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第1話「父の時計」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

夕方の古い質店の帳場。右で、背広の50代の男性が、止まった腕時計をガラスのケースの上にそっと置く。左で、ケースの向こうの若い女性の店員が身を乗り出す。

閉店の︑5分前︒

宮坂 修一:すみません

宮坂 修一:これ
いくらに
なりますか

久遠 すず:は︑はい

若い女性の店員の寄り。首から片目のルーペを下げたまま、目を泳がせて汗をかいている。

久遠質店(継いで3か月)久遠 すず

久遠 すず:えっと︙︙
1人で値を
付けるの
初めてだ

〈今月の帳場〉すずが1人で値を付けた品:0件月末まで:あと9日10件に届かなければ、店を閉める

久遠 すず:じいちゃん
お客さん︙︙

帳場の奥の︑畳の部屋︒

帳場の奥の薄暗い畳の部屋。腰に湿布を貼った白髪の老人が、布団に横になったまま片目だけ開けている。

久遠質店の店主(質屋60年)久遠 徳次

久遠 徳次:すずが
見ろ

久遠 すず:えっ
1人で!?

久遠 徳次:品は
うそを
つかん

久遠 徳次:見たまま
言えばいい

すずが片手でルーペを片目に当て、もう片方の手で腕時計を目の高さに持ち上げる。ルーペを持つ手が、絵の枠の左の線に掛かる。

久遠 すず(つぶやき):あ︙︙
これ
知ってる

すずは3か月前まで︑
百貨店の時計売り場に
いた︒

久遠 すず:いい時計
ですね

久遠 すず:新品なら
40万円
くらいの︙︙

宮坂 修一:えっ
そんなに

背広の50代の男性の寄り。驚いた顔のまま、手の中の時計に目を落とす。

客(52歳・会社員)宮坂 修一

宮坂 修一:父の
敏夫の
形見なんです

形見と相続の解説

現実の事実亡くなった人の持ち物は、亡くなった時から相続人に受け継がれます(民法第896条)。相続人が何人もいる時は、分けるまで、持ち物はその人たちの共有です(第898条)。形見を売ったり質に入れたりする前に、ほかの相続人がいれば話しておくと、後で困りません。

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宮坂 修一:先月
亡くなって

宮坂 修一:売って
いいんですかね

久遠 すず:え︙︙

久遠 すず:そういうの
聞くの
苦手だ︙︙

久遠 すず:あ︑えっと
値段を
先に

黒い布の上の、丸い銀色の腕時計の寄り。針は止まり、ガラスに細い傷。電気スタンドの小さな光。

〈この時計〉型:1980年代の自動巻き動くか:止まっている箱・保証書:無いガラス:細い傷

久遠 すず:止まってるし
箱も
無い︙︙

〈買取の値〉3万8,000円

久遠 すず:買取なら
これくらい
です

買取と古物商(こぶつしょう)の許可の解説

現実の事実中古の品を買い取って売る商売は、古物営業法で、都道府県の公安委員会の許可を受けなければなりません。許可を受けた店(古物商)は、買い取る時に相手の住所・氏名・職業・年齢を確かめます。古物営業法は1949年(昭和24年)にできた法律で、盗まれた品が売り買いされるのを防ぐための決まりです。

出典

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宮坂 修一:40万が
3万︙︙

ガラスのケースをはさんで、左ですずがメモ用紙を差し出したまま固まる(紙の字は読めない線)。右で背広の男性の肩が落ちる。

宮坂 修一:やっぱり
いいです

宮坂 修一:すみません
遅くに

帰りかけて、店の中で立ち止まる男性。差し出した手のひらに時計をのせたまま、革のベルトが手から垂れる。

久遠 徳次(画面の外の声):売らんでも
いい

久遠 すず:じ
じいちゃん

帳場の奥の戸口に、紺の半纏の老人が柱に手をついて立つ。もう片方の手は腰。目だけが鋭い。

久遠 徳次:質に
置いていけ

質屋(しちや)の解説

現実の事実品物を預かって(質に取って)お金を貸す店です。決めた期限(流質期限(りゅうしちきげん))までに、借りたお金と利息を返せば品物は戻り、返さなければ品物は質屋の物になります(質流れ)。品物を売ってお金を受け取る買取とは違い、質は「借りる」形です。

質の利息は、どれくらい?
利率は店ごとに決まり、店の中の見やすい所に掲示されています(質屋営業法第16条)。上限は質屋営業法の特例で年109.5%(1日0.3%)と、ふつうの貸金より高く決められています(第36条)。質屋営業法は1950年(昭和25年)にできた法律です。

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宮坂 修一:しち︙︙?

