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第6話「首の無い取引」

晴れた朝の田の道。母衣を負った騎馬の若い侍の後ろを、槍の茂助、笠の少年、二人の足軽が歩く。遠くの丘の上に城の櫓と旗。

織田方の足軽頭茂助

織田方の足軽頭・茂助に仕える小者弥七

信長の命を伝える若い侍使番

茂助:ええか
使番様の
後ろを
離れるな

使番(つかいばん)の解説

現実の事実織田・豊臣の時代の役目の名で、戦の時に大将の命令を伝える伝令や、軍の中の見回りをしました。江戸幕府でも、手柄の大きい者が務める役とされました。

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使番:殿の命は
ただ一つ

使番:鳴海の城を
明け渡させる

田の道で馬を降りた使番と、立ち止まった茂助と弥七。足軽が馬の手綱を持つ。奥の丘に鳴海城。

茂助:善照寺砦から
城が
よう見える

善照寺砦の高みから、田の向こうの鳴海城を見る茂助と弥七。左に陣笠と槍の茂助、右に笠をかぶった弥七の横顔。

善照寺砦(ぜんしょうじとりで)の解説

現実の事実1559年(永禄2年)に織田信長が築いた砦です。今川方の岡部氏が守る鳴海城(なるみじょう)に向けて置かれ、桶狭間の戦いの前、信長はここに兵を集めました。今の名古屋市緑区にあります。

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丘の上の鳴海城。土塁と堀、木の櫓に今川の旗が並ぶ。朝の光。横長の遠景。

鳴海城︒
今川方の︑
尾張の中の城だ︒

鳴海城(なるみじょう)の解説

現実の事実今の名古屋市緑区鳴海町にあった城で、根古屋城ともいいます。城主の山口父子が信長を見限って今川方に移り、今川の前の拠点になりました。桶狭間の戦いの頃は、今川方の岡部元信(おかべもとのぶ)が守っていました。

鳴海城はいつ築かれた?
応永年間(1394〜1427年)に安原宗範が築いたとされます。桶狭間の後は信長の家臣の佐久間氏が入り、天正の終わりごろに廃城になりました。

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丘の上の城を見上げる少年の横顔の寄り。笠のふちを指で押し上げ、目を細める。

弥七:本来の歴史なら
この城は

手前の左に、笠を持ち上げて鳴海城を見る弥七。奥を、使番の馬と足軽たちが城へ進んでいく。
前世の記憶。現代の塾で、白いシャツとスラックスの34歳の講師が、ホワイトボードの城の図と矢印を示して生徒の方を振り返る。

〈前世の板書〉鳴海城:義元が討たれた後も、岡部元信が守り抜く義元の首級と引き換えに、城を明け渡す

首級(しゅきゅう)の解説

現実の事実戦で討ち取った首のことです。本来の歴史では、鳴海城(なるみじょう)は桶狭間の後も持ちこたえ、討たれた今川義元(いまがわよしもと)の首級を返してもらうことを条件に、城を明け渡したとされます。

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弥七:でも
今は
――

弥七:義元が
生きてる

弥七:取引の首が
無い

前世の板書から我に返った弥七。笠の下でうつむき、あごの下のひもを強く握りしめる。

使番:何をぶつぶつ
言っとる

馬上の若い侍が振り返り、眉をひそめて少年を見下ろす。後ろに丘の上の城。少し下から。

弥七:使番様

弥七:何と
引き換えに
城を
求めますか

使番:はあ?
引き換え?

馬上の使番が弥七へ身をかがめ、茂助が槍を立てたまま二人の間へ半歩入る。城を背景に三人を腰から上。

使番:殿の命だ
渡せと言えば
渡す

渡せと言えば渡すと告げた使番の手元。手綱をつかむ指に力が入り、馬の首がわずかに引かれる。

弥七:岡部殿は
主君のため
なら
動く人です

弥七:城兵の命を
駿河へ
帰すと言えば
︙︙

使番:小者が
何を知っとる

小者の言葉を遮られたあと、茂助の太い指が槍の柄を軽く二度たたく。弥七の前へ半歩出た足元。

茂助:ええか
こいつの読みは
当たる

使番:ふん

閉じた城門の前、馬上の若い侍が声を張り上げる。土塀の上に、弓を構えた今川の兵がずらりと並ぶ。下から見上げる。馬上の若い侍の顔の寄り。こめかみに汗、声を張る口。

使番:織田上総介の
使いである!

