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第3話「上には、上げません」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

夜明け前。重い灰色の雲。白い投光器の下、詰所の前の折りたたみの机に工程の紙と硬い表紙の手帳を置き、白いヘルメットの若い男が顔を上げて空を見る。後ろに、足場に囲まれた骨組みの家。

朝 6時30分。

工務店の施工管理の見習い(22)鷹野 颯

〈現場〉守る職人 8人/扱うお金 3,000万円雨まで 6時間30分雨の予報 2日/屋根の防水 50%見習い 最後の日

鷹野 颯:雨の間も
止まらない
段取り︙︙

朝礼。真ん中で、白いヘルメットの若い男が紙を手に、右に並ぶ職人たちへ話す。左で、首に白いタオルの所長が積んだ材木に腰かけ、腕を組んで黙って見ている。

工務店の所長(61)大河内 剛三

所長は︑
何も
言わなかった︒

鷹野 颯:あの
午前は
全員で屋根です

鷹野 颯:防水シートを
北の半分から

列の後ろから︑
鳶の 柴崎 葵︒

柴崎 葵(画面の外の声):はあ?
13時までに
張りきれんのか

肩越しに見た、硬い表紙の手帳の頁の寄り。ペンの線で家の間取りの四角が描かれ、北の半分の部屋にだけ斜線が引かれ、矢印が1本(字は無い)。ペンを持つ手。

鷹野 颯:全部は
無理です

鷹野 颯:でも
北の部屋の
真上だけは
閉じます

鷹野 颯:雨の2日
中の仕事は
北の部屋で

大河内 剛三:いいか
雨仕舞いは
上から︑だ

雨仕舞い(あまじまい)(雨仕舞(あまじまい))の解説

現実の事実雨水が建物の中に入らないようにすること、またその施工のやり方です。雨仕舞いが悪いと、雨漏りだけでなく、木の部材のカビや腐れの元になり、家の寿命を縮めます。工事の途中でも、屋根を先に閉じた所から、中の作業を雨の日に進められます。

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8時︒

屋根の高さ。北の半分で、命綱を掛けた女性の鳶と年配の大工が、黒い防水のシートの巻きを転がして広げる。鳶は西の空を見上げる。西から暗い雲が流れてくる、鋼の青の空。手前に足場の手すり。

鳶(27)柴崎 葵

柴崎 葵:北の半分
先に
閉じるぞ

大工の親方:見習いの
段取りでか

柴崎 葵:︙︙今日
だけだ

10時40分︒

黒い防水のシートの上に置いた、黒い袖の女性の鳶の手袋の手の寄り。シートに、雨の粒がぽつぽつと落ち始める。手前に命綱の束。

ポツ

ポツ

柴崎 葵:ちっ
早えな

鷹野 颯:予報より
2時間も
早い︙︙

〈現場〉守る職人 8人/扱うお金 3,000万円雨 10時40分から(予報は13時)風 毎秒8メートル/屋根の防水 80%

大工の親方:小雨だ!
あと1時間で
張れる!

屋根の高さの足場の上で、命綱のフックを手すりに掛けた年配の大工が、雨の中、身を乗り出して下を指さして叫ぶ。雨の線と、あおられる青いシート。

大工の親方:強風で
止めるのは
10メートル
から
だろ

悪天候時(あくてんこうじ)の作業禁止(さぎょうきんし)(強風・大雨・大雪)の解説

作中の世界の決まり作中の現場の風は毎秒8メートルで、法令の強風の線の手前です。颯が止めるのは、作中の現場の判断です。

現実の事実高さ2メートル以上の所の作業は、強風・大雨・大雪などの悪天候で危険が予想される時は、させてはいけない決まりです(労働安全衛生規則第522条)。労働局の案内では、強風は10分間の平均風速が毎秒10メートル以上、大雨は1回の降雨量が50ミリ以上とされています。

