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第2話「予約は、取りました」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

昼の非常階段を上の踊り場から見下ろす。段に座った七瀬が、ひざの上に方眼のメモ帳を開き、スマホを耳に当てて肩を落としている。

昼休み。

営業部・営業事務(1年目)戸田 七瀬

病院の受付(電話の声):初めての方は
3か月先に
なります

戸田 七瀬:3か月︙︙

〈七瀬のメモ帳〉病院、予約(金曜まで)1件目 初めての人は3か月先2件目 大人は診ていない3件目 つながらない

戸田 七瀬:面談に
間に合わない

〈試用期間の面談まで〉あと7日

第2話「予約は、取りました」

営業部︒

大槻 光男:戸田!

戸田 七瀬:すみません!

大槻 光男:俺の老眼鏡
知らんか

課長が机の書類をひっくり返して探している。老眼鏡は、課長の額の上にのっている。自分の席で、七瀬が困った顔のまま、自分の額を人さし指でそっと指さしている。

戸田 七瀬:あの︙︙
おでこに

大槻 光男:︙︙ふん

課長も︑
忘れる人︙︙?

大槻 光男:ついでだ
4時までに
入稿
頼んだぞ

入稿(にゅうこう)の解説

現実の事実印刷するための原稿やデータを、印刷所に渡す事です。印刷会社の営業は、お客さんから受け取ったデータを確かめてから入稿します。入稿が遅れると、刷る日も届ける日も後ろへずれます。

出典

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七瀬の目から見た手元。課長の声がまだ残るうちに、開いた方眼のメモ帳の新しい行へ、ペンで書き始める(字は読めない線)。

頼まれたら︑
その場で書く︒

木曜︒昼休み︒
給湯室︒

給湯室の窓ぎわを低い所から。七瀬が肩でスマホをはさみ、流し台の縁に置いたメモ帳に急いで書き取っている。

電話の先発達障害者支援センター(県)

支援センターの人(電話の声):大人の方を
診ている病院
お伝え
しますね

支援センターの人(電話の声):それと
書くのは
得意ですか?

七瀬の顔の寄り。スマホを耳に当てたまま、思わぬ問いに目を泳がせ、言葉を探している。

戸田 七瀬:︙︙1冊だけ
なら

支援センターの人(電話の声):困った場面を
書いて
持っていくと
話しやすいですよ

支援センターの人(電話の声):子どもの頃の
様子も
よく聞かれます

戸田 七瀬:子どもの
頃︙︙?

電話の後、調べた画面大人の発達障害 受診の前に子どもの頃の様子を聞かれる事があります

発達障害(はったつしょうがい)(法律の決め)の解説

現実の事実発達障害者支援(はったつしょうがいしゃしえん)法では、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害などの脳機能の障害で、「その症状が通常低年齢において発現するもの」とされています。そのため、大人になってから相談する時も、子どもの頃の様子を聞かれる事があります。

子ども向けの病院で、大人も診てもらえる?
医療機関(いりょうきかん)によります。子ども向けの科では、大人の通院の予約ができない例もあります。発達障害者支援センターで、大人を診ている医療機関を聞けます。

出典

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〈七瀬のメモ帳〉4件目(センターで聞いた病院) キャンセル待ちに名前を入れた

七瀬の部屋︒

真上から見たワンルームの床。ローテーブルにメモ帳を開き、ペンを持った七瀬がひざを抱えて座る。テーブルの上のスマホは通話中でスピーカーにしてある(画面の字は読めない)。

〈七瀬のメモ帳 困った場面〉月曜9時40分 会議室の予約(取ったつもりだった)月曜11時15分 校正の戻し(電話で頼まれ、書く前に次の電話が来た)月曜15時02分 見積書(書いたのに、どこに書いたかを忘れた)

