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第3話「うちは、小さいでよ」

朝の工場の門の前。添え木の右手を胸に当てて歩いてくる修(右)に、紺の帽子の若い男性(左)が、開いたシャッターの中から駆け寄る。奥に蛍光灯の列とプレスの機械。

月曜の朝、8時前。古市製作所。

古市製作所の若手(20)新井 航平

新井 航平:多賀さん!
手
大丈夫っすか

多賀 修:おう
心配
かけたな

新井 航平:ラインは
俺が
回してます!

多賀 修:そうか

新井 航平:社長
朝から2階で
待ってるっす

修の目線の先。止まったままの青灰色のプレスの寄り。機械の正面の、手を入れる所の前に、あるはずの透明の囲いの板が無い。

多賀 修:カバー
まだ
付いてない

新井 航平:︙︙っすね

あの朝も︑
カバーは
付いていなかった︒

工場の2階の小さな事務所。スチールの机で腕を組む社長(左)と、奥の机から入口を見る、眼鏡に鎖を付けた年配の女性(中央)。入口に立つ修(右)は、添え木の右手を下げている。

古市製作所の社長(66)古市 昭三

古市製作所の事務(63)古市 文江

古市 文江:まあ
多賀さん
座って

古市 昭三:で
話って
なんだ

机の上の寄りを斜め上から。添え木の右手を机に置いた修が、左手で印刷した請求書の用紙を社長の前へ滑らせる。社長の太い指が紙の端で止まる。

〈修が持ってきた紙〉療養補償給付の請求書(様式第5号)事業主の証明の欄 まだ空いている

多賀 修:すんません
社長

多賀 修:やっぱり
労災で
出させて
ください

古市 昭三:︙︙わしも
考えた

社長の顔の寄りを少し下から。眉間にしわを寄せ、目は紙ではなく修を見る。後ろの壁に額の表彰状(字は読めない)。

古市 昭三:治療代も
わしが出す

休業補償(きゅうぎょうほしょう)と療養補償(りょうようほしょう)の義務の解説

現実の事実仕事のけがの治療費(ちりょうひ)(療養補償)と、治療で休んで給料が出ない間の補償(ほしょう)(休業補償。平均賃金(へいきんちんぎん)の60%)は、労働基準法(ろうどうきじゅんほう)で会社が払う義務と決まっています。労災保険(ろうさいほけん)から同じ給付が出れば、会社はその分の義務を免れます(労働基準法第75条・第76条・第84条)。

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古市 昭三:休みの間の
給料も

平均賃金(へいきんちんぎん)の解説

現実の事実会社が休業補償(きゅうぎょうほしょう)などを計算する時の1日あたりの賃金で、原則として、けがをした日の前の3か月間に払われた賃金の合計を、その期間の日数(にっすう)で割った額です。労災保険(ろうさいほけん)の給付基礎日額も、原則としてこの額です(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第12条。2026年10月時点)。

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古市 昭三:全部だ

古市 昭三:だで
労災は
こらえて
くれんか

多賀 修:え︙︙

多賀 修:全部︙︙

多賀 修:それなら
誰も
困らん︙︙
のか?

文江の寄り。パソコンの画面の光を横顔に受け、社長の方へ体をひねる。片手で眼鏡の鎖を強く握る。

古市 文江:あんた

古市 文江:4日より
長く休んだら
会社は
監督署に
報告を
出さなかん

労働者死傷病報告(ろうどうしゃししょうびょうほうこく)の解説

現実の事実仕事のけがなどで働く人が亡くなったり休んだりした時に、会社が労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)へ出す報告です。休みが4日以上なら遅れずに、4日未満なら3か月ごとにまとめて出し、今は電子の申請で出します。出さない・うその報告は、労働安全衛生法で50万円以下の罰金です(2026年10月時点)。

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古市 文江:出さんかったら
それこそ︙︙

古市 昭三:わかっとる!

