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第2話「家は、誰のもの?」

夜の台所。左の戸口で、仕事のかばんを提げ、ネクタイをゆるめかけたまま立つ30代の夫。右で、妻が登記事項証明書(字は読めない)を夫の方へ向けて持ち上げる。冷たい青い夜の光と、天井から下がる小さな灯り。

瀬川 茜:家って
誰の?

瀬川 圭吾:親父の
名義だけど

夜の台所。圭吾の言い訳を聞いた茜の寄り。顔は向けず、目だけを横の夫へゆっくり滑らせる。口は固く結び、手前に戸棚の端。冷たい青い灯り。

食品の会社の総務(34)瀬川 茜

瀬川 圭吾:住んでるのは
おれたち
だろ

瀬川 茜:じゃあ
「やる」って
何を?

夫の寄り。目をそらして横を向き、片手で首の後ろをかく。口の端だけで笑おうとしている。

茜の夫(家電の量販店の副店長)瀬川 圭吾

瀬川 圭吾:住んでて
いいって
意味だよ

瀬川 圭吾:親父も
そう言うって

茜の肩越しに見る圭吾。戸口に立ち、片手をひらひら振って「たいしたことない」と笑い、もう片手でネクタイをいじる。目は茜から外れている。

瀬川 圭吾:どうせ
いつか
おれが
相続するし

相続(そうぞく)の解説

現実の事実亡くなった人(被相続人)の財産に属した一切の権利と義務を、相続人が受け継ぐことです(民法第896条)。土地や家は、相続した後に登記の名義を書き換えます。

結婚している間に相続した物は、夫婦の物になる?
相続のように自分の名前で得た財産は、民法では特有財産(とくゆうざいさん)とされます(第762条)。離婚の時に分ける物に入るかは、事情によって変わります。

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瀬川 茜:住まわせて
もらってる
だけ︙︙?

テーブルの上の証明書の端を握りつぶす妻の手。しわの寄った紙の角が、枠の外へ出る。その上で、妻は目を伏せ、口を結んで静かなまま。

瀬川 茜:落ち着け私

法律事務所︒
次の日の昼︒

昼の法律事務所の入り口。ガラスの扉の前で、肩かけのかばんの紐を握り、もう片方の手で取っ手に手をかけたまま足を止める妻。うつむいた横顔を後ろから。字の無い扉。

牧野 美帆:とりあえず
甘い物
どうぞ

机の高さから、どら焼きの皿を机の上へそっと滑らせる美帆の手元と胸から下。手前にぼけた湯のみ。奥にレース越しの窓の光。

牧野 美帆:今日は
どら焼き
です

昼の法律事務所の相談の部屋。左で、栗色のおだんごの事務員が、どら焼きの皿をそっと差し出す。右で、ブラウスの女性が証明書を机に置き、身を乗り出す。奥に、赤いペンを持った眼鏡の女性の弁護士が立つ。手前に湯のみ。
弁護士の寄り。指先で眼鏡の縁に触れ、手前の証明書を見下ろす。もう片方の手に赤いペン。窓の白い光。

弁護士浅倉 冴子

浅倉 冴子:先に
悪い話から

浅倉 冴子:お義父さんの
名義の家は
夫婦の財産
じゃないです

浅倉 冴子:だから
財産分与では
分けられません

横から見た、椅子に座る茜の腰から膝。カーディガンの裾を握りしめ、もう片方の手で手首を強く押さえる。うつむく顔は上の端。手前に机の角。

瀬川 茜:えっ
じゃあ
出ていく
しか!?

茜の思い浮かべる、いつもの帰り道。昼の住宅街。黄色いパーカーの2つ結びの5歳の娘が、つないだ母の手を引き、片手を振りながら母を見上げて笑う。母も身をかがめて笑う。道の先に、2階建ての家と小さな庭。

茜の娘(5)瀬川 結衣

結衣の保育園まで︑
歩いて5分の家︒

瀬川 結衣(回想の声):ママ
おうちの
かえりみち
すき

浅倉 冴子:家を出ても
別居中の
生活費は
求められますよ

弁護士の横顔の寄り。身を乗り出し、赤いペンの先で机を一度叩く。片手の手のひらは茜の方へ開く。目は落ち着き、眉が片方だけ上がる。手前に茜の黒髪の端。

婚姻費用(こんいんひよう)(別居中(べっきょちゅう)の生活費(せいかつひ))の解説

現実の事実夫婦が結婚生活を送るのにかかる費用です。民法は、夫婦はそれぞれの資産や収入などを考えて、この費用を分け合うとしています(第760条)。離婚の前に別々に暮らしていても、結婚している間は、生活費を相手に求められることがあります。

