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第8話「いちばん良い使い方」

朝の表通り。窓に板を打ち付けた古い二階建ての空き家の前で、からし色の上着の仲買人が、にこやかに紙を差し出す。受け取りかけた、ずんぐりした年寄りの石工の太い手が止まる。奥の通りから、ケイとリタと粉の前掛けのヨナスが走って来る。

翌朝。

グラナート商会の仲買人ルッツ

ルッツ:では
この家と土地
銀貨40枚で

ルッツ:値帳の
とおりの
値ですよ

ケイ:40枚︙︙
ゆうべ見た
書き換えられた
頁の値だ

リタ:ルッツ︙︙
マーラさんの店を
売れ残らせた
仲買人!

ヨナス:ま︑待って
ください!

振り返る年寄りの石工の寄り。禿げた頭に白い短い毛、太い白い眉、つぶれた鼻、白い髭。石の粉で白い革の前掛け。仲買人の紙を手にしたまま、息を切らしたヨナスをじろりと見る。

石工・この空き家の持ち主オットー

オットー:なんだ
マーラの所の
小僧か

ヨナス:その家の端
幅2歩だけ
売ってください!

ヨナス:奥の土地に
店を
建てたいんです

からし色の上着の仲買人の胸から上。愛想のよい笑顔のまま、胸の柘榴の飾りに指を添え、首を少しかしげる。肩越しに、ぼやけたオットーの後ろ頭。

ルッツ:あいにく
全部まとめての
お話でして

ルッツ:墓地の隣の
土地と合わせて
60枚

ルッツ:墓地の隣なんて
住む人は
来ませんからね

ケイ:住む人?

ルッツ:明日の昼に
もう一度
伺います

ケイ:オットーさん
その墓地の隣の
土地
見せてください

第8話「いちばん良い使い方」

下町の外れ︒
墓地の隣︒

少し上から見た製図のような絵。左に墓地と、南の端に並ぶ背の高い糸杉。右に焼けた仕事場の土台石が残る空き地。真ん中に古い石の井戸。空き地の裏の門は、荷車が2台すれ違える広い石の道に接している。青い点線と矢印。

査定書|墓地の隣の土地(オットー)南:墓地の糸杉の並木。冬は昼まで日が当たらない井戸:深く、水が多い裏の門:石切り場へ続く道(幅6歩)に接する今の値帳の値:銀貨20枚(書き換えられた7枚の1つ)

日照・通風(住宅地(じゅうたくち)の個別的要因(こべつてきよういん))の解説

現実の事実国の不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は、住む家の土地の値を個別に動かす要因の1つに「日照、通風及び乾湿」を挙げています。南に高い木や建物があって日が当たらない土地は、同じ通りでも住む家としては値が下がる事があります。家を買う前には、冬の昼の日当たりを現地で見ておくと比べやすくなります。

店や作業場の土地でも同じ?
基準は、商業地・工業地(こうぎょうち)の要因を別に挙げています。店なら人の流れ、作業場なら道や水の便が重く見られ、日当たりは住む家ほど重く見られない事があります。

出典

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リタ:日も
当たらないし
お墓の隣じゃ
住みたい人も
いないかもね

嫌悪施設(けんおしせつ)の解説

作中の世界の決まり作中の王都の下町では、墓地の隣を住む家として嫌う人が多い、として描いています。

現実の事実近くにあると、住む人が嫌がって土地の値を下げやすい施設のことです。不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は、住む家の土地の要因の1つに「汚水処理場等の嫌悪施設等との接近の程度」を挙げています。どの施設を嫌うかは人と地域で違うので、近くの売れた値で確かめます。

墓地は嫌悪施設と決まっている?
基準が例に挙げるのは汚水処理場などで、墓地を名指ししてはいません。墓地の近くを気にしない人や、静かさを好む人もいます。

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焼けた土台石のそばにしゃがむオットーを横から見る。灰の中から、柄の焦げたのみを拾い上げ、太い指で煤をぬぐう。目は伏せたまま。奥で、ケイが口を結び、眉を寄せて糸杉を見上げる。

町の測量所の見習い(前世は不動産鑑定士)ケイ

オットー:10年前の
大火で
ここの仕事場が
焼けた

オットー:弟子も
出ていった

オットー:もう
石を割る年でも
ねえよ

ケイ:住む家としては
確かに
弱い︙︙

井戸の上にかざしたケイの手を真上から。指から小石が落ち、深い井戸の暗い水面に輪が広がる。

ちゃぽん

ケイ:オットーさん
石を割る時
水は
使いますか

オットー:ああ
当たり前だ
粉が立たねえよう
水をかけて割る

ケイ:石は
どこから
運びました?

