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第4話「それは、わがままですか」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

小さな会議室を引いて。長机をはさんで、右の課長が両ひじをつき、組んだ手を口元に当てて身を乗り出している。左の七瀬が、メモ帳を両手で持ち、背筋を伸ばす。後ろにドアとホワイトボード、窓のブラインド。

営業部・営業事務(1年目)戸田 七瀬

営業部の課長大槻 光男

大槻 光男:で
俺は何を
変えれば
いい?

七瀬の顔の寄り。メモ帳を両手で持ち、不安そうに課長の方を見る。後ろにドアとホワイトボード。

戸田 七瀬:2つだけ
です

〈七瀬のメモ帳 頼みたい事〉1. 口で頼む時は、私が書き終わるまで、少し待つ2. 期限を1つ、言う

課長の顔の寄り。太い眉を上げ、拍子抜けした顔で、メモ帳を見下ろす。額に老眼鏡。

大槻 光男:︙︙それだけか

戸田 七瀬:それだけです

少し上から七瀬。会議室の長机で、肩の力が抜け、手元のメモ帳に目を落とす。

大槻 光男:ふん

大槻 光男:期限くらい
言える

会議室の出口。課長が手帳を持って先に立ち、背を向けてドアを開ける。七瀬は座ったまま、メモ帳を胸に抱えて課長の背中を見る。

戸田 七瀬:ありがとう
ございます

課長を少し下から。手帳を脇に挟み、ドアの前で肩越しに振り返る。

大槻 光男:礼は
金曜の
色見本で
いい

面談は︑
15分で終わった︒
「戸田!」は︑
一度も出なかった︒

第4話「それは、わがままですか」

営業部の島︒

営業部の机の島を少し高い所から。課長が色見本の紙の束を七瀬の机に置き、腕を組んで立ったまま待っている。七瀬は方眼のメモ帳に書いている。向かいの席から、ショートボブの若い女の営業が顔を上げて2人を見る。

バサッ

大槻 光男:戸田
色見本の
手配

大槻 光男:期限は
金曜の
15時

課長の胸から上。腕時計を見ながら黙って待っている。

戸田 七瀬:はい
書けました

上から七瀬と机。うつむいて、小さなメモ帳にペンを当てている。字は読めない。

大槻 光男:よし
頼んだ

向かいの席の若い女の営業の寄り。ペンを指に持ち、少し首をかしげて七瀬を見る。笑ってはいない。窓の外は昼の街。

営業部の営業(29)江波 梓

江波 梓:課長が
待ってあげる
んだ

江波 梓:戸田さん
だけ

課長を少し下から横向きで。向かいの声に顔を上げず、書類をめくる。窓の外は昼の街。

江波 梓:それって
特別扱い
じゃない?

障害者差別(しょうがいしゃさべつ)の禁止(職場(しょくば))の解説

現実の事実会社は、募集・採用・賃金・配置・昇進などで、障害を理由に、障害のない人と比べて不当に不利に扱ってはいけません(障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法 第34条・第35条)。一方、厚生労働省の指針では、合理的配慮(ごうりてきはいりょ)をした結果として扱いが違う事は、この差別の禁止に当たらないと整理しています。

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大槻 光男:江波
口より
手を
動かせ

七瀬の顔の寄り。メモ帳のペンを持ったまま、顔から血の気が引き、目を伏せる。

戸田 七瀬:やっぱり
私だけ
だめなんだ

課長に頼んだ2つは︑
わがままだったのかも
しれない︒

給湯室︒

給湯室。流し台の前で、七瀬が紙コップを両手で包んでうつむく。隣で沖が、方眼のメモ帳を開いたまま、ゆっくり七瀬の方へ顔を向ける。窓から昼の白い光。

戸田 七瀬:沖さん
私の頼み
わがまま
でしたか

給湯室。沖の顔の寄り。眼鏡の奥で少し考え、紙コップを持ったまま七瀬を見る。

同じ課の営業事務沖 晴彦

沖 晴彦:うーん

沖 晴彦:1つだけ
書きましょうか

真上から見た流し台の縁。沖の手が、方眼のメモ帳に四角い枠を描き、短い行を書いていく(字は読めない線)。横に七瀬の紙コップ。

沖 晴彦:合理的配慮
といいます

合理的配慮(ごうりてきはいりょ)(職場の)の解説

現実の事実障害のある人が働く上で困っている事を、本人の申し出を受けて、会社が話し合いながら取り除く工夫です。障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法で、2016年4月から全ての事業主(じぎょうぬし)の義務になりました(第36条の2・第36条の3)。対象は障害者手帳を持つ人に限られず、発達障害(はったつしょうがい)を含む、長く職業生活に制限を受ける人です。

手帳や診断書(しんだんしょ)がない時は?
厚生労働省の Q&A では、事業主の判断で配慮(はいりょ)をする時に、必ずしも手帳や医師の診断書がなくてもよい、としています。

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〈沖のメモ帳 合理的配慮〉障害のある人が申し出て、職場が話し合って決める工夫職場の決まり:障害者雇用促進法(2016年4月から)お店とお客の決まり:障害者差別解消法(2024年4月から)

