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第6話「行き渋り」

朝の職員室。机の上にプリントの束と付箋が積もった若い教師の席。白髪まじりの眼鏡の学年主任がカップを持って通りがかり、肩越しに声をかける。窓の白い朝の光。

2年3組の担任・社会科(24)須藤 創

2年の学年主任(52)石黒 正人

石黒 正人:今日だね
小坂さんの10分

須藤 創:はい
4時に
間宮さんと

第6話「行き渋り」

寄り。机の電話のランプが光る。横の置き時計は7時52分(針だけ)。若い教師の手が受話器へ伸びる。

小坂 りん(電話の声):2年3組の
小坂です
今日も
休みます

団地の部屋の狭い廊下。灰色のパーカーの女の子が電話を耳に当て、こちらを向く。後ろに玄関のドア。前髪の奥の目がこわばる。

2年3組の生徒(14)小坂 りん

小坂 りん:︙︙先生

小坂 りん:大和が
玄関から
動かない

若い教師の顔の寄り。受話器を耳に、椅子から腰を浮かせる。

須藤 創:えっ
大和くんが?

小坂 りん(電話の声):お母さん
もう
仕事に出た
どうしたらいい

りんが先生に
何かを聞いたのは︑
初めてだった︒

若い教師が受話器を置いて立ち上がり、上着をつかむ。横で学年主任がカップを持ったまま眉を寄せる。

須藤 創:1時間目
空きなんで
行ってきます

石黒 正人:須藤先生
大和くんは
小学校の子だよ

学年主任の顔の寄り。眼鏡の奥の目で、上着を着かけた若い教師を見上げる。ため息まじり。

石黒 正人:2時間目には
戻るんだよ

りんの団地の3階︒

団地の3階の玄関を外から。開いたドアの内側、上がりかまちに、ランドセルを背負って靴をはいた坊主頭の男の子がうずくまって座る。後ろに灰色のパーカーの女の子が立つ。手前の左で、息を切らした若い教師がドアの枠に手をつく。

りんの弟・小学4年(10)小坂 大和

小坂 大和:先生
それって
学校の仕事?

若い教師の顔の寄り。額に汗、苦笑いのまま口ごもる。

須藤 創:︙︙違う
たぶん

須藤 創:よし大和
先生と行くか!