オットー:裏の門から
石切り場の道は
荷車が2台
すれ違える

ケイ:墓石の注文は?

オットー:︙︙隣だ
いくらでも
来た

リタ:ケイ
ギルドの帳の
写し
下町の分なら
あるよ

空き地の真ん中で、測る紐を肩にかけたケイが振り返る。胸から上、少し下から。後ろに墓地の糸杉と、井戸。目に強い光。

ケイ:住む家としては
弱い
でも――

焼けた土台石の上に立つケイが、目を光らせ、口の端を少し上げて、片手を開いて空き地を指す。指の先に、井戸と裏の門。

町の測量所の見習い(前世は不動産鑑定士)ケイ

のみを握ったまま、白い太い眉を上げ、目を見開くオットーの顔の寄り。

ケイ:いちばん良い
使い方で
値は決まる

査定書|墓地の隣の土地(使い方で比べる)住む家として:リタの写したギルドの帳の、墓地の近くの家3件から 約90枚石工の作業場として:下町の作業場の売り買い4件から 約260枚いちばん良い使い方:石工の作業場 → 約260枚

最有効使用(さいゆうこうしよう)の解説

現実の事実土地の値は、その土地がいちばん役に立つ使い方を前提に決まる、という鑑定の考え方です。不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は「効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用」と書き、良識のある人が採る、合理的で法に合った最高最善の使い方に限るとしています。住む家としては弱い土地でも、店や作業場として最も役に立つなら、その使い方で値を出します。

今の使い方が、いちばん良い使い方とは限らない?
基準は、今の使い方が個人的な事情などで十分に役立っていない場合がある、と注意しています。
近くの土地と違う使い方でもいい?
近くの土地の普通の使い方(標準的使用)との関係を見た上で、位置・広さ・環境によっては別の用途の可能性も比べて判定します。

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ケイ:水が多い井戸
荷車の広い道
石の音を
嫌がる隣も
いない

ケイ:石工の作業場には
これ以上の土地は
ありません

工業地(こうぎょうち)の個別的要因(こべつてきよういん)の解説

現実の事実不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は、工業地の値を動かす要因として、幹線道路などの輸送施設との位置関係、電力などの動力、用排水の施設などを挙げています。住む家なら日当たりや静かさが効きますが、作業場なら重い物を運ぶ道と水が効きます。同じ土地でも、何に使うかで見る所が変わります。

出典

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リタ:うそ︙︙

リタ:20枚が
260枚︙︙!

顔をそむけて「ふん」と鼻を鳴らすオットーの胸から上。口はへの字だが、目のふちが赤く、焦げたのみを握る太い指が震えている。

オットー:ふん
焼けた仕事場に
そんな値が
付くかよ

ケイ:付きます
ここで
石を割る人が
いちばん高く
買うんです

ヨナス:オットーさんが
ここで
もう一度︙︙

オットー:︙︙︙︙

表通りの空き家︒

昼の空き家の戸口を少し下から。腕をきつく組んで戸の前に立ちはだかるオットー。右から来た仲買人は、笑顔のまま挨拶の手を上げかけている。オットーの後ろに、ケイとヨナス。

ルッツ:では
お約束の60枚を

オットー:売らねえ

オットー:ゆうべ
のみを
研いだ

オットー:墓地の隣は
わしの仕事場に
戻す

ルッツ:せめて
表の家だけでも

オットー:表の家の値は
測量所の小僧が
出す

オットー:端の2歩は
パン屋の小僧に
売る

分筆(ぶんぴつ)(土地を分けて売る)の解説

作中の世界の決まり作中の王都では、町割りの帳に分け目を書き入れて、土地を分けます。

現実の事実1つの土地を2つ以上に分けて登記する事を分筆と言います。土地の一部だけを売る・買う時は、先に分筆の登記をして、分けた方の土地を売り買いします。分筆の登記を申し込めるのは、その土地の持ち主(登記の名義の人)です(不動産登記法 第39条)。

誰に頼む?
境界を測って図面を作るのは、ふつう土地家屋調査士に頼みます。

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仲買人の顔の寄り。笑顔が消え、細めた目でオットーの後ろのケイをにらむ。帽子の縁を握る指。胸の柘榴の飾りが光る。

ルッツ(ささやき):後悔
なさいますよ

少し下から見上げる。両手を突き上げて跳ねるヨナス。前掛けから粉が舞う。隣でリタが笑う。ケイだけは笑わず、口を結んで横を見ている。

ヨナス:やったあ!

