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第2話「休憩0回の弓兵、飛竜十二騎を撃ち落とす」

前の夜。上の闇に黒い角つきの兜と赤い目。真ん中で黒い大剣の刃がゴルドの大盾の上で止まり、下の木箱の上で小さな凛が鐘を振り上げている。

軍の事務官(29)榊原 凛

大盾兵(38)ゴルド

魔将:その鐘を
鳴らしたのは
誰だ

門の内側、木箱の上の凛が、革の帳面を胸に当てて闇を見上げる。後ろで松明が燃える。

榊原 凛:私です

闇の中で黒い大剣がゆっくり引かれていく。赤い目が細くなり、平原の松明の列が向きを変えて遠ざかる。

榊原 凛:この砦の
事務官
榊原です

第2話「休憩0回の弓兵、飛竜十二騎を撃ち落とす」

翌朝の中庭。灰青の昼の光。休んだ組の兵が藁の上で眠り、ゴルドは大盾を枕にいびきをかく。トマが大あくび。

翌朝︒
砦の中庭︒

凛とレーネが中庭を歩き、西の塔を見上げる。塔の上に弓兵の小さな影が並ぶ。

ゴルド:十時間
寝た

トマ:おれ
夢の中でも
鐘が鳴ってた

副官・騎士(27)レーネ

レーネ:次は
西の塔だ

西の塔の上。弓を下げた弓兵たちが狭間に並び、目が赤い。腕を組んだ弓兵長のマルタが振り向く。

レーネ:弓兵は
交替させられない

レーネ:飛竜を落とせる目が
50人しかいない

弓兵長(46)マルタ

マルタ:事務官が
何の用だ

弓兵の指の寄り。弦で割れた指先に血がにじみ、弦の上で震えている。

〈西の塔 弓兵の勤務〉弓兵 50人持ち場 夜明けから日没まで 13時間休憩 0回食事 立ったまま

法定労働時間の解説

現実の事実法律で決まった働く時間の上限は、休憩を除いて1日8時間・1週40時間です(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第32条)。これを超えて働かせるには36協定を結んで届け出る必要があり、超えた分には25%以上の割増賃金(わりましちんぎん)が要ります(第36条・第37条)。

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塔の見張りの狭間で、トマが立ったまま固いパンをかじる。凛が振り向いて聞く。

榊原 凛:休憩は?

トマ:きゅうけい?
食い物ですか

狭間の石の上で、凛が勤務令の綴りを開く。マルタが肩ごしにのぞき込む。

〈勤務令 第三十四条〉6時間を超えたら 少なくとも45分8時間を超えたら 少なくとも1時間休みは 持ち場の途中に与える

休憩時間の解説

現実の事実労働時間(ろうどうじかん)が6時間を超える時は少なくとも45分、8時間を超える時は少なくとも1時間の休憩を、労働時間の途中に与えなければなりません(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第1項)。仕事の終わりにまとめて早く帰らせる形では、休憩を与えたことになりません。

ちょうど6時間働く日は?
6時間を「超える」時に45分なので、ちょうど6時間までなら、法律で決まった休憩はありません。8時間ちょうどまでは45分で足ります。
休憩を与えないとどうなる?
6か月以下の拘禁刑(こうきんけい)か30万円以下(えんいか)の罰金の対象になります(労働基準法第34条・第119条)。

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榊原 凛:13時間なら
1時間の休みが
要ります

マルタ:全員が休んだら
誰が空を見る

綴りの頁の寄り。凛の指が同じ条の二つ目の段を指し、鉛筆で線を引く。

〈同じ条 二つ目の段〉休みは 全員に一斉に与えるただし 長と兵の代表が書面で決めれば 組ごとに分けてよい

一斉休憩の解説

現実の事実休憩は、その職場で働く人に一斉に与えるのが原則です。ただし、働く人の過半数で作る労働組合(ろうどうくみあい)か、過半数の代表者と書面で協定を結べば、交替で取らせることができます(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第2項)。

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榊原 凛:協いに
一行
足します

榊原 凛:休みは
二組で
交替に

昼前の塔の下。ゴルドが大盾を何枚も立て掛けて屋根を作り、その下に休みの組の弓兵が座る。

塔の下に
盾の屋根︒

盾の屋根の下。マルタが空を指して「目を離すな」と命じ、座った弓兵は弓を握ったまま空を見る。凛が間に入る。

ゴルド:休む場所が
要るなら
盾で屋根だ

マルタ:座っても
空から
目を離すな

手待ち時間の解説

現実の事実仕事から離れられず、指示があればすぐ動けるように待っている時間を「手待ち時間」と言います。休憩のように見えても、一般に労働時間(ろうどうじかん)として扱われ、休憩とは数えられません(厚生労働省の説明)。