小雨なら作業していい?
数の線に届かない雨でも、足場や屋根が滑るなど危険が予想されれば、止めるかどうかは現場ごとに判断します。法令の線は「ここから先は必ず止める」の線です。

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雨の中、足場の階段の下のコーンとバーの囲いの横で、白いヘルメットの若い男が、濡れた顔で屋根を見上げる。屋根の上に小さく職人たち。ヘルメットのつばから雨のしずく。

鷹野 颯:︙︙下ろして
ください

鷹野 颯:線の手前で
止めます

鷹野 颯:濡れた屋根は
滑ります

鷹野 颯:上には
上げません

上から見下ろす角度。雨に濡れた黒い面の上で、命綱を掛けた女性の鳶が膝をついたまま動きを止め、下へ目を落とす。ずっと下、コーンの横に小さく若い男が立つ。雨の線。

柴崎 葵:︙︙前の
現場の
所長は

柴崎 葵:続けろって
言った

回想。彩度を落とした鋼の灰の色に、安全の橙だけが残る。雨の中、何階もある建物の足場の濡れた板の上で、若い職人が足を滑らせ、フルハーネスの命綱で宙に止まっている。その上の板に腹ばいになって、今より少し若い女性の鳶が手を伸ばす。

前の現場の所長(回想の声):止めるな
工期だ

柴崎 葵:フルハーネス
が︑止めた

フルハーネス(墜落制止用器具(ついらくせいしようきぐ))の解説

現実の事実高い所から落ちた時に、体を宙で止めるための器具で、肩・腰・太ももを帯で支える形を「フルハーネス型」と言います。2019年2月から、法令の呼び名が「安全帯」から「墜落制止用器具」に変わりました。厚生労働省のガイドラインでは、フルハーネス型を原則とし、6.75メートルを超える所ではフルハーネス型を使わなければなりません。

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回想。彩度を落とした灰の色。現場の事務所で、左に、今より少し若い女性の鳶がヘルメットを握りしめて立つ。右の机の横に、灰色の背広の、銀色の髪の背の高い男が背を向けて立つ(顔は見えない)。

柴崎 葵:元請に
全部
書いて出した

元請(もとうけ)(元請負人(もとうけおいにん))の解説

現実の事実工事を発注者から直に請け負い、その一部をほかの会社(下請)に頼む建設会社のことです。建設業(けんせつぎょう)法では、下請の契約で注文する側の建設業者を「元請負人」と言います。大きな現場では、元請が現場の安全の取りまとめをします。

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柴崎 葵:次の月から
うちの班に
仕事は
来なくなった

柴崎 葵:降りるぞ!
全員!

雨の中の足場の階段。職人たちが順に下りてくる。最後に女性の鳶。階段の下で、白いヘルメットの若い男がコーンのバーを持ち上げて通す。少し上から見た広い絵。

階段の途中で︑
大工の親方︒

大工の親方(画面の外の声):ちっ
見習いが︙︙

13時︒
本降り︒

骨組みの家の中。開いた窓の穴の外は雨の幕。白い作業灯の下、年配の大工が柱と柱の間に斜めの木を当て、女性の鳶がそれを押さえる。柱と梁のつなぎ目の寄り。手袋の手が、金属の留め具をねじで締める。

北の部屋の
真上は︑
閉じていた︒

大工の親方:おい
筋交い
次の部屋だ

筋交い(すじかい)の解説

現実の事実柱と梁・土台で囲まれた四角の枠に、斜めに入れる補強の部材です。地震や風で建物が横に揺れるのを小さくし、筋交いの入った壁は「耐力壁」として家の強さを支えます。外から見えなくなる前の今のうちに、正しく入っているかを確かめます。

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柴崎 葵:濡れて
ねえな
ここ

大工の親方:見習いが
閉じろって
言った部屋だ

〈現場〉守る職人 8人/扱うお金 3,000万円雨 1日目遅れ 0日屋根の防水 80%残りは青いシートで養生

養生(ようじょう)の解説

現実の事実工事の途中で、材料・建物・まわりの物を、雨・汚れ・傷から守るために覆うことです。屋根の防水が終わっていない所を青いシートで覆う、床に板を敷く、などがあります。コンクリートが固まるまで寒さや乾きから守ることも「養生」と言います。