決まらない時は?
夫婦の話し合いで決まらない時は、家庭裁判所(かていさいばんしょ)の手続きで決めることができます。

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浅倉 冴子:ここからが
大事な話
です

ホワイトボードの前の引き。弁護士が赤いペンで、板いっぱいの大きすぎる字を書いている(字は読めない線だけ)。右の手前で、事務員が口を押さえて笑いをこらえる。

法律事務所の事務員牧野 美帆

〈ホワイトボード〉お義父さんの家 → 夫婦の物ではない(分けない)結婚前からの物・親から相続した物 → 特有財産(ふつう分けない)結婚してから2人で築いた物 → 分ける

特有財産(とくゆうざいさん)の解説

現実の事実夫婦の一方が、結婚する前から持っていた財産と、結婚している間に自分の名前で得た財産のことです(民法第762条)。離婚の時の財産分与(ざいさんぶんよ)は、結婚している間に夫婦が得た・保った財産を、それぞれの寄与を考えて分ける物です(第768条)。

結婚している間の給料の預金も、特有財産?
自分の名前の口座でも、夫婦が協力して築いた物として、分ける物になることがあります(第1話)。どれが当たるかは事情で変わります。

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牧野 美帆:先生
字が大きくて
もう
書けません

弁護士の肩越し。大きすぎる字でうめつくしたホワイトボードを、イレーザーで消していく手。もう片方の手に赤いペン。窓の白い光。

浅倉 冴子:︙︙消します

浅倉 冴子:でもね

浅倉 冴子:その家に
2人のお金
使って
いませんか

女性の寄り。はっとして目を見開き、片手が口もとへ上がる。何かを思い出した顔。窓の白い光。

瀬川 茜:あ︙︙

5年前︒
結衣が生まれた年︒

回想。少し前の同じ家の台所。改築の途中で、段ボールの箱が並ぶ。左で、夫が箱を指さして笑う。右で、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた妻が、のぞきこんで笑う。色は少し褪せた白。

瀬川 圭吾(回想の声):台所と
子ども部屋
直そうよ

瀬川 圭吾(回想の声):親父の家でも
住むのは
おれたちだし

瀬川 茜:そう︙︙
あの改築
2人の貯金から
出してる

夜の台所。カウンターの縁に指先をそっと置き、改築した戸棚をふり返るように見上げる妻の横顔。手前にぼけたカウンターの縁。

〈茜の表〉住んでいる家(お義父さんの名義)→ 分けない改築した台所と子ども部屋 → 家の持ち主の物に(付合)改築に出した2人の貯金 → まだ分からない(話し合いの材料)

付合(ふごう)の解説

現実の事実持ち主の家に取り付けられて、家の一部になった物は、家の持ち主の物になるという民法の決まりです(第242条)。台所や部屋の造りのように、取り外せない形で家に付けた改築は、ふつう家の持ち主の物になります。

付合でも、出したお金は戻らない?
家に付けた物が持ち主の物になっても、出したお金の扱いは別に考えます。出した額・時期・家の持ち主との約束などで変わるので、専門家に確かめてください。

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女性の寄り。下を向いていた顔を上げ、机の上で握っていた手がゆっくり開く。目に小さな光が戻る。窓の白い光。

瀬川 茜:あ お金は
消えて
ないんだ

浅倉 冴子:扱いは
事情で
変わります

浅倉 冴子:まず
いつ・いくら
どの口座から

弁護士の目元から口元だけの大寄り。赤いペンのキャップを親指でカチリと押しながら、ほんの少し口の端を上げる。窓の白い光。

牧野 美帆:領収書とか
取ってある
派ですか?

