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第3話「上がった物は、買わない」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

雨の降り出した夜の市場の通路。仲卸の店先に積まれたキャベツの段ボールの前で、紺の前掛けの若い女性が、段ボールの手書きの値札(読める字は無い)を見て目を見開いている。風で屋根のシートがあおられる。

台風が来る前の、午前3時50分。八百坂の仕入れで、卸売市場。

トモエマート 坂上店の青果の契約社員(24)小谷 菜摘

小谷 菜摘:倍!?

〈丸辰のキャベツ 1ケース〉きのう 1,200円今朝 2,400円

小谷 菜摘:キャベツが
一晩で︙︙

白い調理服の男が、キャベツの段ボールを台車に何箱も積み上げている。仲卸の店先で、年配の男が肩をすくめて苦笑いする。後ろでシートが風にはためく。

料理屋の買い手:あるだけ
くれ
明日は
入らねえ
かもしれん

小谷 菜摘:みんな
買ってる︙︙

辰巳 辰造:台風の前は
みんな
こうだよ

辰巳 辰造:平年の
倍だね
こりゃ

平年価格(へいねんかかく)(平年並み(へいねんなみ))の解説

現実の事実野菜の値段が高いか安いかを比べる時の物差しで、過去5年の同じ月の値段の平均です。ニュースや農林水産省の資料の「平年並み」「平年を上回る」は、この平均と比べた言い方です。値札だけでは分からない「今年の今が高いのか」を、平年と比べると判断できます。

出典

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若い女性が、背の高い店主の上着の胸元を軍手の手でつかみ、真剣な顔で見上げている。店主は口の端を上げて女性を見下ろす。手前に大根とキャベツの箱。青白い照明。

坂井 つぐみ:辰さん
キャベツ
1ケース

小谷 菜摘:えっ

小谷 菜摘:あの
今のうちに
買って
おきましょう!

小谷 菜摘:明日は
もっと
上がり
ますよ

小谷 菜摘:トモエマートの
本部も
台風の前は
いつもの倍
入れます

坂井 つぐみ:へえ

店主の寄り。口の端を少し上げ、人差し指を1本立てて横へ突き出す。指の先が絵の枠の右の線を割って外へ出ている。鉢巻きに差した赤いマーカー。手前に大根とキャベツの箱。

八百坂の2代目(41)坂井 つぐみ

坂井 つぐみ:口
出すんだ

坂井 つぐみ:上がった
物は
買わない

小谷 菜摘:な
なんで
ですか

帳場から︑
丸辰の 辰巳 辰造︒

辰巳 辰造(画面の外の声):雨と風で
畑から
出せないの

辰巳 辰造(画面の外の声):出荷が
減れば
値は
上がる

野菜の値段の上がり下がり(天気と出荷の量)の解説

現実の事実野菜は天気で育ち方が変わりやすく、日持ちもしないので、出荷の量が増えたり減ったりすると、値段が大きく動きます。雨や日照りで畑から出せる量が減れば上がり、育ちすぎて量が増えれば下がります。また、値段が下がると次に作る量が減り、また値段が上がる、という波も起きます。

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仲卸の店の奥。背の高い店主が大きなキャベツを軍手の両手で持って見せ、外の葉を指でつまむ。若い女性が身を乗り出してのぞき込む。後ろに段ボールの山(字は無い)。

坂井 つぐみ:これ
群馬の高原の
最後の方

高冷地(こうれいち)(高原の産地)の解説

現実の事実標高が高く、夏でも涼しい土地のことです。暑さに弱いキャベツやレタスは、夏から秋にかけて、関東では群馬などの高冷地が主な産地になります。夏にスーパーで見るキャベツの多くが、こうした高原の畑から来ています。

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坂井 つぐみ:来週から
愛知のが
増えてくる

〈キャベツの産地リレー(関東の市場へ)〉春:神奈川・千葉夏秋:群馬などの高原冬:愛知

産地(さんち)リレーの解説

現実の事実季節ごとに、野菜の主な産地を北と南、高原と平野で切り替えながら、1年中、消費地に届ける形です。農林水産省の説明では、関東向けのキャベツは、春は神奈川・千葉、夏秋は群馬などの高原、冬は愛知が中心です。スーパーの値札の産地を見ると、今がどの季節の産地かが分かります。

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小谷 菜摘:今は
その間︙︙?