リタ:ヨナスの店
建つね!

ケイ:でも
まだ終わりじゃ
ない

ケイ:オットーさんの
2つの土地も
書き換えられた
頁だった

神殿の書庫︒

蝋燭の光の書庫。背の高い痩せた鑑定官が、値帳とは別の、鎖のついた古い厚い帳を両手で机に置く。向かいにケイとリタ。青い影。

大神殿の鑑定官グレゴール

グレゴール:値帳の頁を
書き換えるには
大神殿への
大きな寄進が
要る

グレゴール:この寄進の帳に
必ず名が残る

寄進の帳(ちょう)(値帳(ねちょう)の書き換え)の解説

作中の世界の決まりこの世界では、値帳の頁(ぺーじ)を書き直すには大神殿への大きな寄進が要り、寄進した者の名と日が「寄進の帳」に残ります。値帳は80年前の大神託(しんたく)のまま、ふだんは書き換えられません。

寄進とは?
神社やお寺に、お金や土地・物を納めることです。

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ケイ:7枚とも
同じ日ですか

グレゴール:︙︙10年前
大火の
翌月だ

寄進の帳(写し)|10年前、大火の翌月下町の7つの土地の頁を、「焼けた土地」として書き直す寄進:金貨30枚

蝋燭の光の中、写しの頁を見つめるリタの胸から上。眉を寄せ、自分の帳面を胸に抱える手に力が入る。右で、ケイが指で顎をこする。

宿〈月見鳥亭〉の娘リタ

リタ:でも
焼けたのは家で
土地じゃ
ないよね

ケイ:うん
土地は
焼けない

蝋燭の光の下、鎖のついた寄進の帳の頁の下、赤い封蝋の横の署名の欄に、長く痩せた指が止まる。字は読めない線。
暗い書庫で、見開いたケイの目の大写し。蝋燭の金と、青い影。

寄進した者ベルント・グラナート

リタ:︙︙グラナート

片手で帳を閉じ、片手で燭台を高く掲げるグレゴール。蝋燭の光が顔の深いしわを照らす。口を固く結び、決めた目で前を見下ろす。

グレゴール:明日の朝
大神官様の前で
この帳を開く

ケイ:ベルントさんも
呼ぶんですか

グレゴール:呼ぶ
名を書いた者だ

夜の大神殿を下の通りから見上げる。書庫の窓が1つだけ金色に灯る。通りの暗がりに、赤い上着の太った男の背中が立ち止まり、その窓を見上げている。

明日の朝︒
大神殿で︒

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

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この話で分かること

最有効使用(さいゆうこうしよう)とは?

土地の値は、その土地がいちばん役に立つ使い方を前提に決まる、という不動産の鑑定の考え方です。国の不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は、良識のある人が採る、合理的で法に合った最高最善の使い方としています。

条件・例外

今の使い方が、いちばん良い使い方とは限りません。近くの土地の普通の使い方を見た上で、位置・広さ・環境によっては別の用途も比べます。

物語との違い

作中では、住む家として約90枚、石工の作業場として約260枚と出し、高い方の作業場の値を採っています(銀貨の額は作中の値)。

同じ土地でも、使い方で値段が変わるのはなぜ?

住む家なら日当たりや静かさ、店なら人の流れ、作業場なら道や水の便と、使い方ごとに値を動かす要因が違うためです。鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)も、住宅地(じゅうたくち)・商業地・工業地(こうぎょうち)で別の要因を挙げています。

墓地の近くの土地は安い?

近くにあると住む人が嫌がりやすい施設は、住む家の土地の値を下げる要因になる事があります。基準は例として汚水処理場などを挙げており、墓地を気にするかは人と地域で違います。

条件・例外

近くの売れた値(取引事例(とりひきじれい))で、実際にどれくらい違うかを確かめます。

土地の一部だけを売るには?