戸田 七瀬:法律の
名前が
あるん
ですか

給湯室の流し台の前。紙コップを持った七瀬が、手前の沖のメモ帳をのぞき込む。

沖 晴彦:お客さんへの
配慮は
別の法律ですね

障害者差別解消法(しょうがいしゃさべつかいしょうほう)(2024年4月の義務化(ぎむか))の解説

現実の事実お店や会社がお客など外の人に対して、障害を理由に差別しない事を決めた法律です。2024年4月1日から、事業者による合理的配慮(ごうりてきはいりょ)の提供も努力義務から義務になりました。会社の中で働く人への配慮(はいりょ)は、この法律ではなく障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法で決まっています。

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給湯室のカウンター。沖の横顔。流し台の横に置いたメモ帳の1行を、ペン先で指す。横に紙コップ。

沖 晴彦:でも
どちらも
話し合いで
決めます

沖 晴彦:できない時も
ありますね

過重な負担(合理的配慮(ごうりてきはいりょ)の)の解説

現実の事実会社の合理的配慮には、事業主(じぎょうぬし)に「過重な負担」となる時は、しなくてよいという但し書きがあります(障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法 第36条の3)。過重かどうかは、仕事への影響・実現の難しさ・費用・会社の規模などで、会社が個別に判断します。その時も、本人と話し合い、ほかにできる工夫を探します。

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少し上から七瀬。給湯室の流し台の前に立ち、紙コップの中を見てうつむく。

戸田 七瀬:名前の付く
答えも
無いのに

沖 晴彦:名前が
付いても
付かなくても

給湯室。七瀬の顔の寄り。紙コップを両手で持って顔を上げ、目に少し光が戻る。

沖 晴彦:頼み方は
同じですね

沖 晴彦:何に困って
何があれば
できるか

戸田 七瀬:あ︙︙
そっか

沖 晴彦:困った時の
会社の
相談の窓口も
ありますね

障害のある働く人の相談の体制(職場の義務)の解説

現実の事実会社は、障害のある働く人から合理的配慮(ごうりてきはいりょ)などの相談を受け、きちんと応じるための体制(窓口・担当など)を整える義務があります(障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法 第36条の4)。社内で解決しない時は、都道府県(とどうふけん)労働局に助言・指導・勧告の援助や、調停を求められます(第74条の6・第74条の7)。

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給湯室の戸口から営業部の島の方を振り返る七瀬の横顔の寄り。紙コップを握る指に力が入り、何かを思いついた目。

戸田 七瀬:江波さんも
口で頼む人だ

戸田 七瀬:期限を
忘れられて
困ってた

夕方の︑
営業部の島︒

夕方の営業部の島。七瀬が、方眼の紙を切って作った小さな依頼の紙の束を、島の真ん中に置く。課長と向かいの江波が、身を乗り出してのぞく。江波の顔の寄り。白い紙を1枚つまんで見る。眉を寄せたまま、口の端だけ少し上がる。

戸田 七瀬:島の頼み事
この紙に
書きませんか

〈島の依頼の紙〉何を:いつまで:だれに:済んだら:線

七瀬を机の高さから。立って、依頼の紙の束を両手で向かいの席へ差し出す。

江波 梓:え
私も
書くの?

戸田 七瀬:私も
江波さんの
期限を
もう
忘れたく
ないので

七瀬の顔の寄り。依頼の紙の束を両手で押さえ、少し照れて江波を見る。夕方の白い光。

江波 梓:︙︙これ
私も
けっこう
助かるかも

課長の顔の寄り。依頼の紙を太い指でつまみ、眉を上げる。

大槻 光男:ふん
島で
やってみろ

大槻 光男:俺も
書く

課長の紙は︑
いちばん字が大きかった︒

夜︒給湯室︒

夜の給湯室。流し台の前に腰掛けた沖が、自分の方眼のメモ帳を手に、表紙の角の擦り切れた所を親指でなでている。入口に紙コップを持った七瀬が立つ。白い蛍光灯。

戸田 七瀬:沖さんは
頼み方
どこで
覚えたん
ですか

少し上から沖。夜の給湯室の椅子で、閉じたメモ帳を持つ手が止まる。

沖 晴彦:︙︙

夜の給湯室の入口。七瀬の顔の寄り。紙コップを持ち、沖のメモ帳に目を落とす。

戸田 七瀬:沖さんも
昔
頼んだん
ですか?

夜の給湯室。沖の顔の大写し。眼鏡の奥の目が七瀬からそれ、口を結んで黙る。メモ帳を持つ指に力が入る。白い蛍光灯。

沖 晴彦:︙︙

第4話「それは、わがままですか」

つづく

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AI江波は、自分も口で頼んで忘れられた事があり、「待ってもらえる人」が羨ましかった、とすると、依頼の紙を見て「私も助かるかも」と言い直した理由が見える場面にできます。

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この話で分かること

合理的配慮(ごうりてきはいりょ)とは? 職場(しょくば)でも義務?