若い教師の手が、男の子のランドセルの肩ひもへ伸びる。男の子は体を丸めて、ひざを抱える。寄り。男の子の小さな手が靴箱の角をつかみ、指先が白くなる。

須藤 創:大丈夫だって
絶対大丈夫

小坂 大和:お腹
いたい

女の子の顔の寄りを少し下から。前髪の間から、まっすぐ教師を見る目。

小坂 りん:先生
引っぱらないで

小坂 りん:引っぱられると
足︑もっと
動かなくなる

寄り。教師の手が空中で止まり、ゆっくり引っ込む。

須藤 創:小坂︙︙

女の子の手の寄り。上がりかまちの木の角を、指でそっとなぞる。

小坂 りん:最初
私も
ここだった

上がりかまちに、女の子が弟の隣に腰を下ろす。肩は触れない、同じ高さ。玄関の暗さに、ドアの外の白い光が一本さす。

小坂 りん:学校の
何がいや

小坂 大和:︙︙分かんない

男の子の顔の寄り。くちびるを震わせ、横の姉を上目でうかがう。

小坂 大和:でも
おれが行ったら
ねーちゃん
家で一人じゃん

女の子の顔の寄り。前髪の奥で目が見開き、口が少し開く。

小坂 大和:夜︑泣いてるし

若い教師の顔の寄り。ドアの枠に手をついたまま、目を伏せる。知っていた顔。
薄暗い玄関。女の子が弟の坊主頭に手をのせる。弟は顔を上げられない。

小坂 りん:ねーちゃんが
泣くのは

小坂 りん:ねーちゃんの仕事
大和の
仕事じゃない

男の子の顔の寄り。目に涙をためたまま、口がゆがんで少し笑う。

小坂 大和:は?
なにそれ

女の子が玄関の隅で、ほこりをかぶったスニーカーをはく。戸口で、かばんを肩にかけた若い教師が見ている。

小坂 りん:門まで
送る
︙︙門まで
だけ

須藤 創:小坂
外︙︙

女の子の横顔の寄り。スニーカーのかかとを指で起こしながら、教師の方を見ずに言う。

小坂 りん:先生は
来なくていい
自分の学校
でしょ

開いたドアの外の外廊下へ、灰色のパーカーの女の子が先に出て、ランドセルの弟の手を引く。白い朝の光。手前の玄関に、床に手をついた若い教師の背中。下から見上げる。絵の中に「ガチャ」の描き文字。

りんが朝の外に
出たのは︑
1か月ぶりだった︒

朝の住宅街の道を高い所から。前を、女の子と男の子が並んで歩く。手前の電柱の横で、若い教師が立ち止まって見送る。

りんが母に
知らせていた︒
須藤のスマホが鳴る︒

小坂 千秋(電話の声):先生!
大和は︙︙

少し上から、スーパーの裏の通路。エプロン姿の母親がスマホを耳に、段ボールの陰で身をかがめる。

りんと大和の母(41)小坂 千秋

須藤 創:りんさんが
門まで送ってます

小坂 千秋(電話の声):え︙︙
りんが?

母親の顔の寄り。スマホを耳に、目を閉じて眉を寄せる。

小坂 千秋(電話の声):休ませた方が
よかったん
でしょうか

若い教師の顔の寄り。道の角で、スマホを耳に、言葉を探す。

須藤 創:︙︙分かりません

須藤 創:でも
休むのが
要る時もあるって
教育機会確保法
にも
書いてあります

教育機会確保法(きょういくきかいかくほほう)(休養の必要性(ひつようせい))の解説

現実の事実2016年にできた、不登校(ふとうこう)の子の学びの場を守るための法律です。国と自治体(じちたい)は、一人ひとりの「休養の必要性」をふまえて、学校の外での学びも含め、本人と保護者(ほごしゃ)に情報や助言を届けると決めています。

出典

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〈文部科学省の通知(2019年)から〉「学校に登校する」という結果のみを目標にしない休む時期が、休養や自分を見つめ直す意味を持つこともある

文部科学省(もんぶかがくしょう)の通知(不登校(ふとうこう)の子への支え方)の解説

現実の事実文部科学省が2019年に学校や教育委員会へ出した通知です。支えるのは「学校に登校する」という結果だけを目標にするのではなく、子どもが自分の進む道を考えて、社会で自立していけるようにするため、とはっきり書いています。

休むのは、いい事なの?
通知は、休む時期が休養や自分を見つめ直す意味を持つことがある一方で、学業の遅れや進路の不利益(ふりえき)もあり得る、と両方を書いています。だから一人で決めず、学校や相談の先と一緒に考えます。

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小坂 千秋(電話の声):︙︙はい

寄り。教師の手が、手帳のページに何かを書きつける。字は読めない線だけ。

須藤 創:家ごと相談できる
所もあります

〈須藤のメモ〉市のこども家庭センター(子どもと家の事を、まとめて相談できる)

こども家庭センターの解説

現実の事実子どもと子育ての家庭の相談をまとめて受ける市区町村(しくちょうそん)の場所です。児童福祉法で、市区町村が置くように努めると決まっています。きょうだいの事・親の疲れなど、学校だけでは受け止めきれない家の事も相談できます。

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小坂 千秋(電話の声):家ごと︙︙

小学校の門。白衣をはおった女性の先生がしゃがんで男の子と目の高さを合わせる。男の子の後ろ、一歩離れて姉が立つ。奥の校庭に登校する子どもたち。

門で待っていたのは︑
養護教諭の先生だった︒

養護教諭(ようごきょうゆ)の解説

現実の事実保健室(ほけんしつ)にいる先生です。法律で小学校(しょうがっこう)に置くと決まっていて、子どもの体と心の健康を見る役目です。朝、体の調子を訴える子や、教室に入りにくい子を、まず受け止める人でもあります。