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榊原 凛:それは
休憩じゃ
ありません

榊原 凛:持ち場です

休憩の自由利用の解説

現実の事実休憩時間(きゅうけいじかん)は、働く人に自由に使わせなければなりません(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第3項)。電話番や来客の番をしながら待つ時間のように、仕事から離れられない時間は、一般に休憩とは扱われず、労働時間(ろうどうじかん)と考えられます。

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弓兵の手の寄り。握りしめていた弓から指がほどけ、弓を藁の上に置く。横にパン。
マルタの顔の寄り。唇を結んだまま、腕を組み直し、ゆっくり息を吐く。

マルタ:︙︙一時間だけだ

木箱の上に砂時計。凛の手が置き、砂が落ち始める。奥で休みの組が座る。
正午。狭間のトマが急に固まり、北の空を見る。遠くの雲に小さな黒い影がいくつも。

正午︒
西の塔︒

北の空から飛竜の群れが雲を割って降りてくる。先頭の一頭が牙をむく。

トマ:飛竜!
北から
十二騎!

マルタが凛の腕をつかんで叫ぶ。凛は振り払わず、まっすぐ見返す。

マルタ:休みの組を
戻せ!

榊原 凛:戻しません

下から見上げた凛。鐘の下で空をにらむ。手前の砂時計の砂は残りわずか。

休みを奪えば

次の休みは

誰も信じない

榊原 凛:今の組で
あと三分

今の組が必死に射る。矢は飛竜の鱗に弾かれる。急降下した一頭の爪を、ゴルドの大盾が受ける。

ゴルド:三分なら
盾で足りる!

砂時計の最後の一粒が落ちる。横で凛の手が鐘の綱を握る。
低い角度から凛の顔。両手で鐘の綱を引いて叫び、頭の上で鐘が振れる。

榊原 凛:休憩明け!

勤務令 第三十四条『休憩明けの一斉射』を発動します

休みの組が盾の屋根の下から立ち上がり、目を澄ませて一斉に弓を引く。前でマルタが腕を振り上げる。

マルタ:構え!

後ろから見た弓兵の列が一斉に空へ弓を引き、上に飛竜の群れ。左下で凛が鐘の綱を握り、マルタが腕を振り上げる。右の空に縦書きで「勤務令 第三十四条」「休憩明けの一斉射」。
空いっぱいに、五十本の金色の光の筋が昇っていく。
金色の光が爆ぜ、小さな飛竜の影が光の輪の中で砕ける。
金の光が淡い灰青へ冷めていき、落ちる鱗と羽が火の粉のように舞う。

トマ:全部
落ちた︙︙

狭間のトマが口を開けたまま、空から落ちていく飛竜を見る。手の中のパンがつぶれている。
昼すぎの塔の上。マルタが弓兵たちの手を見る。弓兵は指を握っては開き、笑う者もいる。

飛竜の
落ちた後の塔︒

へこんだ大盾を下ろしたゴルドが、凛にパンを差し出して歯を見せて笑う。凛が受け取る。

マルタ:休んだ目の方が
速かった

ゴルド:あんたの鐘なら
信じる

榊原 凛:次は
ゴルドさんの
休憩です

午後の西の塔を遠くから。弓兵の半分が塔の下の屋根の下で休み、半分が塔の上に立つ。静かな空。

休みは

戦いの外ではなく

途中に置くもの

ゴルド:︙︙寝て
いいのか?

日没の門の前。冷たい青の空。黒い旗を持ち、骨の面を着けた使者が一人で立つ。門の上で松明が灯り始める。

日没︒
門の前︒

門の内側。レーネが剣に手を掛けて前へ出る。ゴルドが凛の前に大盾を立てる。

レーネ:止まれ

骨の面の使者が、赤い封蝋の黒い書状を掲げる。面の目の穴の奥は暗い。
門の外の石の道に、黒い旗を持った骨の面の使者が立つ。長い影が道の先へ伸び、地平の果てに魔軍の松明の列と、角の巨大な影の赤い目。手前の城壁の上から、レーネ・凛・ゴルドが見下ろす。

使者:魔将ヴォルド様より
事務官
榊原 凛へ

使者:明日
交渉に
来い

門の内側。松明の明かりの下で、凛が黒い書状を両手で持ち、赤い封蝋を親指でなぞる。顔は伏せ気味で、目だけが門の外の闇を見る。後ろでレーネとゴルドが黙って凛を見る。

つづく

第2話「休憩0回の弓兵、飛竜十二騎を撃ち落とす」

つづく

この物語はフィクションです。国・砦・人物は架空で、勤務令は現実の労働基準法を物語の世界に置き換えた物です。

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残業の魔王は、36協定で斬る

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この話で分かること

休憩は何時間働いたらもらえる?

