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第3話「雨の日だけ」

照りつける日差しの納屋の前。ぐったりと地に伏した竜の鱗が乾いて白くひび割れる。少年が笠に汲んだ水を差し出すが、竜は口を閉じたまま。

晴れて、二日目。清洲城下の納屋。

織田方の足軽頭・茂助に仕える小者弥七

弥七:頼む
飲んでくれ

少年の顔の寄り。笠に汲んだ水を両手で持ち、口を結んで、伏せた竜の方を見る。

弥七:あの晩は
飲んだ
だろ

〈史実との一致〉70%

〈殿様の言いつけ〉三日後の朝、竜が飛ばねば斬るあと 1日と半

茂助:ええか
小僧

茂助が桶を振りかぶり、竜の頭から水をざぶりと浴びせる。

織田方の足軽頭茂助

茂助:飲まんなら
浴びせりゃ
ええ

竜が鼻から水を噴き返し、茂助が頭からずぶ濡れになる。白い水しぶき。

ブハッ

茂助:ちっ
こいつ

りん:あはは!
おっ父
びしょびしょ

納屋の軒下に立つ、くせ毛を一つに結んだ12歳の少女。握り飯の包みを抱え、笑いながら竜を見上げる。

茂助の娘りん

りん:握り飯
持ってきた
だがね

少女の顔の寄り。戸口から、竜を警戒するように、半分だけ顔を出して見る。

りん:︙︙そいつ
噛まん?

弥七:え
噛まないよ
︙︙たぶん

その夜︒

夜の納屋。灯明の下、少年が地面に棒で何か書いては消している。横でりんがのぞき込む。竜は目を閉じて動かない。

りん:何
書いとる
の?

弥七:︙︙日付

弥七:前の人生の
あの板書

前世の記憶。塾の白い板に、ペンで日付を書く講師の手。

〈前世の板書〉永禄3年5月19日=ユリウス暦 1560年6月12日旧暦の5月は、今の6月ごろ

旧暦(きゅうれき)の解説

現実の事実月の満ち欠けで1か月を決め、季節とのずれを閏月(うるうづき)で直す、昔の暦(太陰太陽暦)のことです。日本では明治5年12月3日を明治6年1月1日にして、今の太陽暦に替えました。昔の日付は、今の暦にすると1か月ほど後になることが多く、季節を考える時に役立ちます。

旧暦の1年は何日?
月の満ち欠けの12か月で約354日です。太陽の1年より11日ほど短いので、約3年に1度、閏月を入れて13か月の年にしました。

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弥七:5月は
今の6月

弥七:6月の
尾張なら

弥七:梅雨だ

梅雨(つゆ)の解説

現実の事実初夏に雨やくもりの日が続く時期のことです。今の東海地方の平年では、6月6日ごろに梅雨入りし、7月19日ごろに梅雨明けします(1991〜2020年の平均)。梅雨の途中にも、晴れの日が何日か続くことがあります。

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納屋の板屋根の隙間から、星の夜空を見上げる少年と、つられて見上げるりん。下から見上げる。

りん:おっ母は
五月雨って
言っとった

五月雨(さみだれ)の解説

現実の事実旧暦5月(今のほぼ6月)に降り続く長雨のことで、梅雨とほぼ同じ意味です。梅雨は季節を、五月雨は雨そのものを指すことが多い言葉です。夏の季語でもあります。

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りん:じゃあ
また
降るの?