坂井 つぐみ:そ
端境ってやつ

端境期(はざかいき)の解説

現実の事実前の産地の出荷が終わりかけ、次の産地がまだ本格的に出ていない、入れ替わりの時期です。もとは、古い米が少なくなり新しい米がまだ出回らない時期を言いました。野菜では、産地の移り変わりの時期に天気が悪いと、量が足りずに値段が上がりやすくなります。

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背の高い店主の横顔。軍手の手でキャベツを持ったまま、静かな目で遠くを見る。後ろの開いた入口の外は雨。手前に大根とキャベツの箱。

坂井 つぐみ:台風が
抜けて
愛知のが
入れば

坂井 つぐみ:値は
たぶん
戻る

坂井 つぐみ:その日に
倍で買ったのが
残ってたら?

若い女性の寄り。うつむいて、軍手の両手を胸の前で握る。目が揺れている。青白い光が顔の半分に当たる。

小谷 菜摘:︙︙残ったら

小谷 菜摘:捨てる︙︙

台車に、白菜と大根の段ボールが積まれている。台車を押して、雨の入口の方へ歩く店主の背中。

坂井 つぐみ:だから
今朝は
こっち

坂井 つぐみ:台風の日は
鍋だよ

坂井 つぐみ:白菜と
大根は
安いまま

指定野菜(していやさい)の解説

現実の事実たくさん食べられ、暮らしに欠かせない野菜として、野菜生産出荷安定法にもとづいて国が決めた野菜です。キャベツ・だいこん・はくさい・トマト・たまねぎなど、今は15品目です(ブロッコリーが加わりました)。値段が大きく下がった時は、決められた産地の生産者に補給金が出て、次の年も作り続けられるようにしています。

値段が上がった時は?
国は、主な野菜について、東京都中央卸売市場(おろしうりしじょう)での値段と平年との比べを公表しています(農林水産省「野菜のページ」)。

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午後3時︒
トモエマートの遅番の前︒

寺西 ハツ:キャベツ
高いねえ

雨の八百屋の店先。左で、杖をついて小さな傘を差した小柄な高齢の女性が、目を細めて笑う。右で、店主が白菜を1つ持ち上げて見せる。手前の箱にキャベツ。

上の棟の常連(84)寺西 ハツ

寺西 ハツ:テレビで
倍だって

坂井 つぐみ:ハツさん
今日は
白菜に
しときな

坂井 つぐみ:鍋なら
あったまるよ

寺西 ハツ:そうかい
そうするよ

寺西 ハツ:台風の日は
坂を
下りられない
からねえ

雨の坂道。白菜の入った重い袋を軍手の両手で抱えた若い女性に、隣の高齢の女性が傘を差しかける。坂の上に集合住宅の棟。

小谷 菜摘:上まで
運びますね

寺西 ハツ:あんた
新しい子
かい

小谷 菜摘:あ
はい
︙︙朝だけ

寺西 ハツ:あそこは
坂の下
だからねえ

小谷 菜摘:坂の下︙︙?

午後4時半︒
台風で︑早じまい︒

夕方の八百屋の店先。白菜・大根・キャベツの段ボールの棚がすべて空。店主が空の箱を重ね、若い女性が空の棚の前で口を開けて立っている。雨の白っぽい光。

小谷 菜摘:倍のキャベツを
ほとんど
買わずに︙︙

小谷 菜摘:売り切った

〈今日の八百坂〉キャベツ 1ケース:売り切れ白菜 4ケース:売り切れ残った野菜:なし

坂井 つぐみ:はいはい
片づけ

向かいのトモエマート︒
遅番の売場︒

スーパーの青果の売場。空の大きな平台の前で、店長がタブレットを持って立ち、緑のエプロンの若い女性に笑いかけている。白い蛍光灯。

村瀬 康介:小谷さん
明日の朝はね

村瀬 康介:キャベツ
山積みで
いくよ

〈明日の朝の入荷(本部が決めた)〉キャベツ 200玉白菜 80玉届く時刻:午前6時(物流センターから、トラック1台)

緑のエプロンの若い女性の寄り。タブレットの画面をのぞき込み、笑いが引きつって、眉が下がる。白い蛍光灯。

小谷 菜摘:200︙︙
倍の値段で?