七瀬の母(電話の声):通知表?
押し入れに
全部あるよ

七瀬の母(電話の声):なんで
今ごろ

戸田 七瀬:︙︙会社で
ちょっと

七瀬の母(電話の声):母子手帳も
写真で
送ろうか

母子健康手帳(ぼしけんこうてちょう)(母子手帳(ぼしてちょう))の解説

現実の事実妊娠を届け出た人に、市町村(しちょうそん)が交付する手帳です。妊婦の健康診査や、乳児・幼児の健康診査・保健指導を受けるたびに、その記録を書いてもらいます。子どもの頃の健診の記録が残るので、大人になって子どもの頃の様子を確かめる時の手がかりになります。

出典

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戸田 七瀬:︙︙うん

古い通知表の見開きの寄り。成績の欄の升目と、先生の手書きの所見の欄(字は読めない線)。紙の角が少し折れている。

〈母から届いた写真 小学3年の通知表〉忘れ物が目立ちます。困っている友だちに、いちばんに声をかけられます。

通知表(つうちひょう)と指導要録(しどうようろく)の解説

現実の事実通知表は、学校での成績や様子と先生の所見を、家庭に知らせる書類です。学校に残る記録は別にあり、指導要録といいます。学校教育法施行規則では、指導要録のうち指導の記録は5年、入学・卒業などの学籍の記録は20年の保存と決まっています。

出典

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七瀬の顔の寄り。スマホの光を受けた目に涙がにじみ、口もとが少しだけ笑っている。

戸田 七瀬:忘れ物
昔から
なんだ

2行目のことは︑
覚えて
いなかった︒

金曜︒
昼︒

会社の廊下。カーディガンのポケットで震えるスマホに、七瀬が目を見開いて振り向く。手に持った書類が宙に舞う。

ブブブ

病院の受付(電話の声):月曜の10時に
キャンセルが
出ました

病院の受付(電話の声):入れますか?

戸田 七瀬:入れます!

戸田 七瀬:月曜︙︙
仕事

〈入社の日にもらった紙〉年次有給休暇 入社から6か月の後に10日

年次有給休暇(ねんじゆうきゅうきゅうか)の解説

現実の事実休んでも給料が出る休みです。労働基準法(ろうどうきじゅんほう)では、雇い入れの日から6か月続けて働き、全労働日の8割以上出勤した人に、10日を与える決まりです。会社がそれより早く与える決まりにしていなければ、入って6か月より前は、まだ無い事があります。

まだ有給休暇(ゆうきゅうきゅうか)が無い時に休むと?
欠勤(給料の出ない休み)として扱う会社が多くあります。扱いは会社の就業規則(しゅうぎょうきそく)で確かめます。

