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第3話「見積もりは、2社」

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・店は架空です。

夜明け前の作業場。釜の湯気が戻り、右で真琴が水槽から木の型箱を持ち上げる。左の柱のそばに、腰にコルセットを巻いた源治が杖に両手をのせて立っている。

コツ

曽根豆腐店の3代目(29)曽根 真琴

曽根 源治:ゆうべの
定期はな

曽根 源治:澄江が
機械の分に
貯めてた

曽根 真琴:お母さんが
︙︙機械を?

作業場の上がり框。左で源治が腰をかばって座り、壁の神棚の横の古い写真を見上げる。右で、真琴が手ぬぐいを握ったまま立ち尽くす。

真琴の父・2代目(64)曽根 源治

曽根 源治:20年前

曽根 源治:大庭に
見積もりまで
出させた

曽根 源治:わしが
断った

豆腐は機械じゃ
固まらん︒
母にも︑
そう言ったのだろう︒

源治の手元の寄り。膝の上で、古い定期預金の通帳の角を、節の太い親指でなでる。

曽根 源治:名義は
澄江の
ままだ

曽根 源治:相続の手続き
には

預金の相続の手続きの解説

現実の事実名義の人が亡くなった預金は、遺産を分ける話し合い(遺産分割(いさんぶんかつ))が終わるまで、相続する人が1人では払い戻せないことがあります。相続する人の書類をそろえて、金融機関(きんゆうきかん)の窓口で払い戻しや名義の書き換えをします。2019年7月からは、話し合いの前でも、口座ごとに一定の額(同じ金融機関で150万円まで)を1人で払い戻せる制度もあります。

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曽根 源治:お前の
判子も
要る

曽根 真琴:︙︙うん

曽根 源治:それと

曽根 源治:機械は
宇田の他に
何軒に
聞いた

曽根 真琴:え︙︙
1軒

曽根 源治:ふん

曽根 源治:大きい
買い物は
2軒に
聞くもんだ

第3話「見積もりは、2社」

店の奥の帳場を肩越しに。古いノートパソコンの前で、真琴が片手にスマホを持ち、もう片方の手の指で画面の書類をたどる。白い蛍光灯。

受信つなぎのご融資の審査に信用金庫の南さん宛先:自分交付申請の書類の写しを1部いただけますか

黒須さんが11月に
送ってきた
交付申請のファイルを︑
初めて開いた︒

曽根 真琴:見積書が
︙︙2枚?

交付申請の控え 見積書① 宇田さんの会社 900万円② 湊食機 1,020万円日付は どちらも 11月11日

交付申請(こうふしんせい)の解説

現実の事実採択の後に、補助金(ほじょきん)を受けるために出す正式な申し込みです。見積書などの書類をそろえて出し、事務局が審査して交付決定(こうふけってい)になります。書類に不備があると、やりとりに時間がかかり、交付決定が遅れます。

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真琴の顔の寄り。画面の白い光を受け、眉を寄せて額に手を当てる。

曽根 真琴:湊食機って
どこ︙︙?

赤信号で停まった車の運転席。前の車も信号待ちで停まっている。黒須がスマホを耳に当て、片手をハンドルにのせて笑う。作業場の隅の壁の電話。受話器を耳に当てた真琴が、もう片方の手で印刷した見積書を握る。後ろに湯気。

黒須 亮(電話の声):信号で
停まってる
んで
手短に

黒須 亮(電話の声):ああ
2社目
っすか

黒須 亮(電話の声):うちで
用意しといた
んすよ

曽根 真琴:用意︙︙?

黒須 亮(電話の声):相見積もりが
要る決まり
なんで

相見積もり(あいみつもり)の解説

現実の事実同じ条件で2社以上に見積もりを頼み、値段が妥当かを比べることです。補助金(ほじょきん)では決まった額を超える買い物に求められることが多く、例えば小規模事業者持続化補助金(第20回)は、1件50万円を超える(税込)発注に2者以上から見積もりを取り、より安い方を選ぶ決まりです。

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黒須 亮(電話の声):形だけっす
はは

曽根 真琴:形だけで
いいの︙︙?

その日の午後︒

商工会議所の相談の部屋。左の土岐が、机に並べた2枚の見積書を見比べる。右の真琴は膝の上で両手を握り、身を乗り出す。

土岐 頼子:それは
お困り

土岐 頼子:でしょうね

曽根 真琴:お困り
です︙︙

土岐 頼子:この湊食機と
話したことは?