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8日目︒
雨︒

高い所から見下ろした雨の家の屋根。北の半分は黒い防水のシートが濡れて光り、南の半分は青いシートがロープで縛られている。足場のまわりに雨の筋。

雨の2日︑
中の仕事は
止まらなかった︒

大河内 剛三:見習い
8日目だな

軒の下で雨を見ている所長の寄り。横を向いたまま、口の端だけが少しゆるむ。白いヘルメットの若い男の寄り。雨に濡れた顔で、口を開けて息を吐く。

大河内 剛三:明日も
7時だ

鷹野 颯:は︑はい!

軒の外を︑
柴崎 葵が通る︒

柴崎 葵(画面の外の声):誘導員

柴崎 葵(画面の外の声):あんたは
止めたな

〈現場〉守る職人 8人/扱うお金 3,000万円雨の2日 遅れ 0日/けが 0人見習い 8日目

その夕方︒
18時︒

雨の夕暮れの青い暗さ。手前に門の柱。ドアを開けたままの黒い車のヘッドライトが雨を照らす。黒い傘を差した、灰色の背広の銀色の髪の背の高い男が、背を向けて骨組みの家を見る(顔は見えない)。

大河内 所長が︑
門の方を見た︒

大河内 剛三(画面の外の声):施主さんだ

女性の鳶の寄り。雨に濡れた顔で右を見て、目を見開いたまま固まる。奥に車のヘッドライト。
黒い傘の下の、50代の後半の男の顔。銀色の短い髪、目尻と口のまわりの深いしわ、細く冷たい目で、骨組みの家を見上げる。少し下から見上げる角度。

施主(58)氷室 克己

柴崎 葵:︙︙氷室
所長

第3話「上には、上げません」

つづく

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あなた氷室を見た葵が、その場で何をするかを考えたい

AI葵は前の現場の事を、まだ颯にも所長にも話していません。逃げるのでも詰め寄るのでもなく、ヘルメットのあご紐を締め直して、仕事の顔に戻ると、次の話で何かが起きる余白が残ります。

あなた氷室の方は、葵に気づく形で

AI氷室「……柴崎か。まだ、鳶をやっていたのか」。葵は答えずに、傘の下の氷室の目だけを見返す。

送る質問あらすじを踏まえて、次の話の展開を一緒に考えて

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この話で分かること

雨の日、建設現場の作業はどこで止める?

高さ2メートル以上の所の作業は、強風・大雨・大雪などの悪天候で危険が予想される時は、させてはいけない決まりです(労働安全衛生規則第522条)。労働局の案内では、強風は10分間の平均風速が毎秒10メートル以上、大雨は1回の降雨量が50ミリ以上とされています。

条件・例外

数の線に届かない雨や風でも、足場や屋根が滑るなど危険が予想されれば、止めるかどうかは現場ごとに判断します。

物語との違い

作中の雨の始まり(10時40分)・風(毎秒8メートル)・屋根の防水の進み(80%)は作中の現場の物で、颯が小雨で止めたのは作中の現場の判断です。

雨仕舞い(あまじまい)とは?

雨水が建物の中に入らないようにすること、またその施工のやり方です。雨仕舞(あまじまい)いが悪いと、雨漏りだけでなく、木の部材のカビや腐れの元になります。

物語との違い

作中で、屋根の北の半分から先に防水のシートを張り、その下の部屋で雨の日の作業を進めるのは、作中の現場の段取りです。

元請(もとうけ)とは? 下請との違いは?