労働時間(ろうどうじかん)が6時間を超える時は少なくとも45分、8時間を超える時は少なくとも1時間の休憩を、労働時間の途中に与える決まりです(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条)。ちょうど6時間までなら、法律で決まった休憩はありません。

休憩を最後にまとめて取って早く帰るのはあり?

休憩は労働時間(ろうどうじかん)の「途中」に与える決まりなので、仕事の終わりにまとめて早く帰らせる形では、休憩を与えたことになりません(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第1項)。

休憩は全員一斉に取らないとだめ?

原則は一斉です。ただし、働く人の過半数で作る労働組合(ろうどうくみあい)か過半数の代表者と書面で協定を結べば、交替で取らせることができます(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第2項)。

電話番しながらの昼休みは休憩?

休憩時間(きゅうけいじかん)は自由に使わせる決まりです(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第3項)。電話番や来客の番をしながら待つ時間のように、仕事から離れられない時間は、一般に休憩とは扱われず、労働時間(ろうどうじかん)と考えられます。

休憩が取れない職場は違法?

6時間を超えて働かせるのに休憩を与えないのは労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条に反し、6か月以下の拘禁刑(こうきんけい)か30万円以下(えんいか)の罰金の対象になります(第119条)。

物語との違い

作中の弓兵・砦・勤務令(きんむれい)は創作です。勤務令は現実の労働基準法を物語の世界に置き換えた物で、数字(50人・13時間・十二騎)は物語のための数です。

この話の用語

法定労働時間漫画の中で見る
現実の事実法律で決まった働く時間の上限は、休憩を除いて1日8時間・1週40時間です(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第32条)。これを超えて働かせるには36協定を結んで届け出る必要があり、超えた分には25%以上の割増賃金(わりましちんぎん)が要ります(第36条・第37条)。
休憩時間漫画の中で見る
現実の事実労働時間(ろうどうじかん)が6時間を超える時は少なくとも45分、8時間を超える時は少なくとも1時間の休憩を、労働時間の途中に与えなければなりません(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第1項)。仕事の終わりにまとめて早く帰らせる形では、休憩を与えたことになりません。
一斉休憩漫画の中で見る
現実の事実休憩は、その職場で働く人に一斉に与えるのが原則です。ただし、働く人の過半数で作る労働組合(ろうどうくみあい)か、過半数の代表者と書面で協定を結べば、交替で取らせることができます(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第2項)。
手待ち時間漫画の中で見る
現実の事実仕事から離れられず、指示があればすぐ動けるように待っている時間を「手待ち時間」と言います。休憩のように見えても、一般に労働時間(ろうどうじかん)として扱われ、休憩とは数えられません(厚生労働省の説明)。
休憩の自由利用漫画の中で見る
現実の事実休憩時間(きゅうけいじかん)は、働く人に自由に使わせなければなりません(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第34条第3項)。電話番や来客の番をしながら待つ時間のように、仕事から離れられない時間は、一般に休憩とは扱われず、労働時間(ろうどうじかん)と考えられます。

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この話のあらすじ

夜襲の翌朝、凛は西の塔の弓兵50人が夜明けから日没まで13時間、休憩0回で立ち続けていると知る。弓兵長のマルタは「飛竜を落とせる目は替えられない」と交替を拒む。凛は勤務令(きんむれい)の第三十四条から、6時間を超えたら45分・8時間を超えたら1時間の休みを持ち場の途中に与える決まりと、全員一斉が原則でも書面で決めれば組ごとに分けてよいという二つ目の段を見つけ、協いに一行を足して弓兵を二組に分ける。ゴルドは大盾で休む場所の屋根を作るが、マルタは座った弓兵に「空から目を離すな」と命じ、凛は「それは休憩ではなく持ち場だ」と止める。正午、北から飛竜十二騎が来る。マルタは休みの組を戻せと叫ぶが、凛は戻さず、今の組とゴルドの盾で三分を持たせる。砂時計が落ち切った所で凛が鐘を鳴らし、休憩明けの組の一斉射が飛竜を全て落とす。マルタは「休んだ目の方が速かった」と認め、ゴルドは凛の鐘を信じると言う。日没、魔将の使者が骨の面で門の前に立ち、「明日、交渉に来い」と告げる。

作者

人事のすみ

採用の面接から転職・退職まで、働く人と会社の両方の側から描いています。

この作品について

36協定と時間外の上限、休憩の決まり、残業代の考え方を、魔軍との夜襲の最前線の物語として読めます。

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