弥七:降る
必ず

桶狭間の戦いは︑
今のグレゴリオ暦なら
6月22日ごろ︒

グレゴリオ暦(れき)の解説

現実の事実今、日本や世界の多くの国で使っている暦です。西洋では1582年10月15日から使われ始め、それより前の日付はユリウス暦で書くのが一般的です。永禄3年5月19日は、ユリウス暦で1560年6月12日、グレゴリオ暦をさかのぼって当てはめると6月22日になります。日本は明治6年(1873年)からこの暦です。

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晴れが続くのは︑
梅雨の中休み︒

梅雨の中休みの解説

現実の事実梅雨の間に、何日か雨の降らない日が続くことです。梅雨前線の働きが弱まると、晴れ間が出ます。中休みの後は、また雨の日が戻ります。

出典

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灯明の下、膝を抱えたりんが、眠る竜の鼻先をそっとのぞき込む。竜の髭がりんの手に触れる。

りん:そいつ
あの晩の雨は
飲んだのに

りん:桶の水は
飲まん

弥七:えっ

回想。軒先の雨だれが、少年のかぶった笠の上に落ちる瞬間の寄り。回想。桶の静かな水面に、竜が顔をそむける寄り。

弥七:あの晩
飲んだのは
笠に溜めた水
じゃない

弥七:落ちてくる
雨だ

弥七:りん
お前
すごいな

夜、灯籠のともる納屋の外。少女が鼻の下を指でこすり、得意げに笑う。

りん:へへっ

5月23日︑
約束の朝︒
清洲城の庭︒

灰色の雲が低く垂れこめた朝の城の庭。縁側に信長と家臣たち。庭の真ん中、屋根の無い所に、伏せた竜と少年。

尾張の織田上総介信長

信長:小者

信長:飛ぶか

城の庭に膝をつく少年。笠を膝に置き、曇り空の下、縁側を必死に見上げる。奥に天守。

弥七:もう
少しだけ

弥七:空が
泣くまで

家臣:殿
らちが
明きませぬ

家臣を下から。口をへの字に結び、少年を冷たく見下ろして斬れと言う。

信長の家臣家臣

家臣:斬って
しまえば
よろしい

茂助:殿
あと少しだけ︙︙!

少年を下から。灰色の空を見上げ、歯を食いしばって祈る。

弥七:降れ

弥七:梅雨なら
降ってくれ

家臣が刀の柄を握り、一歩前へ出る。奥に竜の頭。
空から大粒の雨が一斉に落ちてくる。庭の白い砂に無数の雨の点。見上げる人々。

ザァァ

空を見上げた少年の顔の寄り。雨粒が頬に当たり、目が光る。
少年の顔を下から。空を見上げ、頬に最初の一粒が当たったように目を見開く。

弥七:よし
来た!

竜が首を真上に伸ばし、口を開けて落ちてくる雨を飲む。乾いた鱗に雨が流れ、黒く艶が戻る。

竜は︑
空から落ちる
雨だけを︑飲む︒

竜が両の翼を大きく広げ、雨しぶきを散らして地を蹴る。翼の先だけが枠の外へ突き出す。下から見上げる。

りん:飛んだあ!

足軽頭を下から。口を開けて、飛び立つ竜を見上げて固まる。

茂助(画面の外の声):ほんとに
飛びよった︙︙

雨の清洲の城下を見下ろす空。灰色の雲の下を、黒い竜が大きく一回りする。屋根の上の人々が指さす。

〈史実との一致〉70%→ 67%

弥七:竜が清洲の
空を飛んだ

弥七:教科書には
もちろん
無い

信長:︙︙雨の日
だけ︑か

縁側の信長の顔の寄り。雨に濡れた前髪の下で、目だけが細く笑う。
濡れた少年の顔の寄り。息を切らし、まっすぐ縁側を見上げる。
雨の城の庭の全景。高い縁側に立つ信長と家臣たち、低い庭に、舞い降りた竜と並んで膝をつく小さな少年。

第3話「雨の日だけ」

つづく

この物語はフィクションです。織田信長・今川義元などは史実の人物ですが、竜と、竜が起こした出来事、弥七たちは作り事です。

お気に入りから外しますか?

桶狭間に、竜が落ちた

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この話で分かること

旧暦(きゅうれき)の5月は、今の何月?

