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第2話「三日後の朝」

夜の納屋の戸口。松明の列を背に、細身の背の高い男が立つ。藁の上で黒い竜が頭をもたげ、その前に少年が両手を広げて立ちはだかる。

織田方の足軽頭・茂助に仕える小者弥七

尾張の織田上総介信長

竜は︑おれから
離れなかった︒
茂助の組は︑
竜を連れて
清洲城下の
納屋へ戻った︒

清洲城(きよすじょう)の解説

現実の事実今の愛知県清須市にあった城です。1555年(弘治元年)に信長が那古野城から移って居城にし、1560年の桶狭間の戦いへもここから出陣しました。

清洲城では、ほかに何があった?
1582年の本能寺の変の後、信長の跡継ぎと領地の分け方を決める清洲会議が開かれました。

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信長:それが
今川の大将を
救った竜か

竜(りゅう)(この物語の竜)の解説

作中の世界の決まり最初に笠で雨を飲ませてくれた弥七から離れません。竜が関わると、弥七の窓〈史実との一致〉の数字が下がります。

作中の世界の決まりこの物語で、桶狭間の雨の中から落ちてきた若い竜です。言葉を話さず、雨と雷を連れて歩きます。

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尾張・清洲城の主織田上総介(信長)

松明に照らされた男の胸から上。鋭い目、高く結った髷、柄の入った小袖に黒い陣羽織。閉じた扇を手に、口の端だけで笑う。

織田上総介︒
のちの︑
織田信長︒

上総介(かずさのすけ)の解説

現実の事実上総国(今の千葉県の中ほど)の国司の次官の官名です。若い頃の信長は、上総守・上総介と署名していました。京へのぼる前に、弾正忠(だんじょうのちゅう)という中央の官名に変えています。

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弥七:この人は
今日
ここで

弥七:勝つはず
だった人だ

男の胸から上。柄の入った袖から、掌を上にして「寄越せ」と手を差し出す。

信長:寄越せ

信長の肩越しに見た少年の顔の寄り。松明の明かりの中、竜の前に両手を広げたまま信長を見上げ、息をのむ。広げた指先が小さく震える。

茂助:ちょっ
殿!
こやつは
ただの小者で
︙︙

信長:小者に
竜は
要らぬ

弥七:︙︙殿様

少年の顔の寄り。震えをこらえて、殿様をまっすぐ見て問い返す。

弥七:殿様は
竜に何を
飲ませ
ますか

信長:何?

足軽が桶いっぱいの水を竜の前に置く。竜は桶に口をつけず、首を高くもたげる。
竜の顔の寄り。桶の水から、ぷいと顔をそむける。長い髭が揺れる。

足軽:あれ
飲み
ませんな

弥七:竜は
おれの笠から
しか
飲みません

納屋の軒先。少年が裏返した笠で雨だれを受け、竜が首を伸ばして笠に口を寄せる。松明の明かりが濡れた鱗を光らせる。

信長:面白い

殿様は︑
竜を︑おれごと
茂助の組に
預けた︒

雨の夜道を、松明を掲げて去っていく騎馬の一団。先頭の男だけが振り返り、納屋の方を見る。手前に納屋の軒と桶。
馬上の家臣の腰から上。前を行く殿の背を、困った顔で見る。

信長の家臣家臣

家臣:殿︑今朝は
熱田の宮で
祈ったと
いうのに

熱田(あつた)(熱田の宮)の解説

現実の事実今の名古屋市熱田区にある熱田神宮のことです。桶狭間の戦いの日、清洲城(きよすじょう)を出た信長は、朝8時ごろ熱田の宮に着いたとされています。そこから兵を集めながら、鳴海・大高の方へ向かいました。

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家臣(ささやき):これでは
また
〈うつけ〉と
笑われる

うつけの解説

現実の事実中身が空っぽの者、ぼんやりした者をあざける言葉です。若い頃の信長は、変わった身なりを好み「うつけ」と評されたと伝わります。

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朝の清洲城。堀と土塁に囲まれた城の門と櫓。雨雲が切れ、薄い日が差す。遠くから見た全景。