先に分筆の登記で土地を分け、分けた方の土地を売ります。分筆の登記を申し込めるのは、その土地の持ち主(登記の名義の人)です。

この話の用語

日照・通風(住宅地(じゅうたくち)の個別的要因(こべつてきよういん))漫画の中で見る
現実の事実国の不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は、住む家の土地の値を個別に動かす要因の1つに「日照、通風及び乾湿」を挙げています。南に高い木や建物があって日が当たらない土地は、同じ通りでも住む家としては値が下がる事があります。家を買う前には、冬の昼の日当たりを現地で見ておくと比べやすくなります。
嫌悪施設(けんおしせつ)漫画の中で見る
作中の世界の決まり作中の王都の下町では、墓地の隣を住む家として嫌う人が多い、として描いています。
現実の事実近くにあると、住む人が嫌がって土地の値を下げやすい施設のことです。不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は、住む家の土地の要因の1つに「汚水処理場等の嫌悪施設等との接近の程度」を挙げています。どの施設を嫌うかは人と地域で違うので、近くの売れた値で確かめます。
最有効使用(さいゆうこうしよう)漫画の中で見る
現実の事実土地の値は、その土地がいちばん役に立つ使い方を前提に決まる、という鑑定の考え方です。不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は「効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用」と書き、良識のある人が採る、合理的で法に合った最高最善の使い方に限るとしています。住む家としては弱い土地でも、店や作業場として最も役に立つなら、その使い方で値を出します。
工業地(こうぎょうち)の個別的要因(こべつてきよういん)漫画の中で見る
現実の事実不動産鑑定評価基準(ひょうかきじゅん)は、工業地の値を動かす要因として、幹線道路などの輸送施設との位置関係、電力などの動力、用排水の施設などを挙げています。住む家なら日当たりや静かさが効きますが、作業場なら重い物を運ぶ道と水が効きます。同じ土地でも、何に使うかで見る所が変わります。
分筆(ぶんぴつ)(土地を分けて売る)漫画の中で見る
作中の世界の決まり作中の王都では、町割りの帳に分け目を書き入れて、土地を分けます。
現実の事実1つの土地を2つ以上に分けて登記する事を分筆と言います。土地の一部だけを売る・買う時は、先に分筆の登記をして、分けた方の土地を売り買いします。分筆の登記を申し込めるのは、その土地の持ち主(登記の名義の人)です(不動産登記法 第39条)。
寄進の帳(ちょう)(値帳(ねちょう)の書き換え)漫画の中で見る
作中の世界の決まりこの世界では、値帳の頁(ぺーじ)を書き直すには大神殿への大きな寄進が要り、寄進した者の名と日が「寄進の帳」に残ります。値帳は80年前の大神託(しんたく)のまま、ふだんは書き換えられません。

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あなた大神官の前で、ベルントがどう言い逃れするか考えたい

AI「寄進は神殿への善意で、値を書いたのは神殿の筆だ」と、自分の手を離れた話にする線があります。焼けた土地だから下げた、という理由も添えそうです。

あなたケイが返す一言を

AIケイ「では伺います。焼けたのは家ですか、土地ですか」。

送る質問あらすじを踏まえて、次の話の展開を一緒に考えて

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この話のあらすじ

表通りの空き家の持ち主は、年寄りの石工オットーだった。商会の仲買(なかがい)人ルッツは、空き家と墓地の隣の焼けた仕事場の土地を、値帳(ねちょう)のとおり合わせて銀貨60枚で買おうとする。ヨナスは空き家の端の幅2歩の帯がほしい。ケイが墓地の隣の土地を測ると、南の糸杉で冬は昼まで日が当たらず、住む家としては弱い。けれど深い井戸、石切り場へ続く広い道、石の音を嫌がる隣のない場所で、石工の作業場としては最も良い。ギルドの帳から、住む家として約90枚、作業場として約260枚と出し、いちばん良い使い方の値は約260枚だと示す。オットーは売るのをやめ、仕事場を戻し、端の2歩はヨナスに売ると決める。その夜、グレゴールが寄進の帳を開く。下町の7枚の頁(ぺーじ)は10年前、大火の翌月に「焼けた土地」として書き直され、寄進した者の名はベルント・グラナートだった。

作者

地番堂

土地と建物の値の決まり方、質の品の値付け、賃貸の退去の費用の分け方を、異世界やダンジョン、商店街の物語にして描いています。

この作品について

取引事例比較法・原価法・収益還元法という値の3つの出し方と、事故のあった家を売る時に伝える決まりが、査定の一件ずつで身につきます。

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