事務所の引き。机を手のひらで叩いて立ち上がる社長(左)、身をすくめる文江(中央)、入口で動けない修(右)。窓の外に工場の屋根と白い空。

バン

古市 昭三:すまん

古市 昭三:怒鳴る
相手が
違う

古市 昭三:壁の
あれな

〈事務所の壁の額〉元請けの会社からの表彰無災害 1,000日

無災害(むさいがい)の表彰の解説

現実の事実労働災害の無い日が続いた事を、元請けの会社や業界の団体が安全の取り組みとして表彰・掲示する事があります。法律で決まった物ではありません。数字を守るために報告を出さないと、労働者死傷病報告(ろうどうしゃししょうびょうほうこく)を出さない労災かくしになり、労働安全衛生法の罰則の対象です。

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壁の額の寄りを下から。古い額の中の表彰状(字は読めない)と、額の下の色あせた写真。社長の背中の一部がぼけて手前に入る。

古市 昭三:去年
元請けの
安全大会で
もらった

古市 昭三:うちみたいな
8人の
下請けは
あれで
仕事を
もらっとる

下請けと元請けの解説

現実の事実大きな会社(元請け)から部品の加工などの仕事を受けて作る会社が下請けです。自動車の部品では、元請けの下に何段もの会社が連なる形がよく見られます。工場で働く人のけがの労災は、ふつうはその人を雇う会社の労災保険(ろうさいほけん)で扱います(建設の現場は元請けの労災保険で扱う決まりがあります)。

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事務所の窓から工場の中を見下ろす。4台の青灰色のプレスと、動いている1台の前の新井。蛍光灯の白い列。

社長が怖いのは︑
保険料と︑監督署と︑
その先の︑
仕事が切られる事だ︒

修の顔の寄りを正面より少し横から。唇をかみ、目を上げて社長を見る。左手が膝の上で拳になる。

多賀 修:社長

多賀 修:もし
指が
戻らん
かったら

多賀 修:それも
全部
ですか

社長の顔と手の寄り。目を閉じてうつむき、口を固く結ぶ。机の端を両手で強く握り、指の節が白い。

古市 昭三:︙︙

多賀 修:すんません
1週間
考えさせて
ください

古市 昭三:ああ

古市 文江:多賀さん
手
お大事にね

多賀 修:︙︙はい

階段を下りると︑
プレスの音が
してた︒

修の足元の寄り。工場の油でくすんだ床を、階段の最後の段から踏み出す安全靴。
工場の中。修のプレスの隣の機械で、新井が材料を入れ、足でペダルを踏む。
同じ時、修の止まったプレス。手を入れる所の前から外された透明の囲いの板が、機械の脇に立てかけてある。
機械の音の中、帽子のつばを握って振り向く新井の上半身。目は笑っていない。蛍光灯の白い光。

新井 航平:多賀さん

新井 航平:労災に
したら
監督署の人
聞きに来ますよね

多賀 修:何を

新井 航平:あのカバー

新井 航平:外したの
多賀さん
っすよね

修の顔の大写し。目を見開いて横を見たまま固まり、汗がひとすじ。後ろのプレスがぼける。

多賀 修:︙︙

第3話「うちは、小さいでよ」

つづく

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

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仕事のケガ。その後の暮らしは誰が守る?

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この話で分かること

会社が「治療代はうちで払うから労災にしないで」と言ったら?

仕事のけがで4日以上休む時、会社は労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)に労働者死傷病報告(ろうどうしゃししょうびょうほうこく)を出す義務があり、出さない・うその報告は労働安全衛生法で50万円以下の罰金です。労災になるかを決めるのは会社ではなく監督署で、会社が証明しなくても本人が請求できます(2026年10月時点)。

条件・例外

後遺症が残った時の補償(ほしょう)など、後になって出てくるお金もあります。迷った時は労働基準監督署の窓口に相談できます。

物語との違い

作中の会社・元請け・表彰・人物は創作です。

労働者死傷病報告(ろうどうしゃししょうびょうほうこく)とは?

仕事のけがなどで働く人が亡くなったり休んだりした時に、会社が労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)へ出す報告です。休みが4日以上なら遅れずに、4日未満なら3か月ごとにまとめて、電子の申請で出します。

会社が労災を嫌がるのはなぜ?