小谷 菜摘:あの
今は
端境で︙︙

村瀬 康介:参ったなあ
もう
決まってるの

村瀬 康介:本部が

風が︑強くなってきた︒
八百坂の前︒

夜の嵐の商店街。八百屋の前で、雨合羽の店主がシャッターの前の段ボールを縄で縛り、雨合羽の若い女性が押さえている。風で段ボールの切れ端が上へ飛び、絵の枠の上の線を越えて外へ舞い上がる。

ビュウウ

小谷 菜摘:うちの店
明日の朝
キャベツ
山積み
だそうです

坂井 つぐみ:ふうん

店主の寄り。雨合羽のフードの下で、向かいのスーパーの方を横目で見て、口の端だけで笑う。雨の筋。顔の半分に向かいの建物の白い明かり。

坂井 つぐみ:明日の
朝7時

坂井 つぐみ:向かいの
棚
見てな

若い女性の寄り。雨合羽のフードから雨がしたたり、眉を寄せて店主の方を見る。

小谷 菜摘:え︙︙?

上から見下ろした嵐の夜の商店街。雨が斜めに打ちつける。左に、2階の窓だけが白く明るい大きなスーパー。右に、シャッターを下ろした小さな八百屋。坂の上に団地の窓の灯り。

〈年末まで 62日〉台風:今夜、通過明日の朝7時:向かいの棚

第3話「上がった物は、買わない」

つづく

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あなた台風の次の朝7時、菜摘がトモエマートの売場に入る最初の場面を考えたい

AI菜摘は前の夜につぐみの「見てな」を聞いているので、扉を開ける前に一度止まる形にすると、読者も一緒に息をのみます。村瀬は「山積みでいくよ」と言った人なので、最初の絵は村瀬の顔より先に、売場の平台を見せると効きます。

あなた平台を先に見せる形で、最初の台詞を

AI菜摘「……店長、キャベツは」。村瀬「それがねえ、まだ来ないんだよねえ」。

送る質問あらすじを踏まえて、次の話の展開を一緒に考えて

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この話で分かること

キャベツの値段は、なぜ急に上がる?

野菜は天気で育ち方が変わりやすく、日持ちもしないので、出荷の量が減ると値段が大きく上がります。雨や風で畑から出せる量が減る時や、産地が切り替わる時期(端境期(はざかいき))は、特に上がりやすくなります。

条件・例外

産地が切り替わって出荷の量が戻れば、値段も下がっていきます。

物語との違い

作中の「1ケース 1,200円から2,400円」と「台風が抜けて愛知の物が入れば戻る」は、作中の市場とつぐみの見立てです。

指定野菜(していやさい)とは?

たくさん食べられ、暮らしに欠かせない野菜として、野菜生産出荷安定法にもとづいて国が決めた野菜です。キャベツ・きゅうり・さといも・だいこん・トマト・なす・にんじん・ねぎ・はくさい・ピーマン・ブロッコリー・レタス・たまねぎ・ばれいしょ・ほうれんそうの15品目です。

条件・例外

指定野菜の値段が大きく下がった時は、指定された産地の生産者に補給金が出る「指定野菜価格安定対策事業」があります。

端境期(はざかいき)とは?

前の産地の出荷が終わりかけ、次の産地がまだ本格的に出ていない、入れ替わりの時期です。関東向けのキャベツは、春は神奈川・千葉、夏秋は群馬などの高原、冬は愛知が中心で、産地が切り替わる時に天気が悪いと量が足りずに値段が上がりやすくなります。

野菜の相場(そうば)は、どこで分かる?

