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第3話「手帳が無い時は」

押し入れの中から部屋を見る構図。手前の板の間で、緑のセーターの女性(左)が膝をついて最後の段ボールのふたを閉じる。右で小柄な年配の女性が正座し、うつむいて膝の上で手を重ねる。奥の窓の外は雪の木立。

伯母の家から戻った次の日。母の団地の押し入れ。

時計の修理職人(41)葛城 穂波

穂波の母(67)栗栖 照代

栗栖 照代:無い

栗栖 照代:引っ越し
4回したもの

葛城 穂波:お母さん
箱︑全部
見たよね

栗栖 照代:嫁に行く時は
たしかに
持って出たのよ

葛城 穂波:じゃあ
引っ越しの
どこかで︙︙

栗栖 照代:︙︙ごめんね

母の手帳は︑
どこにも無かった︒

手帳が無ければ︑
次は台帳︒
その足で︑
霧野市役所へ︒

霧野市役所の窓口のカウンターを横から。緑のセーターの女性が身を乗り出して見つめる先で、カウンターの向こうの職員(顔は見えない、手元だけ)が古い綴りを閉じ、その上に両手を置く。奥に机の列と雪の窓。

葛城 穂波:昭和34年生まれの
母の
予防接種台帳
なんですけど

葛城 穂波:無い︙︙?

〈市役所の窓口の答え(作中)〉旧・霧野町の昭和30〜40年代の予防接種台帳は、合併の前に処分され、残っていません

葛城 穂波:せめて
写しとか︙︙

市役所の職員:本当に
すみません

台帳も︑無かった︒

市役所の前の雪の階段を、高い所から見下ろす。緑のマフラーの女性がひとり、唇を結んで携帯の画面を見ながら階段を下りてくる。雪が上の枠を越えて降る。

葛城 穂波:残るは︙︙

手帳も台帳も無い時(厚生労働省の手引きから)1 陳述書(親・本人などが、事情を書く)2 接種痕意見書(接種の痕を医療機関で確かめてもらう)3 住民票か戸籍の附票(市区町村で出す)※生まれが1941年7月2日〜1988年1月27日である事を戸籍などで確かめる

住民票(じゅうみんひょう)の解説

現実の事実住んでいる市区町村(しくちょうそん)が作る、住所・生年月日などの記録の写しです。給付金(きゅうふきん)の手続きでは、手帳や台帳が無い時に、陳述書(ちんじゅつしょ)・接種痕意見書(せっしゅこんいけんしょ)と合わせて出します(戸籍の附票でもよい)。

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夕方︑母の台所で︑
3つの紙の話をした︒

団地の台所。小柄な年配の女性(左)が灰色のカーディガンの左の袖を右手でまくり上げ、二の腕の外側を緑のセーターの女性(右)に見せる。二の腕に丸く小さな古い痕がいくつか。窓の外は雪の庭。

栗栖 照代:痕なら
あるよ

栗栖 照代:ここ

栗栖 照代:ずっと
さわってた

葛城 穂波:あ︙︙

母が腕をさするのは︑
寒いからだと
思っていた︒

年配の女性の二の腕の寄り。古い小さな丸い痕に、しわのある自分の指先がそっと触れている。

栗栖 照代:講堂の
列でね

1966年の冬、小学校の講堂を高い所から見た遠景(色をおさえた色鉛筆)。おかっぱの子どもたちが袖をまくって1列に並び、奥の机に白衣の大人たちが座る。注射器は見えない。窓の外に雪。

昭和41年︒
小学1年生の照代︒

栗栖 照代(回想の声):前の子も
後ろの子も
同じ机の
前に立った

回想の講堂。列の中ほどで、おかっぱの小さな女の子が袖をまくった腕を胸に抱え、涙をためてうつむいている。後ろの少し背の高い女の子が、その肩と背中に手を添えている。

栗栖 照代(回想の声):姉さんが
背中を
押してくれて

葛城 穂波:伯母さんは
おばあちゃんが
押してたって

栗栖 照代:そうかい

団地の台所。小柄な年配の女性が、まくった袖のまま自分の二の腕の痕を見下ろし、口の端に小さな笑みを浮かべる。

栗栖 照代:︙︙2人で
押してくれて
たのかねえ

3日後︒
痕を診てもらいに︑
市立病院の消化器内科へ︒

消化器内科(しょうかきないか)と、病態の診断書(しんだんしょ)の解説

現実の事実胃や腸、肝臓などの病気を診る診療科です。給付金(きゅうふきん)の手続きで病態を示す「B型肝炎ウイルス持続感染(じぞくかんせん)者の病態に係る診断書」は、肝疾患診療連携拠点病院か肝疾患専門医(せんもんい)療機関で作った物だけが有効です(肝がん・死亡の診断書は、がん診療連携拠点病院でも有効)。

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診察室。左に緑のセーターの女性が立ち、真ん中で小柄な年配の女性が左の袖をまくって座る。右で白衣の細面の医師が身をかがめ、手袋の手で二の腕の痕を確かめる。

市立病院の消化器内科の医師(58)蔵本 遼介

蔵本 遼介:うん

蔵本 遼介:これは
種痘の痕
ですね

栗栖 照代:60年も前の
痕でも?

