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第4話「教科書に無い人」

昼の清洲の城下の市。行き交う人々が足を止め、城の空を指さして噂し合う。高い所から見下ろす。

竜が飛んだ日の昼。雨の上がった、清洲の市。

昼の市の人だかり。人々が空を指さし、口々にうわさする。

町の人たち(何人もの声):竜が
城の上を
飛んだげな

市の人混みを、籠を抱えたりんと、笠をかぶった少年が並んで歩く。市の端の薬の店先。蓑を着た細身の男が、笠のふちを指で上げ、通り過ぎる少年をじっと目で追う。

りん:弥七っつぁん
もう
町じゅう
の噂だがね

弥七:噂になれば
今川の耳にも
入る

今川義元(いまがわよしもと)の解説

現実の事実駿河・遠江・三河を治めた戦国大名です(1519〜1560年)。1560年に尾張へ攻め込み、5月19日の桶狭間の戦いで討たれました。42歳でした。尾張へ攻め込んだ狙いは、京へのぼるためとする説と、三河の西を固めるためとする説があります。

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榊:もし
そこの
お方

店先から身を乗り出し、手前の少年に膏薬の小壺を差し出す男。頬に古い火傷の跡、口元だけの笑み。

榊:竜の傷に
よう効く
膏薬が
ござる

弥七:︙︙竜?

少年の顔の寄り。眉を寄せ、横目で男をうかがう。

榊:翼に
槍の
傷があると
聞き申した

榊:それは
お困り
でしょう

少年の顔の寄り。目を見開き、口が半ば開く。

〈史実との一致〉67%→ 65%

弥七:下がった?

弥七:竜は
ここに
いないのに

夕方︒
納屋︒

竜の翼の傷は︑
まだふさがらない︒
膏薬を試すだけなら︑
と︑お頭が許した︒

夕方の納屋。藁の上の竜の翼に、男が片膝をついて膏薬を塗る。戸口で、茂助が槍を握って見張る。少年とりんは柱の陰。

織田方の足軽頭茂助

足軽頭の顔の寄り。戸口で槍の柄を握り、目を離さず見張る。

茂助:ええか
妙な真似を
したら︙︙

榊:それは
怖うござる
な

竜が首をもたげ、男の顔のすぐ前で牙をむいてうなる。男は眉一つ動かさない。

グルル…

りん:ひっ

榊:駿河の
御屋形様を
ご存じで?

駿河・遠江・三河の解説

現実の事実今の静岡県の中ほどと東部(駿河)・静岡県の西部(遠江)・愛知県の東部(三河)にあたる昔の国です。今川義元(いまがわよしもと)はこの3つの国を治め、東海で一番の勢力になりました。

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少年の顔の寄り。膏薬売りの話を、冷めた目で測るように聞く。

織田方の足軽頭・茂助に仕える小者弥七

弥七:今川
義元︙︙

榊:自らの力で
国の掟を
定めた
お方よ

今川仮名目録(いまがわかなもくろく)の解説

現実の事実今川家が定めた国の決まり(分国法)です。義元は1553年に「追加」の21か条を足し、その中の「自分の力量を以て国の法度を申付」は、幕府に頼らず自分の力で国を治める戦国大名を表す言葉として知られています。

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弥七:御屋形様は
雪斎様に
学ばれた
お方ですね

太原雪斎(たいげんせっさい)の解説

現実の事実今川義元(いまがわよしもと)の師で、重い役目を任された僧です。幼い頃の義元と同じ寺で修行し、義元が家を継いだ後は、遠江・三河を従える戦や国の政治を支えました。

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膏薬売りの顔の寄り。口元だけで笑い、包みの紐を結びながら横目で少年を見る。

榊:︙︙ほう

男が竜の翼に手を置いたまま顔を上げ、手前の少年を見る。口元は笑い、目は冷たい。

榊:小者にしては
物知りで
ござるな

弥七:しまった

膏薬売りの横顔。笑みを浮かべたまま前を向く。後ろに竜の翼。

榊:大高城の
御城番

榊:朝比奈様にも
薬を納めて
おりまして

弥七:朝比奈様?

少年の顔の寄り。目が細くなり、何かに気づいた顔。後ろでりんが不安そうに見上げる。
少女の顔の寄り。2人のやり取りを見て、不安そうに少年を見る。

弥七:大高城を
守るのは
鵜殿長照

鵜殿長照(うどのながてる)の解説

現実の事実今川方の武将で、桶狭間の戦いの頃、大高城(おおだかじょう)を守っていました。大高城は今川義元(いまがわよしもと)の城として、尾張の織田方に備える場所でした。

鷲津砦(わしづとりで)を攻めた朝比奈は、だれ?
今川方の重臣、朝比奈家の軍勢です。攻めた将を朝比奈泰能とする辞典(改訂新版 世界大百科事典)がある一方、泰能は1557年に亡くなったとする辞典(日本人(にほんじん)名大辞典)もあり、名は分かれています。

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弥七:朝比奈は
鷲津砦を
攻めた方だ

弥七:大高城の
御城番は
鵜殿様
では?

男の笑みが、口元だけ固まる寄り。目だけが少年をうかがう。

榊:︙︙これは
うっかり

榊:年を取ると
名を取り
違えまして

少年を下から。きっと目を上げ、相手のうそを見抜くようににらむ。

弥七:どう見ても
若いだろ

弥七:お名前を
伺っても?

