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第5話「沖さんの、メモ帳」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

夜の給湯室。流し台の前で、沖が眼鏡を外し、指で目頭を押さえる。縁の方眼のメモ帳の上に眼鏡。入口で七瀬が黄色いカップを持ち、立ったまま待つ。白い蛍光灯。

沖 晴彦:︙︙前の会社で
頼みました

夜の給湯室。沖の横顔の寄り。眼鏡をかけ直し、流し台を見たまま、静かに話し始める。白い蛍光灯。

沖 晴彦:書き終わるまで
待って
ください
って

戸田 七瀬:それで︙︙?

夜の給湯室。沖の顔の寄り。眼鏡のつるに指を掛け、口の端だけで小さく笑う。目は笑っていない。

沖 晴彦:特別扱いは
できないって

沖 晴彦:困る理由は
自分でも
分からなくて

七瀬の胸から上。黄色いカップを両手で包み、横に立つ沖を見る。

沖 晴彦:半年で
辞めました

戸田 七瀬:そんな︙︙

寄り。流し台の縁の方眼のメモ帳。擦り切れた角を、沖の親指がなでる。奥に黄色いカップ。

沖 晴彦:辞めてから
病院へ
行きました
4年前です

戸田 七瀬:あ︙︙
「僕も
行きました」

沖さんのメモ帳の角は︑
4年分︑擦り切れていた︒

七瀬の顔の寄り。沖の言葉を聞いて、メモ帳を胸に抱えたまま唇をかむ。

戸田 七瀬:今の会社には
言ったん
ですか

沖 晴彦:言って
入りました

沖を少し下から。片手に黄色いカップを持ち、眼鏡をかけ直して、まっすぐ七瀬を見る。手前に七瀬の背中。

沖 晴彦:手帳を
取ってから

精神障害者保健福祉手帳(せいしんしょうがいしゃほけんふくしてちょう)の解説

現実の事実精神の障害のために、長く日常生活や社会生活に制約がある人が受けられる手帳です。発達障害(はったつしょうがい)も対象に含まれ、等級は1〜3級です。住んでいる市区町村(しくちょうそん)を通して都道府県(とどうふけん)(政令市)に申請し、有効期限は2年で、続ける時は2年ごとに更新します。

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沖 晴彦:会社には
雇用率の
決まりも
ありますね

障害者(しょうがいしゃ)の法定雇用率(ほうていこようりつ)の解説

現実の事実会社が働く人の数に対して、障害のある人を何%以上雇うかの決まりです。民間の会社は2024年4月から2.5%、2026年7月から2.7%になり、37.5人以上の会社に1人以上の義務があります(2026年10月時点)。雇用率に数えるのは、障害者手帳を持つ人などです。

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第5話「沖さんの、メモ帳」

次の朝の︑
営業部の島︒

朝の営業部の島。沖が自分の方眼のメモ帳のいちばん最初のページを開き、隣で頬杖をつく七瀬に見せる。ページに四角い枠が並ぶ(字は無い)。窓の白い朝の光。

沖 晴彦:入って
最初の3か月
会社に
人が
来てくれ
ました

戸田 七瀬:人?

七瀬の顔の寄り。聞き返すように首をかしげる。朝の光。

沖 晴彦:ジョブコーチ

ジョブコーチ(職場適応援助者(しょくばてきおうえんじょしゃ))の解説

現実の事実障害のある人が職場になじめるよう、職場に来て本人と会社の両方を手伝う人です。本人には仕事のミスを減らす工夫や人づきあい、会社や同僚には障害の理解と配慮(はいりょ)の仕方を助言し、必要なら仕事の分け方も提案します。支援の期間は、標準的に2〜4か月です。

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沖さんの
「書きましょうか」は︑
その人から
始まっていた︒

沖の手元の寄り。開いたメモ帳のページの四角い枠を、指でなぞる。朝の光の縞が机に落ちる。

沖 晴彦:職業センター
から
来た人で

地域障害者職業センター(ちいきしょうがいしゃしょくぎょうせんたー)の解説

現実の事実障害のある人の仕事の相談・職業の評価・職場の支援などをする、国の機関(高齢・障害・求職者雇用支援機構)の窓口で、各都道府県(とどうふけん)にあります。ジョブコーチを職場に送る支援も、ここが計画して行います。