作中の社長のように、監督署の調べ・保険料(ほけんりょう)・取引先の目を心配する事があります。ただ、保険料が上がる仕組み(メリット制)が当たるのは一定より大きい会社で、労災保険(ろうさいほけん)から給付されると、会社は労働基準法(ろうどうきじゅんほう)の補償(ほしょう)の責任をその分だけ免れます。

条件・例外

メリット制の対象は、続けて3年度、労働者100人以上、または20人以上100人未満で一定の数以上の会社などです(2026年10月時点)。

この話の用語

休業補償(きゅうぎょうほしょう)と療養補償(りょうようほしょう)の義務漫画の中で見る
現実の事実仕事のけがの治療費(ちりょうひ)(療養補償)と、治療で休んで給料が出ない間の補償(ほしょう)(休業補償。平均賃金(へいきんちんぎん)の60%)は、労働基準法(ろうどうきじゅんほう)で会社が払う義務と決まっています。労災保険(ろうさいほけん)から同じ給付が出れば、会社はその分の義務を免れます(労働基準法第75条・第76条・第84条)。
平均賃金(へいきんちんぎん)漫画の中で見る
現実の事実会社が休業補償(きゅうぎょうほしょう)などを計算する時の1日あたりの賃金で、原則として、けがをした日の前の3か月間に払われた賃金の合計を、その期間の日数(にっすう)で割った額です。労災保険(ろうさいほけん)の給付基礎日額も、原則としてこの額です(労働基準法(ろうどうきじゅんほう)第12条。2026年10月時点)。
労働者死傷病報告(ろうどうしゃししょうびょうほうこく)漫画の中で見る
現実の事実仕事のけがなどで働く人が亡くなったり休んだりした時に、会社が労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)へ出す報告です。休みが4日以上なら遅れずに、4日未満なら3か月ごとにまとめて出し、今は電子の申請で出します。出さない・うその報告は、労働安全衛生法で50万円以下の罰金です(2026年10月時点)。
無災害(むさいがい)の表彰漫画の中で見る
現実の事実労働災害の無い日が続いた事を、元請けの会社や業界の団体が安全の取り組みとして表彰・掲示する事があります。法律で決まった物ではありません。数字を守るために報告を出さないと、労働者死傷病報告(ろうどうしゃししょうびょうほうこく)を出さない労災かくしになり、労働安全衛生法の罰則の対象です。
下請けと元請け漫画の中で見る
現実の事実大きな会社(元請け)から部品の加工などの仕事を受けて作る会社が下請けです。自動車の部品では、元請けの下に何段もの会社が連なる形がよく見られます。工場で働く人のけがの労災は、ふつうはその人を雇う会社の労災保険(ろうさいほけん)で扱います(建設の現場は元請けの労災保険で扱う決まりがあります)。

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あなた修が事務所を出た後、残った社長と文江がどんな話をしたかを描きたい

AI文江は、社長が怒鳴った後すぐに謝ったのを見て、社長も本当は迷っていると分かっています。壁の額を見上げたまま黙る社長に、文江が冷めたお茶を替えて出す、という小さな場面にできます。

あなたその時の文江のひと言を

AI文江「多賀さん、27年うちにおるでね」。

送る質問あらすじを踏まえて、次の話の展開を一緒に考えて

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この話のあらすじ

月曜の朝8時。工場の門で若手の新井が迎え、修は自分のプレスに囲いの板が付いていないのを見る。2階の事務所(じむしょ)で修は、空いたままの請求書(せいきゅうしょ)を社長の前に出し、「労災で出させてください」と頼む。社長は「治療代も休みの間の給料も、わしが全部出す。だで労災はこらえてくれんか」。修は一度「それなら誰も困らんのか」と思う。事務の文江が「4日より長く休んだら、会社は監督署に報告を出さなかん」と言いかけ、社長は机を叩いて立ち、すぐに「怒鳴る相手が違う」と謝る。壁の額は元請けからの「無災害(むさいがい)1,000日」の表彰で、8人の下請けはそれで仕事をもらっている。修の「もし指が戻らんかったら、それも全部ですか」に、社長は答えられない。修は1週間の時間をもらう。階段を下りると、新井が言う。「あのカバー、外したの、多賀さんっすよね」。

作者

人事のすみ

採用の面接から転職・退職まで、働く人と会社の両方の側から描いています。

この作品について

仕事でけがをした日から、治療費・休みの間のお金・後遺症・職場に戻るまでに、だれに何を言えば暮らしが守られるのか。会社との関係を保ったまま労災を使う段取りが、家族の目線でつかめます。

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