榊:榊
兵庫

薬売りの男榊 兵庫

男が膝に手を置き、ゆっくりと頭を下げる。礼儀正しい形だが、笠に隠れて目は見えない。
少年の目の寄り。横目で男をにらみ、歯を食いしばる。

〈史実との一致〉65%→ 62%

前世の記憶。塾の白い板に、人物の名の行が並ぶ。講師の手が赤いペンで、上から丸を付けていく。

〈前世の板書〉桶狭間の戦い 主な人物織田信長・今川義元松平元康(のちの徳川家康)岡部元信・鵜殿長照・朝比奈氏

夕方の納屋の柱の陰。少年が眉を寄せて歯を食いしばり、柱の縁を握る手に力がこもる。
竜の翼の傷の寄り。槍の穂先の跡が、膏薬の下でまだ割れている。

弥七:榊 兵庫

弥七:そんな名は
どの本にも
無い

竜が落ちた日から︑
教科書に無い人が︑
動いている︒

榊:では
また
参りましょう

夕日を背に、納屋の戸口に立つ男の黒い影。背に、布で巻いた長い包み。下から見上げる。

榊:晴れた日
にでも

足軽頭の胸から上。槍の柄を両手で強く握り直し、戸口をにらむ。

茂助:二度と
来んでええ

弥七:待って

竜の前に立つ少年。戸口の黒い影をまっすぐ見る。

弥七:あなた

弥七:竜を
狩りに
来たんですね

男の顔の大写し。夕日の逆光で目元は影になり、口は閉じたまま。火傷の跡だけが赤く光る。

榊:︙︙

第4話「教科書に無い人」

つづく

この物語はフィクションです。織田信長・今川義元などは史実の人物ですが、竜と、竜が起こした出来事、弥七たちは作り事です。

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桶狭間に、竜が落ちた

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この話で分かること

今川義元(いまがわよしもと)とは?

駿河・遠江・三河を治めた戦国大名です(1519〜1560年)。東海で一番の勢力になり、1560年に尾張へ攻め込んで、桶狭間の戦いで討たれました。

物語との違い

この物語では、竜が翼を広げて義元を守り、義元は生き延びています。

今川仮名目録(いまがわかなもくろく)とは?

今川家が定めた国の決まり(分国法)です。義元は1553年に21か条の「追加」を定め、「自分の力量を以て国の法度を申付」の一節が戦国大名を表す言葉として知られています。

太原雪斎(たいげんせっさい)とは?

今川義元(いまがわよしもと)の師で、重い役目を任された僧です。若い頃の義元と同じ寺で修行し、遠江・三河を従える戦や国の政治を支えました。

桶狭間の戦いの頃、大高城(おおだかじょう)を守っていたのは誰?

今川方の鵜殿長照(うどのながてる)です。戦いの前に、松平元康(のちの徳川家康)が大高城に兵糧を運び入れました。

物語との違い

榊 兵庫は、この物語の作り事の人物で、史料には出てきません。

この話の用語

今川義元(いまがわよしもと)漫画の中で見る
現実の事実駿河・遠江・三河を治めた戦国大名です(1519〜1560年)。1560年に尾張へ攻め込み、5月19日の桶狭間の戦いで討たれました。42歳でした。尾張へ攻め込んだ狙いは、京へのぼるためとする説と、三河の西を固めるためとする説があります。
駿河・遠江・三河漫画の中で見る
現実の事実今の静岡県の中ほどと東部(駿河)・静岡県の西部(遠江)・愛知県の東部(三河)にあたる昔の国です。今川義元(いまがわよしもと)はこの3つの国を治め、東海で一番の勢力になりました。
今川仮名目録(いまがわかなもくろく)漫画の中で見る
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太原雪斎(たいげんせっさい)漫画の中で見る
現実の事実今川義元(いまがわよしもと)の師で、重い役目を任された僧です。幼い頃の義元と同じ寺で修行し、義元が家を継いだ後は、遠江・三河を従える戦や国の政治を支えました。
鵜殿長照(うどのながてる)漫画の中で見る
現実の事実今川方の武将で、桶狭間の戦いの頃、大高城(おおだかじょう)を守っていました。大高城は今川義元(いまがわよしもと)の城として、尾張の織田方に備える場所でした。

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あなた榊が竜を狩りに来たと分かった後を考えたい

AI榊は力ずくでなく、竜が弱る条件を待つ人物にすると緊張が続きます。弥七は榊の狙う日を先に読む勝負になります。

あなた榊が去り際に残す言葉を

AI榊「竜は、雨の日に空を飛ぶ。では、晴れの日は?」。絵:夕日の土手を去る榊の長い影。

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この話のあらすじ

竜が清洲の空を飛んだ噂は、もう町じゅうに広がっていた。市で弥七に声をかけた薬売りの男は、竜の翼の傷に効く膏薬があると言う。その前で、弥七の〈史実との一致〉が下がる。夕方、男は納屋で竜の翼に膏薬を塗り、駿河の御屋形様・今川義元(いまがわよしもと)と、自らの力で定めた国の掟の話をする。男は「大高城(おおだかじょう)の御城番・朝比奈様」に薬を納めていると言うが、弥七は大高城を守るのが鵜殿長照(うどのながてる)だと知っていた。男の名は榊 兵庫。その名はどの本にも無い。竜が落ちた日から、教科書に無い人が動いている。「竜を狩りに来たんですね」と問う弥七に、榊は答えない。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

雨の桶狭間に竜が落ち、知っているはずの歴史が一つずつ外れていく。その外れ方から、本当の戦国の年と場所と人の動きが見えてきます。

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