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沖 晴彦:1週間
僕の隣に
座って

少し上から沖。自分の席で、メモ帳のページをそっと閉じて笑う。

沖 晴彦:課長にも
僕の頼み方を
通訳して
くれました

戸田 七瀬:課長に
通訳︙︙

七瀬の背中越しに見る、島の奥の課長の席。課長が額に老眼鏡をのせたまま、卓上カレンダーに赤い丸を付けている。

沖 晴彦:「期限を
1つ言う」も
その時
課長に

七瀬の顔の寄り。目を丸くして、遠くの課長の席と沖の顔を見比べる。口が少し開く。

戸田 七瀬:だから
「期限くらい
言える」︙︙

戸田 七瀬:あの
カレンダーの
丸も︙︙

沖の胸から上。自分の席で頬杖をつき、遠くの課長の席の方へ目をやる。

沖 晴彦:その時から
ですね

沖 晴彦:最初は
カウンセラーの
人と
計画を
立てて

障害者職業(しょうがいしゃしょくぎょう)カウンセラーの解説

現実の事実地域障害者職業センターにいる、障害のある人の仕事の相談の専門の人です。ジョブコーチの支援の時は、本人と会社の両方と話して職場の様子をつかみ、両方の同意を得て支援の計画を作ります。

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15時50分︒

営業部の島を低い所から。沖が引き出しの奥に手を入れて探り、もう片手でズボンのポケットを探る。いつも平らな顔が強ばっている。

ガサガサ

沖 晴彦:メモ帳が
ない

沖 晴彦:印刷所に
置いてきた︙︙

七瀬を少し下から。席から顔を上げ、横に立つ沖を驚いて見上げる。窓の外は昼の空。

戸田 七瀬:えっ

沖の顔の大写し。眼鏡がずれ、額に汗。顔に驚きの縦線。

沖 晴彦:今日の
締め切りが
分からない

怒らない沖さんが︑
初めて︑慌てていた︒

七瀬が席から身を乗り出し、島の真ん中の依頼の紙の束を両手で差し出す。紙の束が絵の枠の下へはみ出す。

戸田 七瀬:沖さん
これ

沖の顔の寄り。目の前に差し出された紙の束を見て、息を止める。

戸田 七瀬:島の頼み事
全部
ここに
あります

〈島の依頼の紙 だれに:沖〉何を:見積もりの返事 いつまで:今日16時30分何を:色見本の発送 いつまで:明日何を:請求の確認 いつまで:金曜

向かいの席から江波が自分の依頼の紙を1枚引き抜き、身を乗り出して沖に差し出す。

江波 梓:私の紙にも
沖さんの分
ある

真上から机。七瀬の両手が、箱に立てた依頼の紙(字は読めない)を次々にめくり、1枚を抜く。

江波 梓:見積もりの
返事
今日の
16時半

沖が依頼の紙を1枚持ち、七瀬の指が今日の行を指す寄り(字は読めない線)。2人とも紙を見つめる。

沖 晴彦:16時半︙︙
間に合う

16時28分︑
沖さんの返事は︑
印刷所に届いた︒

島の席。沖が七瀬の方へ身をかがめて、深く頭を下げる。七瀬は依頼の紙の束を抱えたまま、照れて沖を見る。

沖 晴彦:戸田さん
助かりました

戸田 七瀬:書く所を
1つにしただけ
です

七瀬の顔の寄り。少し照れて笑う。

戸田 七瀬:沖さんに
教わったので

沖 晴彦:教わったのは
僕も
同じですね

怒らない人も︑
忘れる人だった︒
書く所を︑
人に渡せる人だった︒

夕方︒

上から見た夕方の島。課長が沖の席の横に立ち、話しかける。沖が椅子から腰を上げる。離れた席から七瀬が見ている。窓の外は夕方の空。

営業部の課長大槻 光男

大槻 光男:沖

少し上から沖。席で手を止め、横に立つ課長の方を見上げる。

大槻 光男:明日の朝9時
部長室に
来てくれ

大槻 光男:人事の
話だ

課長を少し下から。依頼の紙を手に、太い眉の下の目は読めない。窓の外は夕方の空。

大槻 光男:メモ帳
持ってこいよ

沖の顔の寄り。返事をする前に、一瞬だけ、机の上の空いた場所(いつもメモ帳がある所)を見る。窓の外は夕方の空。

沖 晴彦:︙︙はい

七瀬の顔の寄り。メモ帳の新しい行の上でペンが止まり、奥の席の沖の背中を見ている。窓の外は夕方の空。

沖さんの机の︑
メモ帳の場所は︑
まだ空いていた︒

明日の朝︑
9時︒

第5話「沖さんの、メモ帳」

つづく

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あなた沖が前の会社で頼みを断られた時の、沖の側の気持ちを考えたい

AI沖は、病気の事を言わずに「待ってください」とだけ頼んだので、断られても理由を言い返せず、黙って工夫を1人で抱えた、とすると、メモ帳の角が擦り切れるほど書き続けた理由が見える場面にできます。

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この話で分かること

ジョブコーチ(職場適応援助者(しょくばてきおうえんじょしゃ))とは?