蔵本 遼介:ええ
この痕は
消えないんですよ

蔵本 遼介:意見書
書きましょう

接種痕意見書(せっしゅこんいけんしょ)の解説

現実の事実種痘やBCGの接種の痕が体にある事を、医師が確かめて書く書面です。手帳や台帳が無い時、陳述書(ちんじゅつしょ)・住民票(じゅうみんひょう)か戸籍の附票と合わせて、子どもの頃に集団予防接種等(しゅうだんよぼうせっしゅとう)を受けた事を示します。様式は厚生労働省のサイトから印刷できます。

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葛城 穂波:よかった︙︙

診察室の隅で、緑のセーターの女性が胸に手を当てて大きく息を吐く。肩の力が抜けている。

ふう……

その夜︒
母が︑こたつで
陳述書を書いた︒

陳述書(ちんじゅつしょ)の解説

現実の事実裁判所(さいばんしょ)に出す、本人や家族が知っている事情を書いた書面です。給付金(きゅうふきん)の手続きでは、母子手帳(ぼしてちょう)も予防接種台帳(よぼうせっしゅだいちょう)も出せない時に、その事情を親や本人などが書いて出します。

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団地のこたつ机を真上から。便箋に、小柄な年配の女性がゆっくり鉛筆で書いている。横に戸籍の附票の封筒と、医師の意見書の紙(字は読めない)。鉛筆を持つ年配の女性の手の寄り。字は読めない。指先に力が入っている。

〈母の陳述書(下書き)〉昭和34年、霧野町に生まれました。母子手帳は、引っ越しのうちに失くしました。小学1年生の時、講堂で並んで、予防接種を受けました。

栗栖 照代:字
下手だねえ

葛城 穂波:読めるよ

こたつの横で、緑のセーターの女性が母の書いた便箋を両手で持ち、目を伏せて読む横顔。手前に母の肩と白髪。窓の外は夜の雪。

葛城 穂波:伯母さんの
話も
書いとこう

母の「満7歳まで」は︑
3枚の紙で示せる
見込みになった︒

1週間後︒
意見書を受け取りに︑
もう一度診察室へ︒

診察室。白衣の細面の医師がペンを持つ手を止め、机の向こうの小柄な年配の女性へ顔を向ける。眉を寄せた真剣な顔。

蔵本 遼介:それと
照代さん

蔵本 遼介:肝臓の検査は
受けた事が
ありますか

栗栖 照代:40年︙︙
受けてない

肝炎ウイルス検査(保健所(ほけんじょ)・市町村(しちょうそん))の解説

現実の事実保健所や市町村の検診で、B型・C型の肝炎ウイルスに感染しているかを調べる血液の検査です。安い費用か無料で受けられる所があります。ただし多くはHBs抗原を1回だけ調べるので、給付金(きゅうふきん)の手続きで要る「持続感染(じぞくかんせん)」を示すには、医療機関(いりょうきかん)での検査が要る場合があります。

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下から見上げた医師の顔の寄り。目の下のたるみの奥の細い目が、窓の方を見据えている。窓の白い光。

蔵本 遼介:今日
血液を
調べましょう

蔵本 遼介:お母さんの
体のために

診察室の全景。椅子に座ったまま胸元を握る小柄な年配の女性、その肩に手を置く緑のセーターの女性、机の前の医師。窓の外は降りやまない雪。

給付金の証拠を
探しに来て︑
母の体の事を
何も知らないと
気づいた︒

栗栖 照代:︙︙怖いねえ

第3話「手帳が無い時は」

つづく

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

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母のひと言から始まった、B型肝炎給付金の話

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この話で分かること

母子手帳(ぼしてちょう)も予防接種台帳(よぼうせっしゅだいちょう)も無い時、B型肝炎給付金(きゅうふきん)の証拠はどうする?

事情を書いた陳述書(ちんじゅつしょ)(親・本人など)、接種の痕が確かめられる医師の意見書(接種痕意見書(せっしゅこんいけんしょ))、住民票(じゅうみんひょう)か戸籍の附票(市区町村(しくちょうそん)で出す)を合わせて出します。この時は、戸籍などで1941年7月2日〜1988年1月27日に生まれた事を確かめ、満7歳までに集団予防接種等(しゅうだんよぼうせっしゅとう)を受けたと推し量ります。

条件・例外

その時期の予防接種台帳を保存している市区町村に住んでいた事があり、台帳に記載が無い時は、その証明書も要ります。

物語との違い

霧野市・旧霧野町の台帳の話は創作です。台帳が残っているかは市町村(しちょうそん)ごとに違います。

接種痕意見書(せっしゅこんいけんしょ)とは? 決まった様式はある?