机の高さから見上げた女性。少しだけ口の端を上げ、自分の胸に片手を当て、もう片方の手で机の端をつかむ。目に力が戻っている。

瀬川 茜:総務なので

瀬川 茜:全部
とってあります

横顔の事務員の寄り。茜の話に耳を傾けてうなずく。手元はノートにペンを走らせ、手前にぼけた湯のみ。窓の白い光。

牧野 美帆:ですよね
かっこいい

家に帰った︑その夜︒

夜の寝室の押し入れの前を上から見下ろす。ひざをついた女性が、赤・灰・象牙の背の書類の箱を引き出し、床に広がった書類の束が枠の外へこぼれる。青い夜の光と、床に置いた小さな灯り。左の襖の前に「ドサッ」の描き文字。

瀬川 茜:2021年の
ファイル……

瀬川 茜:固定資産税の
紙 毎年
お義父さん
宛てだった

夜の寝室の畳。赤・灰・象牙の背の書類の箱から引き出した紙の束(字は読めない線だけ)を両手で持ち、横顔で目を細めて読む妻。床に置いた灯りの青い光。

固定資産税(こていしさんぜい)の解説

現実の事実土地や家の持ち主に、市町村(しちょうそん)がかける税です。地方税法では、家の持ち主は登記簿に所有者(しょゆうしゃ)として登記されている人で(第343条)、その年の1月1日(賦課期日。第359条)の持ち主にかかります。

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透明なファイルから、白い領収書の束を指先で引き出す女性の両手の寄り(字は読めない)。奥に床の灯り。女性の顔の寄り。手もとの灯りに下から照らされ、目が少し見開き、口が開く。手に白い紙。

〈領収書〉台所と子ども部屋の改築合わせて 400万円2021年6月 振込:茜の口座 180万円・圭吾の口座 220万円

瀬川 茜:あった

瀬川 茜:改築の
400万

夜の台所。左の手前に、仕事のかばんを持ったまま立ち止まる夫の背中。右で、椅子に座った妻が、テーブルの上の領収書を指で夫の方へ押し出す。第1話の朝とは逆の位置と動き。

瀬川 茜:2人の貯金から
出てるよね

瀬川 圭吾:は?
それ
まだ持ってたの

瀬川 圭吾:家のことは
親父と
話すから

椅子から立ち上がり、テーブルに片手をつき、もう片方の手で椅子の背を握って、まっすぐ夫の方を見る妻。腰から上。背すじが伸びる。小さな灯り。

瀬川 茜:私も
話す

瀬川 圭吾:いいって
そういうの

椅子の背をつかむ茜の手の寄り。指の関節が白い。奥にぼけた夫の影。夜の小さな灯り。

瀬川 圭吾:さやも
心配
いらないって
言って︙︙

夫の胸から上。言いかけた口を片手で押さえて固まり、目だけが横へ泳ぐ。額に汗。妻の胸から上。細めた目で夫を見る。顔に驚きの縦線。手に領収書。

瀬川 茜:さや?

瀬川 茜:さやって
誰?

夫の顔の大写し。口を固く結び、目を伏せたまま何も言わない。台所の小さな灯りが顔の半分だけを照らす。

瀬川 圭吾:︙︙

第2話「家は、誰のもの?」

つづく

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

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この話で分かること

特有財産(とくゆうざいさん)とは?

夫婦の一方が、結婚する前から持っていた財産と、結婚している間に自分の名前で得た財産を、民法は「特有財産」としています(第762条)。離婚の時の財産分与(ざいさんぶんよ)は、結婚している間に夫婦が得た・保った財産について、それぞれの寄与を考えて分ける物です(第768条)。

条件・例外

結婚している間に自分の名前で得た給料や預金でも、夫婦が協力して築いた物として分ける物になることがあります(第1話)。どの財産が分ける物に当たるかは、いつ・どうやって手に入れたかなどの事情で変わります。

夫の親の名義の家は、財産分与(ざいさんぶんよ)で分けられる?

夫の親の名義の家は、夫婦の物ではなく、親の物です。財産分与は夫婦の財産を分ける物なので、家そのものを分けることはできません。家の持ち主は、法務局(ほうむきょく)で登記事項証明書(とうきじこうしょうめいしょ)を取ると分かります(第1話)。

条件・例外

家にかけたお金(改築など)をどう扱うかは、事情によって変わります。弁護士(べんごし)などの専門家や公的な相談の窓口で確かめてください。

物語との違い

作中の家は、夫の父・瀬川 正造の名義です。

親の家を、夫婦のお金で改築していたら?

