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第5話「先に出すのは、どれか」

夜の茶の間を下から見る。孫が長い模造紙を畳の上に勢いよく広げ、紙の端が丸まりながら転がって、絵の枠の下の線を越えて外へ出る。ちゃぶ台の向こうで老人がのけぞる。

バサッ

次の日の夜。茶の間。

元・造船所の配管工(77)門脇 勝治

大学1年(19)・祖父の孫門脇 汐里

門脇 勝治:おお
なんじゃ
これは

門脇 汐里:おじいちゃんの
年表

上から見た畳の上の模造紙。横に長い線が引かれ、写真・手帳・年金の記録の紙・台帳の写しが、線に沿って貼られている(字は読めない)。

〈汐里の年表〉1966年 凪浦船渠に入る(船の配管・保温)1983年 下請けの牧原配管へ(同じ船渠・同じ仕事。記録がつながった)1985年 汐田設備工業(ビルの配管・保温の取り外し)2004年 退職2026年 診断

門脇 勝治:わしの
38年が

門脇 勝治:畳1枚
か

門脇 汐里:これでも
足りない
くらい

門脇 汐里:ゆうべ
物置で
レンチ握ってた
でしょ

門脇 勝治:︙︙見とった
んか

第5話「先に出すのは、どれか」

次の診察の日︒
岩永先生の診察室︒

病院の診察室。女性医師が封筒(字は無い)を老人に差し出す。老人は帽子を膝に置き、軽く頭を下げる。

凪浦市民病院 呼吸器内科岩永 佐和

門脇 勝治:先生
出すことに
したけえ

岩永 佐和:︙︙そうですか

岩永 佐和:労災の
書類も
書きました

診断書(しんだんしょ)(石綿の病気の請求)の解説

現実の事実医師が病名と状態を証明する書類です。石綿の病気の労災・建設アスベスト給付金(きゅうふきん)・石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)の請求では、医師の診断の書類が要ります。制度ごとに決まった様式がある事があるので、主治医(しゅじい)に「どの制度に出すか」を伝えます。

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門脇 汐里:ありがとう
ございます

労働基準監督署の窓口の引き。カウンターに書類が並び、細面の職員が1枚ずつ指で示す。手前に老人と孫。白い蛍光灯。

凪浦労働基準監督署 労災の窓口椎葉 克也

門脇 汐里:どれから
出せば
いいですか

椎葉 克也:門脇さんは
働いて
吸われたので

椎葉 克也:まず
労災です

〈石綿の病気の制度と順番(例。2026年10月時点)〉1 労災保険(労働基準監督署) 仕事で吸った人。療養補償給付などは2年で時効2 建設アスベスト給付金(厚生労働省) 建設の仕事の分。診断の日などから20年。先に労災の決定を受けると、その情報で審査が早くなる場合がある3 石綿健康被害救済制度(環境再生保全機構) 労災などの対象にならない人

労災支給決定等情報提供(ろうさいしきゅうけっていとうじょうほうていきょう)サービスの解説

現実の事実石綿の病気で労災の支給の決定などを受けた人や遺族(いぞく)に、その決定の情報を出すサービスです。建設アスベスト給付金(きゅうふきん)を請求する時に使うと、認定の審査が早くなる場合があると、厚生労働省は案内しています。

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門脇 汐里:あ
救済制度は?

救済制度(きゅうさいせいど)の窓口(環境再生保全機構(かんきょうさいせいほぜんきこう))の解説

現実の事実石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)の申請を受け付けて、給付をする国の独立行政法人です。申請は機構へ直に出すほか、地方環境事務所(じむしょ)や保健所(ほけんじょ)でも受け付けています。相談は石綿救済相談ダイヤル(0120-389-931)。受付は平日で、土・日・祝日と年末年始(12月29日〜1月3日)は休みです。

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椎葉 克也:労災に
当たらない
方の
制度です

椎葉 克也:それで

職員の顔の寄り。一重の目を少し伏せ、老人に向かって静かに聞く。ペンを置いた手。

椎葉 克也:請求書は

椎葉 克也:どなたが
書かれますか

門脇 汐里:私が

門脇 勝治:︙︙わしが
書く

カウンターの上の寄り。老人の大きな荒れた手が、ボールペンを握って、書類の欄に1字ずつ書く。指が少し震える(字は読めない)。老人の顔の寄り。老眼鏡の奥で目を細め、額に汗が1すじ。