障害のある人が働く上で困っている事を、本人の申し出を受けて、会社が話し合いながら取り除く工夫です。障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法で、2016年4月から全ての事業主(じぎょうぬし)の義務です(第36条の2・第36条の3)。対象は障害者手帳を持つ人に限られません。

条件・例外

何をするかは、本人と会社の話し合いで決まります。

2024年4月に義務化(ぎむか)された合理的配慮(ごうりてきはいりょ)とは?

障害者差別解消法(しょうがいしゃさべつかいしょうほう)の改正で、2024年4月1日から、お店や会社がお客など外の人へ合理的配慮をする事が義務になりました。会社の中で働く人への配慮(はいりょ)は、2016年から障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法の義務で、法律が違います。

合理的配慮(ごうりてきはいりょ)とわがままの違いは?

合理的配慮は、困っている事を本人が申し出て、会社と話し合い、過重な負担にならない範囲で決める工夫です。一方的(いっぽうてき)な要求ではなく、話し合いで決まる点が違います。

条件・例外

会社に過重な負担となる時はしなくてよい決まりですが、その時もほかの工夫を話し合います。

物語との違い

作中の七瀬の頼み(書き終わるまで待つ・期限を1つ言う)は、名前の付く答えの無い1年目の職場の工夫の一つの例です。

職場(しょくば)で配慮(はいりょ)を頼んで断られたら、どこに相談する?

会社には、障害のある働く人の相談に応じる体制を作る義務があります(第36条の4)。社内で解決しない時は、都道府県(とどうふけん)労働局に助言・指導・勧告などの援助や調停を求められます(第74条の6・第74条の7)。

この話の用語

障害者差別(しょうがいしゃさべつ)の禁止(職場(しょくば))漫画の中で見る
現実の事実会社は、募集・採用・賃金・配置・昇進などで、障害を理由に、障害のない人と比べて不当に不利に扱ってはいけません(障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法 第34条・第35条)。一方、厚生労働省の指針では、合理的配慮(ごうりてきはいりょ)をした結果として扱いが違う事は、この差別の禁止に当たらないと整理しています。
合理的配慮(ごうりてきはいりょ)(職場の)漫画の中で見る
現実の事実障害のある人が働く上で困っている事を、本人の申し出を受けて、会社が話し合いながら取り除く工夫です。障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法で、2016年4月から全ての事業主(じぎょうぬし)の義務になりました(第36条の2・第36条の3)。対象は障害者手帳を持つ人に限られず、発達障害(はったつしょうがい)を含む、長く職業生活に制限を受ける人です。
障害者差別解消法(しょうがいしゃさべつかいしょうほう)(2024年4月の義務化(ぎむか))漫画の中で見る
現実の事実お店や会社がお客など外の人に対して、障害を理由に差別しない事を決めた法律です。2024年4月1日から、事業者による合理的配慮(ごうりてきはいりょ)の提供も努力義務から義務になりました。会社の中で働く人への配慮(はいりょ)は、この法律ではなく障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法で決まっています。
過重な負担(合理的配慮(ごうりてきはいりょ)の)漫画の中で見る
現実の事実会社の合理的配慮には、事業主(じぎょうぬし)に「過重な負担」となる時は、しなくてよいという但し書きがあります(障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法 第36条の3)。過重かどうかは、仕事への影響・実現の難しさ・費用・会社の規模などで、会社が個別に判断します。その時も、本人と話し合い、ほかにできる工夫を探します。
障害のある働く人の相談の体制(職場の義務)漫画の中で見る
現実の事実会社は、障害のある働く人から合理的配慮(ごうりてきはいりょ)などの相談を受け、きちんと応じるための体制(窓口・担当など)を整える義務があります(障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法 第36条の4)。社内で解決しない時は、都道府県(とどうふけん)労働局に助言・指導・勧告の援助や、調停を求められます(第74条の6・第74条の7)。

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この話のあらすじ

試用期間(しようきかん)の面談で、戸田 七瀬は課長の大槻に「口で頼む時は書き終わるまで待つ」「期限を1つ言う」の2つだけを頼み、課長は「期限くらい言える」と受ける。次の日、課長が七瀬の席で待って期限を言うのを見た向かいの営業・江波 梓が「戸田さんだけ。それって特別扱いじゃない?」。わがままだったのかと沈む七瀬に、沖は給湯室でメモ帳に「合理的配慮(ごうりてきはいりょ)」を書く。職場の決まりは障害者(しょうがいしゃ)雇用促進法、お客への配慮(はいりょ)は障害者差別解消法(しょうがいしゃさべつかいしょうほう)で、どちらも話し合いで決め、過重な負担ならできない時もある。名前が付いても付かなくても、頼み方は同じ――何に困って、何があればできるか。夕方、七瀬は島の全員の頼み事を「何を・いつまで・だれに」の紙に書く案を出し、江波は「これ、私も助かるかも」。夜、擦り切れたメモ帳の角をなでる沖に、七瀬は聞く。「沖さんも、昔、頼んだんですか?」

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

同じミスが続く時に、手順を紙に書き出すような職場の工夫と、つらい時に頼れる先を、1年目の目線で拾っていけます。

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