種痘やBCGの接種の痕がある事を医師が確かめて書く書面です。厚生労働省のサイトの様式に沿っていれば、必ずしも指定の様式でなくてよいとされています。

条件・例外

記載に不備があると出し直しを求められる事があるので、できるだけ指定の様式を使うよう案内されています。

保健所(ほけんじょ)の肝炎ウイルス検査だけで、給付金(きゅうふきん)の手続きに足りる?

足りない場合があります。保健所や市町村(しちょうそん)の検査は多くがHBs抗原を1回だけ調べるため、持続感染(じぞくかんせん)(6か月以上あけた2時点の陽性など)を示すには、医療機関(いりょうきかん)での検査が要る事があります。

この話の用語

住民票(じゅうみんひょう)漫画の中で見る
現実の事実住んでいる市区町村(しくちょうそん)が作る、住所・生年月日などの記録の写しです。給付金(きゅうふきん)の手続きでは、手帳や台帳が無い時に、陳述書(ちんじゅつしょ)・接種痕意見書(せっしゅこんいけんしょ)と合わせて出します(戸籍の附票でもよい)。
消化器内科(しょうかきないか)と、病態の診断書(しんだんしょ)漫画の中で見る
現実の事実胃や腸、肝臓などの病気を診る診療科です。給付金(きゅうふきん)の手続きで病態を示す「B型肝炎ウイルス持続感染(じぞくかんせん)者の病態に係る診断書」は、肝疾患診療連携拠点病院か肝疾患専門医(せんもんい)療機関で作った物だけが有効です(肝がん・死亡の診断書は、がん診療連携拠点病院でも有効)。
接種痕意見書(せっしゅこんいけんしょ)漫画の中で見る
現実の事実種痘やBCGの接種の痕が体にある事を、医師が確かめて書く書面です。手帳や台帳が無い時、陳述書(ちんじゅつしょ)・住民票(じゅうみんひょう)か戸籍の附票と合わせて、子どもの頃に集団予防接種等(しゅうだんよぼうせっしゅとう)を受けた事を示します。様式は厚生労働省のサイトから印刷できます。
陳述書(ちんじゅつしょ)漫画の中で見る
現実の事実裁判所(さいばんしょ)に出す、本人や家族が知っている事情を書いた書面です。給付金(きゅうふきん)の手続きでは、母子手帳(ぼしてちょう)も予防接種台帳(よぼうせっしゅだいちょう)も出せない時に、その事情を親や本人などが書いて出します。
肝炎ウイルス検査(保健所(ほけんじょ)・市町村(しちょうそん))漫画の中で見る
現実の事実保健所や市町村の検診で、B型・C型の肝炎ウイルスに感染しているかを調べる血液の検査です。安い費用か無料で受けられる所があります。ただし多くはHBs抗原を1回だけ調べるので、給付金(きゅうふきん)の手続きで要る「持続感染(じぞくかんせん)」を示すには、医療機関(いりょうきかん)での検査が要る場合があります。

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AI60年さすってきた痕を、娘に初めて「証拠」として見せる、とすると、恥ずかしさより、やっと役に立つと分かった安堵が先に来る、静かな場面にできます。

あなたその時の照代の心の声を

AI照代(心の声)「さわるたびに、あの講堂を思い出してた。……この子に見せる日が来るなんてね」。

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この話のあらすじ

照代の団地の押し入れを全部開けても、母子手帳(ぼしてちょう)は出てこない。穂波が霧野市役所に聞くと、旧・霧野町の昭和30〜40年代の予防接種台帳(よぼうせっしゅだいちょう)はもう残っていない(作中)。残る道は、陳述書(ちんじゅつしょ)・接種痕意見書(せっしゅこんいけんしょ)・住民票(じゅうみんひょう)か戸籍の附票。照代は「痕ならあるよ」と左の袖をまくる。二の腕の小さな丸い痕を、照代はずっとさすっていた。照代は1966年の講堂の列を思い出す。泣きそうな自分の背中を、姉の喜美江が押してくれた。市立病院で蔵本医師が「種痘の痕ですね」と確かめ、意見書を書くと言う。照代は陳述書の下書きを鉛筆で書き始める。けれど蔵本は、照代が40年肝臓の検査を受けていない事を知り、その日のうちに血液を調べようと言う。

作者

カルテの余白

診察室や相談の部屋、家族の居間で、治療や検査を決める前の人と、その話を聞く人を描いています。

この作品について

母のひと言から、昔の予防接種と家族の40年が少しずつほどけていく。B型肝炎の給付金を受け取るまでに何を集め、誰と話すのかを、穂波と一緒にたどれます。

カルテの余白のほかの作品

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