翌朝︒
清洲城︒

城の縁側に膝をつき、頭を少し下げる家臣。言いにくそうに報告する。奥に櫓と石垣。

家臣:殿︑今川は
大高城に
退いたとの
よし

信長:義元は

家臣:︙︙生きて
おりまする

高い縁側から見下ろした城の庭。白い砂の上に膝をつく少年が、膝の上で両手を握りしめて縁側を見上げる。縄でつながれた竜。縁側の端に信長と家臣たち。

大高城(おおだかじょう)の解説

現実の事実今の名古屋市緑区大高町にあった城です。桶狭間の戦いの頃は今川方で、鵜殿長照(うどのながてる)が守り、松平元康(のちの徳川家康)が戦いの前に兵糧を運び入れました。丸根砦(まるねとりで)・鷲津砦(わしづとりで)と合わせて、1938年に国の史跡になりました。

本来の歴史では、戦いの後の大高城は?
義元が討たれた後、元康は三河へ帰り、大高城は廃城になりました。

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信長:竜が空を
飛べば
今川の陣は
見下ろせる

弥七:戦に
使う気だ

縁側の手すりの上から見下ろす信長の胸から上。冷たい目で少年を見下ろす。

信長:小者
飛ぶのか

弥七:︙︙分かり
ません

庭の白い砂に膝をつく少年。膝の前の笠をぎゅっと握り、目を伏せて言葉を探す。

弥七:翼に
あの日の
槍の傷がある

竜が大きくくしゃみをし、雨のしぶきが縁側の家臣を頭からずぶ濡れにする。

ブシュッ

噴き出しそうな口を手で押さえる茂助と、青ざめる少年。

家臣:うわっ
無礼な!

茂助:ぶふっ

信長:三日後の
朝

信長が閉じた扇の先で、少年のあごを持ち上げる。下から見上げる角度。信長の目は笑っていない。
信長の顔の寄り。目を細めて笑う。閉じた扇の先が顎の下に見える。

信長:竜が
飛ばねば
斬る

弥七:斬る
︙︙!?

茂助:殿︑小僧は
竜の世話を
しとるだけで︙︙

少年の顔の寄り。目を見開き、こめかみに冷や汗。顔に縦の影の線。

信長:飛ばぬ竜は
今川の大将を
守った
ただの敵だ

その夜︒

茂助:ええか
小僧

茂助:なんで
今川の大将が
窪地におると
知っとった

夜の納屋。藁の上で丸くなった竜の横で、膝を抱えた少年が目を伏せる。戸口で、茂助が槍の穂先を研いでいる。灯明が一つ。

織田方の足軽頭茂助

弥七:前の人生の
話をしても

弥七:狂った小者に
なるだけだ

少年の胸から上。目を伏せ、口の端だけで笑ってみせる。膝の上の手に力が入る。

弥七:︙︙夢で
見たんです

茂助:夢︑な

灯明に照らされた茂助の横顔の寄り。深いしわ、白髪まじりの無精ひげ。砥石を手に、少しだけ口元がゆるむ。
少年の顔の寄り。ほっと肩の力を抜き、頭を見上げる。

茂助:そういう事に
しといたる

暗い納屋の中、少年が目を見開き、何も無い宙を見つめる。その目に小さな光。

〈史実との一致〉71%→ 70%

藁の上で眠る竜を上から。長い体を丸め、鼻先を藁に埋める。

弥七:竜が
殿様に会った

弥七:それだけで
また
下がった

弥七:飛べる
か?

竜が翼を広げようとするが、槍の傷のある右の翼は途中で重く垂れる。

ズル…

納屋の外。雲一つない夜空に、満天の星。戸口から空を見上げる少年の小さな後ろ姿。

弥七:︙︙晴れて
やがる

三日後の朝まで︑
あと︑二日と半︒

第2話「三日後の朝」

つづく

この物語はフィクションです。織田信長・今川義元などは史実の人物ですが、竜と、竜が起こした出来事、弥七たちは作り事です。

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桶狭間に、竜が落ちた

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この話で分かること

清洲城(きよすじょう)とは?