久遠 すず:あ︙︙
預けるって
事です

〈質と買取の違い〉買取:品を売る。お金は返さない質:品を預けて、お金を借りる期限までに返せば、品は戻る返さなければ、品は店の物(質流れ)

久遠 すず:3か月
考えてから
決めても
いいんです

流質期限(りゅうしちきげん)の解説

現実の事実質に入れた品物を、借りたお金と利息を返して取り戻せる期限です。質屋営業法で、質の契約の日から3か月より短くは決められません(品を扱う商売の人が、その品を質に入れる時は1か月)。期限と利率は店の中に掲示されています。

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宮坂 修一:3か月︙︙

背広の男性の寄り。肩の力が抜け、目に涙がにじむ。手のひらの時計を見ている。

宮坂 修一:︙︙正直
売りたく
なかったんです

久遠 すず:あの
言いにくいん
ですけど

久遠 すず:身分証を
見せて
もらえますか

買取や質の本人確認(ほんにんかくにん)の解説

現実の事実買取の店(古物商(こぶつしょう))は、品物を買い取る時などに、相手の住所・氏名・職業・年齢を確かめる事が古物営業法で決められています。質屋も、質に取る時に同じ事を確かめます(質屋営業法)。盗まれた品が売られるのを防ぐためで、盗品の疑いがある時は警察に知らせます。

出典

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宮坂 修一:あ︑はい
免許証で

ガラスのケースの上で、左のすずが両手で細長い質札を差し出し、右の男性が受け取る。質札の端が、絵の枠の下の線を越えて手前へ出る(質札の字は読めない線)。

〈質札〉品:腕時計 1本貸したお金:3万円流質期限:3か月後

質札(しちふだ)の解説

現実の事実質屋がお金を貸す時に、預かった品(質物)の預かり証として客に渡す札です。質屋は質の契約をしたら質札か通帳を渡さなければならず(質屋営業法第15条)、客は流質期限(りゅうしちきげん)の前なら、いつでも元金と利息を返し、質札を返して品を受け戻せます(第17条)。

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宮坂 修一:また
来ます

久遠 すず:お待ち
してます

質で︑3万円︒
すずが1人で付けた︑
最初の値︒

商店街へ開く質店の戸口。背広の男性が、胸のポケットを片手で押さえ、うつむいて頭を下げる。戸の上の小さな鈴が揺れる。

久遠 徳次:値より先に
客の顔を
見たな

帳場。左で、すずが胸の前で両手を握って照れ笑いする。右で、老人が胸を張ろうとして、腰を押さえて顔をしかめる。

久遠 すず:だって︙︙
見ちゃった
から

久遠 徳次:いてて

〈今月の帳場〉すずが1人で値を付けた品:1件月末まで:あと9日

閉店の後︒

細い横の帯の寄り。銀縁の眼鏡の奥で、大きく見開かれる若い女性の目。電気スタンドの光の輪の中の、腕時計の裏ぶたの寄り。布でふいた金属に、細い字の刻印が光る(字は読めない細い線)。

しまう前に︑
裏ぶたを拭いた︒

久遠 すず:え︙︙

〈裏ぶたの刻印〉S.K へ 1985.4

久遠 すず:敏夫さん
なら︙︙
T.M のはず

久遠 すず:頭文字が
違う

久遠 徳次:その時計
見せてみろ

電気スタンドの光の中で、老人が片目にルーペを当てたまま目を見開く。もう片方の手に腕時計。まわりはセピアの暗がり。

久遠 徳次:この時計︙︙

久遠 徳次:前に一度
うちに
来とる

第1話「父の時計」

つづく

次の話 10月31日(土)更新

原作・脚本
地番堂
作画
地番堂

制作に生成 AI を使用(生成 AI の使い方)

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あなた刻印の「S.K」を祖父が知っていた次の朝、すずが帳面の棚を開ける場面を考えたい

AI祖父が先に棚の前に座っているか、すずが1人で古い帳面を探すかで、2人の間の秘密の重さが変わります。昭和60年の帳面の背表紙だけ、手ずれで色が違う絵にすると、読む人の目が止まります。

あなた祖父が先に座っている形で、最初の台詞を

AI徳次「……早いな」。すず「じいちゃんこそ」。絵:朝の光の届かない帳場の奥、古い帳面の棚の前に正座する祖父の背中。

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この話で分かること

質屋(しちや)とは? 買取とどう違う?

質屋は、品物を預かって(質に取って)お金を貸す店です。決めた期限(流質期限(りゅうしちきげん))までに借りたお金と利息を返せば品物は戻り、返さなければ品物は質屋の物になります(質流れ)。買取は、品物を売ってお金を受け取る形で、お金を返す事も品物が戻る事もありません。

条件・例外

質で借りられる額・利率・期限は店ごとに決まっていて、店の中に掲示されています。

時計の買取の値は、何で決まる?