農林水産省の「野菜のページ」で、東京都中央卸売市場(おろしうりしじょう)の指定野菜(していやさい)の値段の動きと、毎月の生育と値段の見通しが公表されています。

条件・例外

平年の値段は、過去5年の同じ月の値段の平均で比べています。

この話の用語

平年価格(へいねんかかく)(平年並み(へいねんなみ))漫画の中で見る
現実の事実野菜の値段が高いか安いかを比べる時の物差しで、過去5年の同じ月の値段の平均です。ニュースや農林水産省の資料の「平年並み」「平年を上回る」は、この平均と比べた言い方です。値札だけでは分からない「今年の今が高いのか」を、平年と比べると判断できます。
野菜の値段の上がり下がり(天気と出荷の量)漫画の中で見る
現実の事実野菜は天気で育ち方が変わりやすく、日持ちもしないので、出荷の量が増えたり減ったりすると、値段が大きく動きます。雨や日照りで畑から出せる量が減れば上がり、育ちすぎて量が増えれば下がります。また、値段が下がると次に作る量が減り、また値段が上がる、という波も起きます。
高冷地(こうれいち)(高原の産地)漫画の中で見る
現実の事実標高が高く、夏でも涼しい土地のことです。暑さに弱いキャベツやレタスは、夏から秋にかけて、関東では群馬などの高冷地が主な産地になります。夏にスーパーで見るキャベツの多くが、こうした高原の畑から来ています。
産地(さんち)リレー漫画の中で見る
現実の事実季節ごとに、野菜の主な産地を北と南、高原と平野で切り替えながら、1年中、消費地に届ける形です。農林水産省の説明では、関東向けのキャベツは、春は神奈川・千葉、夏秋は群馬などの高原、冬は愛知が中心です。スーパーの値札の産地を見ると、今がどの季節の産地かが分かります。
端境期(はざかいき)漫画の中で見る
現実の事実前の産地の出荷が終わりかけ、次の産地がまだ本格的に出ていない、入れ替わりの時期です。もとは、古い米が少なくなり新しい米がまだ出回らない時期を言いました。野菜では、産地の移り変わりの時期に天気が悪いと、量が足りずに値段が上がりやすくなります。
指定野菜(していやさい)漫画の中で見る
現実の事実たくさん食べられ、暮らしに欠かせない野菜として、野菜生産出荷安定法にもとづいて国が決めた野菜です。キャベツ・だいこん・はくさい・トマト・たまねぎなど、今は15品目です(ブロッコリーが加わりました)。値段が大きく下がった時は、決められた産地の生産者に補給金が出て、次の年も作り続けられるようにしています。

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更新日:

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この話のあらすじ

4日後、台風が来る前の夜の卸売市場(おろしうりしじょう)。仲卸「丸辰」のキャベツは1ケース1,200円から2,400円になり、料理屋の買い手は「あるだけくれ」と積んでいく。小谷 菜摘は、トモエマートの本部が台風の前にいつもの倍を入れる事を思い出し、坂井 つぐみに「今のうちに買っておきましょう」と初めて口を出す。つぐみは「口、出すんだ」と笑い、「上がった物は、買わない」と言う。雨と風で畑から出せる量が減れば値は上がり、今は群馬の高原の産地から愛知へ切り替わる端境で、台風が抜けて愛知の物が入れば値は戻る。倍で買った物が残れば、捨てる事になる。つぐみはキャベツを1ケースだけにして、安いままの白菜と大根を買う。午後、上の棟の常連・寺西 ハツは「キャベツ、高いねえ」と言いながら白菜を買い、「台風の日は、坂を下りられない」と話す。台風で早じまいする夕方、八百坂は高いキャベツをほとんど仕入れずに売り切る。一方、トモエマートの店長・村瀬 康介は、本部が決めた「明日の朝、キャベツ200玉」の山積みを楽しみにしている。嵐の夜、つぐみは向かいを見て言う。「明日の朝7時、向かいの棚、見てな」。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

小さな八百屋が大型スーパーの向かいで続けられる理由を、仕入れの市場や野菜の値付けから一つずつ解き明かしていけます。

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