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保健室の先生:お母さんから
電話もらったよ

保健室の先生:教室じゃなくて
保健室からでも
いいよ

保健室(ほけんしつ)の解説

現実の事実学校には、健康診断(けんこうしんだん)・健康相談・けがの手当てなどのために保健室を置くと法律で決まっています。教室に入りにくい日に、まず保健室で過ごす形をとる学校もあります。どうするかは、子どもと学校で相談して決めます。

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門の前で、男の子が横を振り返る。片手でランドセルの肩ひもを握り、口をとがらせる。

小坂 大和:ねーちゃん
4時
行くんでしょ

小坂 りん:︙︙10分
だけ

小坂 大和:だけ
ばっか

女の子の顔の寄り。前髪の下で、口の端がほんの少し上がる。
午後の職員室。若い教師の机の上に、採点前の小テストの束・書きかけの学年だより・付箋が積もる。開いた出席簿。窓の光は午後の黄色。

〈出席簿 2年3組 小坂 りん〉欠席 31日目午後4時から10分:ひだまり(間宮さん)

不登校の数に入る
「30日」は︑きのう︑
静かに過ぎていた︒

若い教師の顔の寄り。受話器を耳に、壁の時計(針は3時52分)をちらりと見る。

沖野 美和(電話の声):沖野です

沖野 美和(電話の声):颯が
通級の話
聞いてみるって

須藤 創:えっ
本当ですか

電話を切ったのは︑
4時12分だった︒

校舎の階段を低い所から。若い教師が上着を片手に、2段飛ばしで3階へ駆け上がる。絵の中に「タタタッ」の描き文字。
3階の小さな部屋「ひだまり」。窓の夕方の光。向かい合った2つの椅子は空で、窓辺で40歳くらいの女性が紙コップを2つ片付けている。戸口に、息を切らした若い教師。

スクールカウンセラー(38)間宮 真澄

間宮 真澄:須藤先生ですね
間宮です

須藤 創:小坂は︙︙

間宮 真澄:来ましたよ
10分

若い教師の顔の寄り。肩で息をしたまま、空の椅子を見る。

須藤 創:待ってるって
言ったのに

間宮 真澄:弟さんを門まで
送った話を
してくれました

女性のカウンセラーの顔の寄り。落ち着いた目で、若い教師の顔色をじっと見る。

間宮 真澄:それと
須藤先生
今朝は何時に
学校に?

須藤 創:6時
半︙︙

寄り。カウンセラーの手が、紙コップを1つ、空の椅子の前の机に置く。

間宮 真澄:きのうの夜は?

須藤 創:家庭訪問で
9時すぎ︙︙

間宮 真澄:先生
それ
1人でやる
仕事ですか

若い教師の顔の大写し。窓の光の中で目を伏せ、口を結ぶ。答えが出ない。

須藤 創:︙︙

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

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先生、それは学校の仕事ですか

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この話で分かること

子どもが朝、玄関で動けなくなったら?

無理に引っぱって連れて行くより、まず何がつらいのかを一緒に確かめ、学校に連絡して相談します。文部科学省(もんぶかがくしょう)の通知は、支えの目標を「学校に登校する」結果だけにしないと書いています。

条件・例外

体の不調が続く時は、学校の養護教諭(ようごきょうゆ)やかかりつけの医師にも相談します。

不登校(ふとうこう)で休むのは、法律でだめなの?

教育機会確保法(きょういくきかいかくほほう)は、国と自治体(じちたい)が一人ひとりの「休養の必要性(ひつようせい)」をふまえて、学校の外の学びも含めた情報や助言を本人と保護者(ほごしゃ)に届けると決めています。

条件・例外

休む間の学びや進路の事は、学校・教育支援センター・相談の先と一緒に考えます。

教室に入れない日は、保健室(ほけんしつ)で過ごせる?