時計の型と作られた年、今の中古の相場、動くかどうか、傷、箱や保証書などの付属品で決まる事が多いです。新品の値段(定価)とは別の物で、同じ型でも状態で大きく変わります。

条件・例外

値の付け方は店と時期によって違います。何軒かで聞いてから決める人もいます。

物語との違い

作中の「新品なら40万円」「買取 3万8,000円」「質で3万円」は作中の店の値です。

動かない時計も売れる?

止まっている時計でも、値が付く事があります。直す費用の見込みを引いた値になる事が多く、部品として買い取る店もあります。

条件・例外

動かない時計を買い取るかどうか、いくらになるかは店によって違います。

質の期限(流質期限(りゅうしちきげん))は、どれくらい?

質屋営業法で、流質期限は質の契約の日から3か月より短く決めてはいけない事になっています(品を扱う商売の人が、その品を質に入れる時は1か月)。期限までに借りたお金と利息を返せば、品物は戻ります。

条件・例外

期限の長さや、利息を払って期限を延ばせるかは店ごとの決まりです。店の掲示と質札で確かめてください。

売る時・質に入れる時に、身分証が要るのはなぜ?

買取の店(古物商(こぶつしょう))は、品物を買い取る時などに、相手の住所・氏名・職業・年齢を確かめる事が古物営業法で決められています。質屋も、質に取る時に同じ事を確かめます(質屋営業法 第12条)。盗まれた品が売られるのを防ぐためです。

この話の用語

形見と相続漫画の中で見る
現実の事実亡くなった人の持ち物は、亡くなった時から相続人に受け継がれます(民法第896条)。相続人が何人もいる時は、分けるまで、持ち物はその人たちの共有です(第898条)。形見を売ったり質に入れたりする前に、ほかの相続人がいれば話しておくと、後で困りません。
買取と古物商(こぶつしょう)の許可漫画の中で見る
現実の事実中古の品を買い取って売る商売は、古物営業法で、都道府県の公安委員会の許可を受けなければなりません。許可を受けた店(古物商)は、買い取る時に相手の住所・氏名・職業・年齢を確かめます。古物営業法は1949年(昭和24年)にできた法律で、盗まれた品が売り買いされるのを防ぐための決まりです。
質屋(しちや)漫画の中で見る
現実の事実品物を預かって(質に取って)お金を貸す店です。決めた期限(流質期限(りゅうしちきげん))までに、借りたお金と利息を返せば品物は戻り、返さなければ品物は質屋の物になります(質流れ)。品物を売ってお金を受け取る買取とは違い、質は「借りる」形です。
流質期限(りゅうしちきげん)漫画の中で見る
現実の事実質に入れた品物を、借りたお金と利息を返して取り戻せる期限です。質屋営業法で、質の契約の日から3か月より短くは決められません(品を扱う商売の人が、その品を質に入れる時は1か月)。期限と利率は店の中に掲示されています。
買取や質の本人確認(ほんにんかくにん)漫画の中で見る
現実の事実買取の店(古物商(こぶつしょう))は、品物を買い取る時などに、相手の住所・氏名・職業・年齢を確かめる事が古物営業法で決められています。質屋も、質に取る時に同じ事を確かめます(質屋営業法)。盗まれた品が売られるのを防ぐためで、盗品の疑いがある時は警察に知らせます。
質札(しちふだ)漫画の中で見る
現実の事実質屋がお金を貸す時に、預かった品(質物)の預かり証として客に渡す札です。質屋は質の契約をしたら質札か通帳を渡さなければならず(質屋営業法第15条)、客は流質期限(りゅうしちきげん)の前なら、いつでも元金と利息を返し、質札を返して品を受け戻せます(第17条)。

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この話のあらすじ

商店街の角の久遠質店。百貨店の時計売り場をやめて祖父の店を継いだ久遠 すず(25)は、月末までに1人で10件の値を付けられなければ店を閉める、と祖父の徳次に言われている。閉店の5分前、宮坂 修一(52)が、先月亡くなった父・敏夫の止まった腕時計を持ち込み、「売って、いいんですかね」と聞く。すずは新品なら40万円ほどの時計だと分かるが、止まっていて箱も保証書も無く、買取の値は3万8,000円。帰りかけた宮坂に、奥で寝ていた徳次が「質に、置いていけ」と言う。すずは、質なら3か月考えてから決められると伝え、宮坂は時計を質に置く。すずの1件目。閉店の後、すずが時計の裏ぶたを拭くと、刻印は「S.K へ 1985.4」。父の名前の頭文字ではなかった。徳次は「この時計、前に一度、うちに来とる」と言う。

作者

地番堂

土地と建物の値の決まり方、質の品の値付け、賃貸の退去の費用の分け方を、異世界やダンジョン、商店街の物語にして描いています。

この作品について

持ち込まれた品の値がどこで決まるのか、質に入れるのと売るのでは何が違うのかを、品と持ち主の事情の両方から味わえます。

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