使番:城を渡せば
城兵は駿河へ
帰してやる

岡部元信(画面の外の声):城を
渡す?

きしんで開いた門のすき間から、黒い甲冑の屈強な男が一人で歩み出る。濃いひげ、太い眉。少し下から。

今川方・鳴海城の城将岡部元信

鳴海城の城将︑
岡部元信︒

岡部元信(おかべもとのぶ)の解説

現実の事実今川方の武将で、桶狭間の戦いの頃、鳴海城(なるみじょう)を守っていました。本来の歴史では、今川勢が敗れてまわりの城が落ちる中でも鳴海城を持ちこたえ、義元の首級の返還を条件に城を明け渡したとされます。

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岡部元信:殿は
生きて
おられる

岡部元信:渡す理由が
どこに
ある

少年の顔の寄り。目を見開き、唇がかすかに震える。顔に縦の影の線。

弥七:︙︙

弥七:取引は
主君の首が
あってこそ

弥七:生きてる主君の
城を
渡すはずがない

城門の前。手前で弥七が笠を伏せ、奥に馬上の使番と、開いた門の前に立つ岡部元信。

岡部元信:それに
――

岡部元信:天は
今川に
竜を
遣わされた

城の櫓の上、今川の旗の隣に、墨で黒い竜を描いた大きな新しい旗が風にはためく。下から大きく見上げる。

同じ頃︑
川の水車小屋︒

同じ頃、川の水車小屋。眠っていた竜が急に首をもたげ、東の方をにらむ。そばのりんが驚いて尻もちをつく。

りん:わっ
どうした
の?

鳴海城の門前︒

少年の顔の寄り。城の櫓にはためく黒い竜の旗を見上げ、目を見開いて唇を震わせる。

弥七:竜の
旗︙︙

岡部元信:そこな小者

岡部元信:名は

城門の前。岡部の鎧の肩が手前に大きく、笠を取って顔を上げる弥七が奥に小さい。目線が初めて交わる。

弥七:︙︙弥七

岡部元信:覚えて
おこう

重い城門が音を立てて閉まる。門の前に取り残された騎馬の侍と一行。高い所から。

使番:くっ︙︙
追い
返された

帰り道。うつむいて歩く少年の頭に、茂助が大きな手をぽんと置く。目の高さ。

〈史実との一致〉63%→ 55%

弥七:一つ目は
義元

弥七:二つ目は
鳴海の城

帰りの田の道。茂助と弥七を真横から遠く見て、先を行く使番の馬との距離を見せる。茂助は歩調を少年に合わせる。

弥七:おれの知ってる
先が
また外れた

読みが外れたと聞いた茂助の目元。少年を見る目がわずかに細まり、眉の力がほどける。

茂助:ええか
弥七

茂助:外れたら
また読め

弥七:︙︙はい
お頭

土塀の上から、去っていく一行を見下ろす岡部の顔の寄り。目を細め、口を固く結ぶ。
帰り道で振り返り、鳴海城を見上げる弥七。外した笠はかぶらず、風に前髪が揺れ、眉を寄せる。
遠景。丘の上の鳴海城に、今川の旗と黒い竜の旗が並んではためく。その下の田の道を、小さな一行が遠ざかっていく。

第6話「首の無い取引」

つづく

この物語はフィクションです。織田信長・今川義元などは史実の人物ですが、竜と、竜が起こした出来事、弥七たちは作り事です。

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桶狭間に、竜が落ちた

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この話で分かること

鳴海城(なるみじょう)とは?