元請は、工事を発注者から直に請け負い、その一部をほかの会社(下請)に頼む建設会社です。建設業(けんせつぎょう)法では、下請の契約で注文する側の建設業者を「元請負人(もとうけおいにん)」、請ける側を「下請負人」と言います。

この話の用語

雨仕舞い(あまじまい)(雨仕舞(あまじまい))漫画の中で見る
現実の事実雨水が建物の中に入らないようにすること、またその施工のやり方です。雨仕舞いが悪いと、雨漏りだけでなく、木の部材のカビや腐れの元になり、家の寿命を縮めます。工事の途中でも、屋根を先に閉じた所から、中の作業を雨の日に進められます。
悪天候時(あくてんこうじ)の作業禁止(さぎょうきんし)(強風・大雨・大雪)漫画の中で見る
作中の世界の決まり作中の現場の風は毎秒8メートルで、法令の強風の線の手前です。颯が止めるのは、作中の現場の判断です。
現実の事実高さ2メートル以上の所の作業は、強風・大雨・大雪などの悪天候で危険が予想される時は、させてはいけない決まりです(労働安全衛生規則第522条)。労働局の案内では、強風は10分間の平均風速が毎秒10メートル以上、大雨は1回の降雨量が50ミリ以上とされています。
フルハーネス(墜落制止用器具(ついらくせいしようきぐ))漫画の中で見る
現実の事実高い所から落ちた時に、体を宙で止めるための器具で、肩・腰・太ももを帯で支える形を「フルハーネス型」と言います。2019年2月から、法令の呼び名が「安全帯」から「墜落制止用器具」に変わりました。厚生労働省のガイドラインでは、フルハーネス型を原則とし、6.75メートルを超える所ではフルハーネス型を使わなければなりません。
元請(もとうけ)(元請負人(もとうけおいにん))漫画の中で見る
現実の事実工事を発注者から直に請け負い、その一部をほかの会社(下請)に頼む建設会社のことです。建設業(けんせつぎょう)法では、下請の契約で注文する側の建設業者を「元請負人」と言います。大きな現場では、元請が現場の安全の取りまとめをします。
筋交い(すじかい)漫画の中で見る
現実の事実柱と梁・土台で囲まれた四角の枠に、斜めに入れる補強の部材です。地震や風で建物が横に揺れるのを小さくし、筋交いの入った壁は「耐力壁」として家の強さを支えます。外から見えなくなる前の今のうちに、正しく入っているかを確かめます。
養生(ようじょう)漫画の中で見る
現実の事実工事の途中で、材料・建物・まわりの物を、雨・汚れ・傷から守るために覆うことです。屋根の防水が終わっていない所を青いシートで覆う、床に板を敷く、などがあります。コンクリートが固まるまで寒さや乾きから守ることも「養生」と言います。

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この話のあらすじ

見習いの7日目。13時から2日続く雨の予報に、鷹野 颯は段取りを組み替える。屋根の防水のシートは半分。全部は張りきれないので、雨の2日に中の仕事をする北の部屋の真上から閉じる。所長の大河内 剛三は「雨仕舞(あまじまい)いは、上から、だ」とだけ言う。雨は予報の13時より早く、10時40分に降り出す。防水は80%。年配の大工は「あと1時間で張れる」「強風で止めるのは10メートルからだろ」と続けようとするが、颯は「線の手前で、止めます」「上には、上げません」と、屋根の上の職人を下ろす。屋根の上で、鳶の柴崎 葵は、前の現場の雨の日を思い出していた。「止めるな、工期だ」と言った所長。足を滑らせた若い職人を止めたのはフルハーネスだった。葵は元請に全部を書いて出し、次の月から班に仕事が来なくなった。雨の2日、北の部屋では筋交いと金物の取り付けが進み、遅れは0日。所長は「明日も、7時だ」と言い、葵は「あんたは、止めたな」とつぶやく。その夕方、黒い車で施主(せしゅ)が現場を見に来る。傘の下の顔を見た葵は、「氷室、所長」と心の中で呼んだ。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

棟上げの一日の段取り、道路を使う時の許可、人が足りない日にどこで線を引くかが、門の前に立つ警備員の目から見えてきます。

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