〈勝治が書いた仕事の中身〉1966年4月〜1983年3月 凪浦船渠 船の中の配管・保温材の取り付け1983年4月〜1985年5月 牧原配管(凪浦船渠の中) 同じ1985年6月〜2004年3月 汐田設備工業 ビルの天井裏の配管・古い保温材の取り外し

門脇 勝治:汐里

門脇 勝治:字を
見てくれ

窓口のそば、肩越しに見た孫の横顔(後ろに上の階への階段)。祖父の書いた書類を覗き込み、指で1行ずつなぞる。口元が少しゆるむ。

門脇 汐里:うん

門脇 汐里:読める

門脇 汐里:船の
番号まで
書いてある

門脇 勝治:段取りじゃ

下から見上げたカウンター。老人が両手で封筒を差し出し、職員が両手で受け取る。封筒の角が絵の枠の右の線を越えて外へ出る。

椎葉 克也:確かに
お預かり
します

カウンターの上の寄り。左から職員の手が、受け取った請求書に受付の印を押す。右に老人の大きな手が、まだ紙の端から離れずにある。

トン

椎葉 克也:調べには
時間が
かかります

椎葉 克也:お話を
伺いに
行く事も

労災の調べ(聞き取り(ききとり))の解説

現実の事実労災の請求を受けた労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)が、仕事が原因かどうかを確かめるためにする調べです。厚生労働省は、石綿を扱った場所がよく分からない場合でも、監督署が詳しく聞き取り、必要な調べをするとしています。本人に話を聞きに来る事もあります。

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請求書を出して︑
監督署の外へ︒

下から見上げた監督署の前の石段。曇りの空。背広の老人が空を見上げて大きく息を吐き、隣で孫が両手を上に伸ばす。

門脇 汐里:出したね

門脇 勝治:ああ

門脇 勝治:出した

その夜︒

夜の茶の間を上から見る。孫がアルバムに写真を戻している。老人は縁側で背を向けて座る。電灯の光。

門脇 汐里:あれ

古い写真の寄り(回想と同じセピア)。物干しの下で、手ぬぐいをかぶった若い頃の文代が、作業服を両手ではたき、白い粉が舞う。文代は笑っている。

門脇 汐里:これ
ばあちゃん?

門脇 勝治:文代じゃ

門脇 勝治:毎晩
わしの
作業着を
はたいて
くれた

孫の顔の寄り。写真を持ったまま、目を見開いて固まる。

門脇 汐里:毎晩
粉を
はたいてた
なら

仕事でない人の石綿(救済制度(きゅうさいせいど))の解説

現実の事実石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)は、日本の中で石綿を吸って指定の病気(中皮腫(ちゅうひしゅ)・石綿による肺がんなど)になった人と、その遺族(いぞく)が申請できる制度です。働いた人に限らないので、仕事でなく吸った人も、労災などの対象にならなければ、この制度を相談できます。

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門脇 汐里:ばあちゃんは

門脇 汐里:何の
病気で
亡くなったの?

縁側の老人の横顔の寄り。暗い庭を見たまま、口を結ぶ。電灯の光が背中から。

門脇 勝治:︙︙肺の
病気
としか

門脇 勝治:わしは
知らん
のじゃ

夜の茶の間の引き。開いたアルバムを挟んで、縁側の老人の背中と、畳に座ったまま写真を握る孫。2人の間に長い年表の紙。

第5話「先に出すのは、どれか」

つづく

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

お気に入りから外しますか?

昔の仕事が、今の病気に?

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この話で分かること

石綿(いしわた)の病気の制度は、どの順番で請求する?

仕事で石綿を吸った人は、まず労災保険(ろうさいほけん)を労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)に相談します。建設の仕事をした人は建設アスベスト給付金(きゅうふきん)も対象になる場合があり、厚生労働省は、先に労災の請求を考えるよう案内しています(労災の決定の情報で審査が早くなる場合がある)。石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)は、労災などの対象にならない人の制度です。

条件・例外

人によって当たる制度は違います。期限(労災の療養は2年、建設の給付金は診断の日などから20年)があるので、早めに相談してください。

労災支給決定等情報提供(ろうさいしきゅうけっていとうじょうほうていきょう)サービスとは?

石綿の病気で労災の支給の決定などを受けた人や遺族(いぞく)に、その決定の情報を出すサービスです。建設アスベスト給付金(きゅうふきん)の請求に使うと、認定の審査が早くなる場合があります。

家族が仕事着から石綿(いしわた)を吸った時も、救済の対象になる?