今の愛知県清須市にあった城です。1555年(弘治元年)に織田信長が那古野城から移って居城にし、1560年の桶狭間の戦いへもここから出陣しました。

条件・例外

1582年の本能寺の変の後には、信長の跡継ぎを決める清洲会議がここで開かれました。

上総介(かずさのすけ)とは? 信長はなぜそう名乗った?

上総国(今の千葉県の中ほど)の国司の次官の官名です。若い頃の信長は上総守・上総介と署名し、京へのぼる前に弾正忠に変えました。

信長が「うつけ」と呼ばれたのはなぜ?

若い頃の信長は変わった身なりを好み、周りから「うつけ(ぼんやりした愚か者)」と評されたと伝わります。

物語との違い

この物語の信長の台詞と振る舞いは作り事で、史料に残る言葉ではありません。

桶狭間の戦いの日、信長はどこを通った?

清洲城(きよすじょう)を出て、朝8時ごろ熱田の宮(今の熱田神宮)に着いたとされます。そこから兵を集めながら、鳴海・大高の方の砦へ向かいました。

この話の用語

清洲城(きよすじょう)漫画の中で見る
現実の事実今の愛知県清須市にあった城です。1555年(弘治元年)に信長が那古野城から移って居城にし、1560年の桶狭間の戦いへもここから出陣しました。
竜(りゅう)(この物語の竜)漫画の中で見る
作中の世界の決まり最初に笠で雨を飲ませてくれた弥七から離れません。竜が関わると、弥七の窓〈史実との一致〉の数字が下がります。
作中の世界の決まりこの物語で、桶狭間の雨の中から落ちてきた若い竜です。言葉を話さず、雨と雷を連れて歩きます。
上総介(かずさのすけ)漫画の中で見る
現実の事実上総国(今の千葉県の中ほど)の国司の次官の官名です。若い頃の信長は、上総守・上総介と署名していました。京へのぼる前に、弾正忠(だんじょうのちゅう)という中央の官名に変えています。
熱田(あつた)(熱田の宮)漫画の中で見る
現実の事実今の名古屋市熱田区にある熱田神宮のことです。桶狭間の戦いの日、清洲城(きよすじょう)を出た信長は、朝8時ごろ熱田の宮に着いたとされています。そこから兵を集めながら、鳴海・大高の方へ向かいました。
うつけ漫画の中で見る
現実の事実中身が空っぽの者、ぼんやりした者をあざける言葉です。若い頃の信長は、変わった身なりを好み「うつけ」と評されたと伝わります。
大高城(おおだかじょう)漫画の中で見る
現実の事実今の名古屋市緑区大高町にあった城です。桶狭間の戦いの頃は今川方で、鵜殿長照(うどのながてる)が守り、松平元康(のちの徳川家康)が戦いの前に兵糧を運び入れました。丸根砦(まるねとりで)・鷲津砦(わしづとりで)と合わせて、1938年に国の史跡になりました。

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あなた茂助が弥七をかばう一言を

AI茂助「ええか、斬るなら先に、わしの組の足軽頭を斬ってからにしてもらう」。絵:槍を地に突き立てる茂助の背中。

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この話のあらすじ

5月19日の夜、清洲の外れの納屋に織田上総介(かずさのすけ)(信長)が来る。竜を寄越せと言う信長に、弥七は「竜に何を飲ませますか」と問う。桶の水に竜は顔をそむけ、弥七の笠で受けた雨だれだけを飲んだ。信長は竜を弥七ごと茂助の組に預ける。翌朝の清洲城(きよすじょう)。今川は大高城(おおだかじょう)に退いた。竜が飛べば今川の陣を見下ろせると考える信長は、三日後の朝に竜が飛ばねば斬る、と告げる。その夜、弥七は茂助に「夢で見た」とだけ言う。窓の数字は70%に下がり、空には雲一つない。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

雨の桶狭間に竜が落ち、知っているはずの歴史が一つずつ外れていく。その外れ方から、本当の戦国の年と場所と人の動きが見えてきます。

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