学校には保健室を置くと法律で決まっていて、養護教諭(ようごきょうゆ)がいます。教室に入りにくい日に、まず保健室で過ごす形をとる学校もあります。

条件・例外

出席の扱いや過ごし方は学校ごとに違うので、担任・養護教諭と相談して決めます。

きょうだいの事や家の事は、どこに相談できる?

市区町村(しくちょうそん)のこども家庭センターは、子どもと子育ての家庭の相談をまとめて受ける場所です。児童福祉法で、市区町村が置くように努めると決まっています。

条件・例外

名前や窓口は市区町村によって違います。市区町村のホームページや子育ての窓口で確かめます。

この話の用語

教育機会確保法(きょういくきかいかくほほう)(休養の必要性(ひつようせい))漫画の中で見る
現実の事実2016年にできた、不登校(ふとうこう)の子の学びの場を守るための法律です。国と自治体(じちたい)は、一人ひとりの「休養の必要性」をふまえて、学校の外での学びも含め、本人と保護者(ほごしゃ)に情報や助言を届けると決めています。
文部科学省(もんぶかがくしょう)の通知(不登校(ふとうこう)の子への支え方)漫画の中で見る
現実の事実文部科学省が2019年に学校や教育委員会へ出した通知です。支えるのは「学校に登校する」という結果だけを目標にするのではなく、子どもが自分の進む道を考えて、社会で自立していけるようにするため、とはっきり書いています。
こども家庭センター漫画の中で見る
現実の事実子どもと子育ての家庭の相談をまとめて受ける市区町村(しくちょうそん)の場所です。児童福祉法で、市区町村が置くように努めると決まっています。きょうだいの事・親の疲れなど、学校だけでは受け止めきれない家の事も相談できます。
養護教諭(ようごきょうゆ)漫画の中で見る
現実の事実保健室(ほけんしつ)にいる先生です。法律で小学校(しょうがっこう)に置くと決まっていて、子どもの体と心の健康を見る役目です。朝、体の調子を訴える子や、教室に入りにくい子を、まず受け止める人でもあります。
保健室(ほけんしつ)漫画の中で見る
現実の事実学校には、健康診断(けんこうしんだん)・健康相談・けがの手当てなどのために保健室を置くと法律で決まっています。教室に入りにくい日に、まず保健室で過ごす形をとる学校もあります。どうするかは、子どもと学校で相談して決めます。

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AIりんは「夜、泣いてるし」を弟に聞かれていた事を、帰り道で初めて思い返します。家に着いて、自分のスニーカーのほこりが落ちているのに気づき、4時に行くと決める場面にできます。

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この話のあらすじ

水曜の朝7時52分、りんは「今日も休みます」の後に「大和が玄関から動かない。どうしたらいい」と須藤に聞く。須藤は1時間目の空きに団地へ走るが、「先生と行くか」と引っぱろうとして、りんに「引っぱらないで」と止められる。大和は「おれが行ったら、ねーちゃん家で一人じゃん。夜、泣いてるし」と言う。りんは「泣くのはねーちゃんの仕事」と言い、1か月ぶりに朝の外へ出て、弟を小学校(しょうがっこう)の門まで送る。門では母の電話を受けた養護教諭(ようごきょうゆ)が「保健室(ほけんしつ)からでもいいよ」と迎える。須藤は母の千秋に「休ませた方がよかったか分からない、でも休むのが要る時もある」と話し、こども家庭センターも伝える。午後、仕事が積もり、沖野の母の電話を受けて、須藤が「ひだまり」に着いたのは4時12分。りんは10分来て、もう帰っていた。スクールカウンセラーの間宮は「それ、1人でやる仕事ですか」と聞く。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

欠席が30日になると何が変わるのか、学校の外にどんな学びの場があるのか、いじめの時に学校がどう動くのかを、担任と家族の両方の迷いと一緒に追えます。

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