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戸田 七瀬:まだ
無い

課長の机の前に立つ七瀬の背中ごしに、座ったままの課長が目を上げて七瀬を見る。机の上の卓上カレンダー。

営業部の課長大槻 光男

戸田 七瀬:月曜の午前
お休みを
いただけ
ませんか

大槻 光男:月曜?
入稿の
週だろ

戸田 七瀬:通院で

課長の顔の寄り。太い眉が少し上がり、言いかけた口のまま、言葉に詰まっている。

大槻 光男:︙︙体
悪いのか

戸田 七瀬:少し
相談に

大槻 光男:ふん

大槻 光男:午後は
来いよ

課長は︑
卓上カレンダーの
月曜に︑
自分で丸をつけた︒

同じ課の島︒

戸田 七瀬:沖さん

夕方の営業部の島。左の席で七瀬がペンを止めて横目で沖の方を見る。右の席で沖が方眼のメモ帳に書いている。沖の手の寄り。メモ帳の上で、ペン先がぴたりと止まる。

戸田 七瀬:予約は
取りました

沖 晴彦:︙︙そう
ですか

沖 晴彦:僕も

沖 晴彦:行きました

戸田 七瀬:えっ

自分の席の沖。眼鏡のつなぎ目を指で押し上げ、少し照れた顔で目を伏せる。

同じ課の営業事務沖 晴彦

沖 晴彦:4年前に

沖 晴彦:最初の日は
メモ帳を
忘れました

戸田 七瀬:忘れたん
ですか

沖 晴彦:はい

沖 晴彦:持っていく物
書きましょうか

〈沖さんと書いた、持っていく物〉□ この1冊(困った場面のページ)□ 通知表と母子手帳の写真□ マイナ保険証か資格確認書□ 聞きたい事を3つ

資格確認書(しかくかくにんしょ)の解説

現実の事実マイナンバーカードを持っていない人や、健康保険証(ほけんしょう)として使う登録をしていない人などが、病院の窓口で保険の資格を示すための書類です。加入している健康保険から無償で届きます。2024年12月2日から今までの形の健康保険証は新しく発行されず、2025年12月2日からは使えなくなりました。

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月曜の朝︒

白い朝の光の、病院の待合室を少し高い所から。長椅子の左で、七瀬がメモ帳と大きな封筒を胸に抱えてうつむく。右隣に、髪を低くまとめた中年の女の人が、バッグを両手でひざに持って座り、七瀬とは反対の方へ顔を向けている。

戸田 七瀬:何から
話せば

病院の受付(機械の声):戸田さん
問診票を
お願いします

戸田 七瀬:はいっ

七瀬の手の寄り。ひざの上で方眼のメモ帳を両手で強く押さえ、ページの端から黄色い付箋が1枚だけ出ている。

〈七瀬のメモ帳 聞きたい事〉1. どこに書いたかを忘れるのは、なぜ?2. 仕事で、何を変えればいい?3. 会社に、言った方がいい?

病院の受付(機械の声):大槻さん
どうぞ

戸田 七瀬:大槻︙︙?

低い所から。隣の席の中年の女の人が、片手を座面について立ち上がりかけ、バッグを持ったまま、ふと七瀬の方へ目を向ける。
振り向いた女の人の顔の寄り。40代半ばで、目じりに小じわ。七瀬の顔を見て、目を見開いている。

待合室の女の人:戸田︙︙
七瀬さん?

第2話「予約は、取りました」

つづく

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あなた沖が4年前に初めて病院へ行った日を、沖の目から考えたい

AI沖はメモ帳を家に忘れ、待合室で受付の紙の裏に、待つ間に思い出した困りごとを小さな字で並べる。帰り道、その紙を見て「書く所を1冊にする」と決める、とすると、今の沖の決めが生まれた日として描けます。

あなたその場面の台詞を

AI沖(心の声)「……書く所が、無い」。

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この話で分かること

大人の発達障害(はったつしょうがい)は、どこに相談する?

作中の七瀬は、発達障害者支援(はったつしょうがいしゃしえん)センターに電話して、大人を診ている病院を教わりました。相談の先には、大人を診ている医療機関(いりょうきかん)のほか、都道府県(とどうふけん)・指定都市の発達障害者支援センター、仕事の事ならハローワークの障害のある人向けの窓口もあります。

条件・例外

大人を診ているか、初めての予約がどれくらい先かは、医療機関ごとに違います。子ども向けの科では、大人の予約ができない事もあります。

物語との違い

作中の病院と、予約が3か月先という日数(にっすう)は創作です。

病院に行く前に、何を準備する?

作中では、困った場面のメモ(いつ・何が起きて・どうなったか)、子どもの頃の様子が分かる物(通知表(つうちひょう)・母子手帳(ぼしてちょう))、保険の資格が分かる物、聞きたい事3つを持っていきました。発達障害(はったつしょうがい)は、法律で「症状が通常低年齢において発現するもの」とされていて、子どもの頃の様子を聞かれる事があります。

条件・例外

医療機関(いりょうきかん)から持ち物や問診票の案内があれば、そちらに従います。

物語との違い

作中の持ち物は一つの例です。

入社して6か月までに、有給休暇(ゆうきゅうきゅうか)はある?