今の名古屋市緑区鳴海町にあった城で、根古屋城ともいいます。城主の山口父子が今川方に移ってから今川の前の拠点になり、桶狭間の戦いの頃は岡部元信(おかべもとのぶ)が守っていました。

岡部元信(おかべもとのぶ)は、桶狭間の戦いの後に何をした?

今川勢が敗れてまわりの城が落ちる中でも鳴海城(なるみじょう)を持ちこたえ、討たれた今川義元(いまがわよしもと)の首級を返してもらうことを条件に、城を明け渡したとされます。

物語との違い

この物語では義元が生きているので、岡部は城を明け渡しません。城に竜の旗を掲げたのも作り事です。

善照寺砦(ぜんしょうじとりで)とは?

1559年(永禄2年)に織田信長が、今川方の鳴海城(なるみじょう)に向けて築いた砦です。桶狭間の戦いの前、信長はここに兵を集めました。

この話の用語

使番(つかいばん)漫画の中で見る
現実の事実織田・豊臣の時代の役目の名で、戦の時に大将の命令を伝える伝令や、軍の中の見回りをしました。江戸幕府でも、手柄の大きい者が務める役とされました。
善照寺砦(ぜんしょうじとりで)漫画の中で見る
現実の事実1559年(永禄2年)に織田信長が築いた砦です。今川方の岡部氏が守る鳴海城(なるみじょう)に向けて置かれ、桶狭間の戦いの前、信長はここに兵を集めました。今の名古屋市緑区にあります。
鳴海城(なるみじょう)漫画の中で見る
現実の事実今の名古屋市緑区鳴海町にあった城で、根古屋城ともいいます。城主の山口父子が信長を見限って今川方に移り、今川の前の拠点になりました。桶狭間の戦いの頃は、今川方の岡部元信(おかべもとのぶ)が守っていました。
首級(しゅきゅう)漫画の中で見る
現実の事実戦で討ち取った首のことです。本来の歴史では、鳴海城(なるみじょう)は桶狭間の後も持ちこたえ、討たれた今川義元(いまがわよしもと)の首級を返してもらうことを条件に、城を明け渡したとされます。
岡部元信(おかべもとのぶ)漫画の中で見る
現実の事実今川方の武将で、桶狭間の戦いの頃、鳴海城(なるみじょう)を守っていました。本来の歴史では、今川勢が敗れてまわりの城が落ちる中でも鳴海城を持ちこたえ、義元の首級の返還を条件に城を明け渡したとされます。

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AI義元が竜を天の印として使い始めたことで、竜を守るはずの弥七が、今川の戦の理由を作ってしまった、と気づく筋が強くなります。

あなた清洲に戻った弥七に信長がかける言葉を

AI信長「今川が竜の旗を立てたか。……では、こちらには本物の竜がおる」。

送る質問あらすじを踏まえて、次の話の展開を一緒に考えて

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この話のあらすじ

5月26日の朝、弥七は茂助と、信長の使番について鳴海へ向かう。殿の命は、鳴海の城を明け渡させること。善照寺砦(ぜんしょうじとりで)から見る鳴海城(なるみじょう)には、今川の旗が並ぶ。弥七は前世の板書を思い出す。本来は、義元が討たれた後も岡部元信(おかべもとのぶ)が城を守り抜き、義元の首級と引き換えに明け渡す。だが義元は生きている。取引の首が無い。城門の前で、使番は城兵を駿河へ帰すと告げるが、城将・岡部元信は「殿は生きておられる。渡す理由がどこにある」と言う。天は今川に竜を遣わされた。櫓には、今川の旗と並んで、黒い竜の旗。同じ頃、水車小屋の竜が東をにらむ。岡部は弥七の名を聞き、門は閉じる。弥七の知る先は、二つ目も外れた。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

雨の桶狭間に竜が落ち、知っているはずの歴史が一つずつ外れていく。その外れ方から、本当の戦国の年と場所と人の動きが見えてきます。

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