハルたちと雪をかき出す。落ち着いた車内で、ハルは3時間前のサービスエリアで撮った写真を見返す。休憩の間、鍵がかけられ誰もいないはずのバスの窓に、人影が座っていた。その席、9Aは、名簿では空席だった。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。

この作品について

雪に閉ざされた夜行バスの中で起きる、ひと晩だけのミステリーです。立ち往生した車の中で命を守る知恵(一酸化炭素中毒・寒さ・助けの呼び方)も、物語の中で描いています。

制作に生成 AI を使用。企画・編集:H株式会社・利用ガイド

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