石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)は、日本の中で石綿を吸って指定の病気になった人と遺族(いぞく)が申請できる制度で、働いた人に限りません。労災などの対象にならない人が相談できます。

条件・例外

石綿によるかは、医学的な判定で決まります。相談は環境再生保全機構(かんきょうさいせいほぜんきこう)の石綿救済相談ダイヤル(0120-389-931)へ。

物語との違い

作中の人物・病院・役所の名前は創作です。

この話の用語

診断書(しんだんしょ)(石綿の病気の請求)漫画の中で見る
現実の事実医師が病名と状態を証明する書類です。石綿の病気の労災・建設アスベスト給付金(きゅうふきん)・石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)の請求では、医師の診断の書類が要ります。制度ごとに決まった様式がある事があるので、主治医(しゅじい)に「どの制度に出すか」を伝えます。
労災支給決定等情報提供(ろうさいしきゅうけっていとうじょうほうていきょう)サービス漫画の中で見る
現実の事実石綿の病気で労災の支給の決定などを受けた人や遺族(いぞく)に、その決定の情報を出すサービスです。建設アスベスト給付金(きゅうふきん)を請求する時に使うと、認定の審査が早くなる場合があると、厚生労働省は案内しています。
救済制度(きゅうさいせいど)の窓口(環境再生保全機構(かんきょうさいせいほぜんきこう))漫画の中で見る
現実の事実石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)の申請を受け付けて、給付をする国の独立行政法人です。申請は機構へ直に出すほか、地方環境事務所(じむしょ)や保健所(ほけんじょ)でも受け付けています。相談は石綿救済相談ダイヤル(0120-389-931)。受付は平日で、土・日・祝日と年末年始(12月29日〜1月3日)は休みです。
労災の調べ(聞き取り(ききとり))漫画の中で見る
現実の事実労災の請求を受けた労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)が、仕事が原因かどうかを確かめるためにする調べです。厚生労働省は、石綿を扱った場所がよく分からない場合でも、監督署が詳しく聞き取り、必要な調べをするとしています。本人に話を聞きに来る事もあります。
仕事でない人の石綿(救済制度(きゅうさいせいど))漫画の中で見る
現実の事実石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)は、日本の中で石綿を吸って指定の病気(中皮腫(ちゅうひしゅ)・石綿による肺がんなど)になった人と、その遺族(いぞく)が申請できる制度です。働いた人に限らないので、仕事でなく吸った人も、労災などの対象にならなければ、この制度を相談できます。

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あなた汐里が「私が」と言ったのに、勝治が「わしが書く」とペンを取った場面を考えたい

AI汐里が書けば早いけれど、勝治は38年の仕事を自分の字で残したかった、と読めます。震える指で船の番号まで書いた後の「字を見てくれ」は、孫に頼れるようになった一歩にもできます。

あなたその時の汐里の心の声を

AI汐里(心の声)「遅くてもいい。船の番号は、おじいちゃんしか知らない」。

送る質問あらすじを踏まえて、次の話の展開を一緒に考えて

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この話のあらすじ

汐里は、写真・手帳・年金の記録・台帳の写しを並べ、勝治の38年の仕事を1枚の年表にした。岩永医師は労災の書類を書く。監督署の椎葉は、働いて吸った勝治はまず労災で、建設の仕事の分は建設アスベスト給付金(きゅうふきん)(先に労災の決定を受けると審査が早くなる場合がある)、石綿健康被害救済制度(いしわたけんこうひがいきゅうさいせいど)は労災に当たらない人の制度だと話す。「請求書(せいきゅうしょ)はどなたが書かれますか」。勝治は「わしが書く」と言い、船の番号まで自分の字で書いて、汐里に「字を見てくれ」と頼む。請求書を出した帰り、勝治は大きく息を吐いた。その夜、汐里はアルバムの中に、物干しの下で勝治の作業着をはたく若い祖母・文代の写真を見つける。「ばあちゃんは何の病気で亡くなったの?」。勝治は「肺の病気としか、知らんのじゃ」と答える。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

石綿の病気がなぜ何十年もたって出るのか、昔の会社が無くても労災を相談できるのか、どの制度が使えるかは「いつ・どこで・どんな仕事を」で変わる事が、祖父と孫が仕事の記録をたどる中で分かってきます。期限のある物は、話の中で必ず出します。

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