労働基準法(ろうどうきじゅんほう)では、雇い入れの日から6か月続けて働き、全労働日の8割以上出勤した人に、10日の年次有給休暇(ねんじゆうきゅうきゅうか)を与える決まりです。会社がそれより早く与える決まりにしていなければ、入って6か月より前は、まだ無い事があります。

条件・例外

会社の就業規則(しゅうぎょうきそく)で、入社の日から与える会社もあります。

この話の用語

入稿(にゅうこう)漫画の中で見る
現実の事実印刷するための原稿やデータを、印刷所に渡す事です。印刷会社の営業は、お客さんから受け取ったデータを確かめてから入稿します。入稿が遅れると、刷る日も届ける日も後ろへずれます。
発達障害(はったつしょうがい)(法律の決め)漫画の中で見る
現実の事実発達障害者支援(はったつしょうがいしゃしえん)法では、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害などの脳機能の障害で、「その症状が通常低年齢において発現するもの」とされています。そのため、大人になってから相談する時も、子どもの頃の様子を聞かれる事があります。
母子健康手帳(ぼしけんこうてちょう)(母子手帳(ぼしてちょう))漫画の中で見る
現実の事実妊娠を届け出た人に、市町村(しちょうそん)が交付する手帳です。妊婦の健康診査や、乳児・幼児の健康診査・保健指導を受けるたびに、その記録を書いてもらいます。子どもの頃の健診の記録が残るので、大人になって子どもの頃の様子を確かめる時の手がかりになります。
通知表(つうちひょう)と指導要録(しどうようろく)漫画の中で見る
現実の事実通知表は、学校での成績や様子と先生の所見を、家庭に知らせる書類です。学校に残る記録は別にあり、指導要録といいます。学校教育法施行規則では、指導要録のうち指導の記録は5年、入学・卒業などの学籍の記録は20年の保存と決まっています。
年次有給休暇(ねんじゆうきゅうきゅうか)漫画の中で見る
現実の事実休んでも給料が出る休みです。労働基準法(ろうどうきじゅんほう)では、雇い入れの日から6か月続けて働き、全労働日の8割以上出勤した人に、10日を与える決まりです。会社がそれより早く与える決まりにしていなければ、入って6か月より前は、まだ無い事があります。
資格確認書(しかくかくにんしょ)漫画の中で見る
現実の事実マイナンバーカードを持っていない人や、健康保険証(ほけんしょう)として使う登録をしていない人などが、病院の窓口で保険の資格を示すための書類です。加入している健康保険から無償で届きます。2024年12月2日から今までの形の健康保険証は新しく発行されず、2025年12月2日からは使えなくなりました。

出典

更新日:

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この話のあらすじ

「病院、予約」の期限は金曜。昼休みの非常階段(ひじょうかいだん)で、七瀬は病院に電話をかけ続けるが、初めての人は3か月先、大人は診ていない、つながらない。試用期間(しようきかん)の面談まであと7日。午後、課長は自分の額にのせた老眼鏡を探して「戸田!」と呼ぶ。翌日、七瀬は発達障害者支援(はったつしょうがいしゃしえん)センターに電話し、大人を診ている病院を教わり、困った場面を書いて持っていくと話しやすい、子どもの頃の様子もよく聞かれる、と聞く。その夜、母に頼んだ小学3年の通知表(つうちひょう)の写真には「忘れ物が目立ちます」と、もう1行、忘れていた先生の言葉があった。金曜、キャンセル待ちに入れておいた病院から、月曜10時に空きが出たと電話が来る。入社して6か月たたない七瀬には、まだ有給休暇(ゆうきゅうきゅうか)が無い。課長に「通院で」と午前の休みを頼むと、課長は「午後は来いよ」とだけ言った。夕方、予約を取ったと話すと、沖は「僕も、行きました」と言った。月曜の朝、病院の待合室。受付が「大槻さん」と呼び、隣の女の人が立ち上がって、七瀬の名前を呼んだ。

作者

トゥーンエル編集部

トゥーンエルを運営する H株式会社の編集部です。ミステリーや家族の物語など、仕事の題材に限らない作品を作っています。

この作品について

同じミスが続く時に、手順を紙に書き出すような職場の工夫と、つらい時に頼れる先を、1年目の目線で拾っていけます。

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