年によって違いますが、だいたい今の6月ごろにあたります。桶狭間の戦いの永禄3年5月19日は、ユリウス暦で1560年6月12日、グレゴリオ暦をさかのぼって当てはめると6月22日です。

旧暦(きゅうれき)とは?

月の満ち欠けで1か月を決め、季節とのずれを閏月で直す太陰太陽暦のことです。日本では明治5年12月3日を明治6年1月1日にして、今の太陽暦に替えました。

梅雨(つゆ)はいつ?

今の東海地方の平年では、6月6日ごろに梅雨入りし、7月19日ごろに梅雨明けします(1991〜2020年の平均)。年によって1か月近く前後します。

物語との違い

戦国時代の梅雨入りの記録は確かめていません。この物語では、桶狭間の後に晴れが2日続き、5月23日に雨が戻ります。

五月雨(さみだれ)とは?

旧暦5月(今のほぼ6月)に降り続く長雨のことで、梅雨とほぼ同じ意味です。梅雨は季節を、五月雨は雨そのものを指すことが多い言葉です。

この話の用語

旧暦(きゅうれき)漫画の中で見る
現実の事実月の満ち欠けで1か月を決め、季節とのずれを閏月(うるうづき)で直す、昔の暦(太陰太陽暦)のことです。日本では明治5年12月3日を明治6年1月1日にして、今の太陽暦に替えました。昔の日付は、今の暦にすると1か月ほど後になることが多く、季節を考える時に役立ちます。
梅雨(つゆ)漫画の中で見る
現実の事実初夏に雨やくもりの日が続く時期のことです。今の東海地方の平年では、6月6日ごろに梅雨入りし、7月19日ごろに梅雨明けします(1991〜2020年の平均)。梅雨の途中にも、晴れの日が何日か続くことがあります。
五月雨(さみだれ)漫画の中で見る
現実の事実旧暦5月(今のほぼ6月)に降り続く長雨のことで、梅雨とほぼ同じ意味です。梅雨は季節を、五月雨は雨そのものを指すことが多い言葉です。夏の季語でもあります。
グレゴリオ暦(れき)漫画の中で見る
現実の事実今、日本や世界の多くの国で使っている暦です。西洋では1582年10月15日から使われ始め、それより前の日付はユリウス暦で書くのが一般的です。永禄3年5月19日は、ユリウス暦で1560年6月12日、グレゴリオ暦をさかのぼって当てはめると6月22日になります。日本は明治6年(1873年)からこの暦です。
梅雨の中休み漫画の中で見る
現実の事実梅雨の間に、何日か雨の降らない日が続くことです。梅雨前線の働きが弱まると、晴れ間が出ます。中休みの後は、また雨の日が戻ります。

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あなた竜が雨の日だけ飛べると分かった後を考えたい

AI雨の日に飛べる竜の噂が城下に広がり、竜を狙う側が「晴れの日」を待つ筋が自然です。弥七は次に、晴れの日を先に知る手を探すことになります。

あなた城下の噂を聞いた人の台詞を

AI魚売り「雨乞いなら、あの竜に頼めばええ」。絵:雨の市で空を見上げる人々。

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この話のあらすじ

晴れて二日目、竜は笠の水も飲まず、鱗が乾いてひび割れる。茂助が水を浴びせると、竜は噴き返す。茂助の娘・りんが握り飯を持ってくる。その夜、弥七は前世の板書を思い出す。永禄3年5月19日は、ユリウス暦で1560年6月12日。旧暦の5月は今の6月ごろで、尾張なら梅雨の真ん中だ。りんが言う。竜はあの晩の雨は飲んだのに、桶の水は飲まない。竜が飲むのは、空から落ちてくる雨だけだった。約束の朝、家臣が刀に手をかけた時、雨が降り出す。竜は雨を飲み、清洲の空を一回りした。信長は「雨の日だけ、か」とつぶやく。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

雨の桶狭間に竜が落ち、知っているはずの歴史が一つずつ外れていく。その外れ方から、本当の戦国の年と場所と人の動きが見えてきます。

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