障害のある人が職場になじめるよう、職場に来て本人と会社の両方を手伝う人です。本人には仕事の工夫や人づきあい、会社や同僚には障害の理解と配慮(はいりょ)の仕方を助言します。支援の期間は標準的に2〜4か月です。

条件・例外

地域障害者職業(しょうがいしゃしょくぎょう)センターから来る形のほか、福祉の法人から来る形や、会社の社員が務める形もあります。

ジョブコーチの支援は、どこに頼む?

都道府県(とどうふけん)ごとにある地域障害者職業(しょうがいしゃしょくぎょう)センターに相談します。センターの障害者職業カウンセラーが本人と会社の両方と話し、両方の同意を得て支援の計画を作り、計画に沿ってジョブコーチが職場に来ます。

精神障害者保健福祉手帳(せいしんしょうがいしゃほけんふくしてちょう)は、発達障害(はったつしょうがい)でも取れる?

発達障害も手帳の対象に含まれます。住んでいる市区町村(しくちょうそん)を通して都道府県(とどうふけん)(政令市)に申請し、有効期限は2年です。

条件・例外

取れるかと等級は、医師の診断書(しんだんしょ)などで判定されます。

障害者(しょうがいしゃ)の法定雇用率(ほうていこようりつ)は?

民間の会社は2024年4月から2.5%、2026年7月から2.7%です(2026年10月時点)。37.5人以上の会社に、障害のある人を1人以上雇う義務があります。

この話の用語

精神障害者保健福祉手帳(せいしんしょうがいしゃほけんふくしてちょう)漫画の中で見る
現実の事実精神の障害のために、長く日常生活や社会生活に制約がある人が受けられる手帳です。発達障害(はったつしょうがい)も対象に含まれ、等級は1〜3級です。住んでいる市区町村(しくちょうそん)を通して都道府県(とどうふけん)(政令市)に申請し、有効期限は2年で、続ける時は2年ごとに更新します。
障害者(しょうがいしゃ)の法定雇用率(ほうていこようりつ)漫画の中で見る
現実の事実会社が働く人の数に対して、障害のある人を何%以上雇うかの決まりです。民間の会社は2024年4月から2.5%、2026年7月から2.7%になり、37.5人以上の会社に1人以上の義務があります(2026年10月時点)。雇用率に数えるのは、障害者手帳を持つ人などです。
ジョブコーチ(職場適応援助者(しょくばてきおうえんじょしゃ))漫画の中で見る
現実の事実障害のある人が職場になじめるよう、職場に来て本人と会社の両方を手伝う人です。本人には仕事のミスを減らす工夫や人づきあい、会社や同僚には障害の理解と配慮(はいりょ)の仕方を助言し、必要なら仕事の分け方も提案します。支援の期間は、標準的に2〜4か月です。
地域障害者職業センター(ちいきしょうがいしゃしょくぎょうせんたー)漫画の中で見る
現実の事実障害のある人の仕事の相談・職業の評価・職場の支援などをする、国の機関(高齢・障害・求職者雇用支援機構)の窓口で、各都道府県(とどうふけん)にあります。ジョブコーチを職場に送る支援も、ここが計画して行います。
障害者職業(しょうがいしゃしょくぎょう)カウンセラー漫画の中で見る
現実の事実地域障害者職業センターにいる、障害のある人の仕事の相談の専門の人です。ジョブコーチの支援の時は、本人と会社の両方と話して職場の様子をつかみ、両方の同意を得て支援の計画を作ります。

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この話のあらすじ

沖 晴彦は七瀬に、前の会社で「書き終わるまで待ってください」と頼み、病気の事は言っていなかったので「特別扱いはできない」と断られ、半年で辞めたと話す。今の会社には手帳を取ってから、言って入った。会社には障害のある人を雇う雇用率の決まりもある。次の朝、沖はメモ帳の最初のページの四角い枠の型を見せる。最初の3か月、地域障害者職業(しょうがいしゃしょくぎょう)センターから来たジョブコーチが、沖の頼み方を課長にも通訳してくれた。課長の卓上カレンダーの丸も、その時から。15時50分、沖がメモ帳を印刷所に置き忘れ、今日の締め切りが分からなくなる。七瀬は島の依頼の紙の束から沖の分を出し、16時30分の見積もりの返事に間に合う。夕方、課長が沖に言う。「明日の朝9時、部長室に来てくれ。人事の話だ」。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

同じミスが続く時に、手順を紙に書き出すような職場の工夫と、つらい時に頼れる先を、1年目の目線で拾っていけます。

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