家に取り付けて家の一部になった物(台所や部屋の造り)は、民法の「付合」の決まりで、ふつう家の持ち主の物になります(第242条)。一方で、改築に出したお金が夫婦の貯金から出ていたことは、離婚の時の話し合いで考える材料になり得ます。

条件・例外

どう扱うかは、出した額・時期・家の持ち主との約束などで変わります。いつ・いくら・どの口座から出したかが分かる領収書や通帳を取っておくと、話し合いの手がかりになります。

物語との違い

作中の改築は、2021年の台所と子ども部屋で、合わせて400万円です。

離婚の前に家を出たら、生活費(せいかつひ)はどうなる?

民法は、夫婦はそれぞれの資産や収入などを考えて、結婚生活にかかる費用(婚姻費用(こんいんひよう))を分け合うとしています(第760条)。離婚が決まる前に別々に暮らしていても、結婚している間は、生活費を相手に求められることがあります。

条件・例外

額や払い方は、夫婦の話し合いか、家庭裁判所(かていさいばんしょ)の手続きで決めます。

この話の用語

相続(そうぞく)漫画の中で見る
現実の事実亡くなった人(被相続人)の財産に属した一切の権利と義務を、相続人が受け継ぐことです(民法第896条)。土地や家は、相続した後に登記の名義を書き換えます。
婚姻費用(こんいんひよう)(別居中(べっきょちゅう)の生活費(せいかつひ))漫画の中で見る
現実の事実夫婦が結婚生活を送るのにかかる費用です。民法は、夫婦はそれぞれの資産や収入などを考えて、この費用を分け合うとしています(第760条)。離婚の前に別々に暮らしていても、結婚している間は、生活費を相手に求められることがあります。
特有財産(とくゆうざいさん)漫画の中で見る
現実の事実夫婦の一方が、結婚する前から持っていた財産と、結婚している間に自分の名前で得た財産のことです(民法第762条)。離婚の時の財産分与(ざいさんぶんよ)は、結婚している間に夫婦が得た・保った財産を、それぞれの寄与を考えて分ける物です(第768条)。
付合(ふごう)漫画の中で見る
現実の事実持ち主の家に取り付けられて、家の一部になった物は、家の持ち主の物になるという民法の決まりです(第242条)。台所や部屋の造りのように、取り外せない形で家に付けた改築は、ふつう家の持ち主の物になります。
固定資産税(こていしさんぜい)漫画の中で見る
現実の事実土地や家の持ち主に、市町村(しちょうそん)がかける税です。地方税法では、家の持ち主は登記簿に所有者(しょゆうしゃ)として登記されている人で(第343条)、その年の1月1日(賦課期日。第359条)の持ち主にかかります。

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あなた茜が、改築の領収書を持って義父の正造に会いに行く場面を考えたい

AI正造は家の持ち主なので、茜が先に「家をください」と言うと話が止まります。茜が領収書を出して「このお金のことを、お義父さんにも知っておいてほしくて」と言うと、正造が圭吾の話をどこまで聞いているかが見えてきます。

あなた正造の最初の一言を

AI正造「……圭吾は、まだ何も言ってこないよ」。

送る質問あらすじを踏まえて、次の話の展開を一緒に考えて

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この話のあらすじ

登記事項証明書(とうきじこうしょうめいしょ)の所有者(しょゆうしゃ)は、夫の父・瀬川 正造だった。圭吾は「家はやる」は「住んでいていい」という意味だったと言う。翌日、法律事務所(じむしょ)で弁護士(べんごし)の浅倉 冴子は、夫の父の家は夫婦の財産ではないので財産分与(ざいさんぶんよ)では分けられず、結婚前からの物や親から相続した物は「特有財産(とくゆうざいさん)」としてふつう分けないと説明する。家を出るしかないのかと茜が言うと、浅倉は「その家に2人のお金を使っていないか」と聞く。5年前、結衣が生まれた年に、夫婦の貯金で台所と子ども部屋を改築していた。家に付けた台所は家の持ち主の物になるが、出したお金をどう扱うかは話し合いの材料になる。総務の茜は、その夜、改築の領収書(合わせて400万円)を見つける。領収書を前に、圭吾は「さやも、心配いらないって」と口をすべらせる。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

離婚で分ける財産と分けない財産の境目、証拠の残し方、子どもの親権と養育費の決め方を、事務所の机に並べた書類と一緒に確かめていけます。

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