曽根 真琴:︙︙一度も

土岐の横顔の寄り。眼鏡を外して手に持ち、細めた目で2枚の見積書の日付の所を見る。

土岐 頼子:相見積もりは
何のため?

曽根 真琴:安い方を
選ぶため︙︙?

土岐 頼子:値段が
妥当かを

土岐 頼子:確かめる
ため

〈設備の補助金の手引き 相見積もり〉1件 50万円を超える物は 2社以上の見積もり同じ条件で頼み 安い方を選ぶ見積もりは 自分で 別々の会社から取る

土岐 頼子:頼んでもいない
会社の
見積もりは

土岐 頼子:あなたの
相見積もり
じゃない

真琴の顔の大写し。目を見開き、顔に驚きの縦線。膝の上で握った両手の指が白くなる。

曽根 真琴:じゃあ
450万は︙︙

土岐 頼子:出ないとは
まだ
決まってない

土岐 頼子:事務局に
正直に
聞くの

補助金事務局(ほじょきんじむきょく)の解説

現実の事実補助金(ほじょきん)ごとに置かれる、申請の受け付け・審査・問い合わせの窓口です。交付申請(こうふしんせい)書を事務局が審査して交付決定(こうふけってい)になり、事業の後の実績報告(じっせきほうこく)も事務局に出します。決まりの読み方に迷った時は、自分で決めて進める前に問い合わせます。

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土岐 頼子:それと

土岐 頼子:同じ条件で
もう1社に
頼む

仕様(しよう)の解説

現実の事実買う物や頼む仕事の中身と条件(型・能力・数・納期・据え付けの有無など)です。相見積もりは、同じ仕様を全部の会社に渡して頼まないと、値段を比べられません。補助金(ほじょきん)の公募要領も、仕様の提示 → 見積 → 発注 → 納品 → 検収 → 請求 → 支払の順で買うよう求めています。

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曽根 真琴:でも
契約は
もう︙︙

机の上の寄り。眼鏡をかけ直した土岐の指が、見積書の日付の欄をとんとたたく。手前に、真琴の握った手。

土岐 頼子:だから
日付は今日

土岐 頼子:契約の後に
取ったって

土岐 頼子:そのまま
書くの

土岐 頼子:さかのぼった
見積書は
もらわない

曽根 真琴:1社しか
作れない機械
って書けば︙︙

土岐 頼子:それは
理由書

随意契約(ずいいけいやく)の理由書(りゆうしょ)の解説

現実の事実相見積もりを取らずに1社と契約する理由を書いた書類です。例えば持続化補助金(ほじょきん)(第20回)は、仕事の性質で見積もりを取るのが難しい時に、採択の後・交付決定(こうふけってい)の前に出すよう決めています。中古品(ちゅうこひん)は理由書では認められません。

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土岐 頼子:本当に
1社しか
無い時だけ

曽根 真琴:︙︙ですよね

その夜︒

夜の店の奥の廊下。左で源治が杖を壁に立てかけ、黒い古い電話の受話器を耳に当てる。右の作業場の戸口から、真琴がそっと見ている。

曽根 源治:大庭か

曽根 源治:︙︙曽根だ

曽根 源治:見積もりを
1枚
頼みたい

20年ぶりの電話は︑
それだけで切れた︒

次の朝︒

朝の店の入口を低い角度から。湯気が流れ出る戸口に、作業着で工具の鞄を下げた小柄な老人が立つ。日に焼けた顔、目尻の深いしわ。

曽根豆腐店の釜を40年みてきた機械屋(70)大庭 繁

大庭 繁:源さん

大庭 繁:腰
やったって?

源治の顔の寄り。腕を組み、目をそらして口をへの字に結ぶ。
大庭の顔の寄り。日に焼けた顔で、歯を見せてにやりと笑う。

曽根 源治:︙︙ふん

大庭 繁:その「ふん」も
20年ぶりだ

〈見積もりのお願い(宇田さんと同じ条件)〉充填豆腐機・冷却槽 一式1日 600丁据え付け・試運転まで納品 3月10日

曽根 真琴:この条件で
お願い
します

作業場の床。左で大庭がしゃがんで、巻き尺を釜の脚から床へ伸ばして測る。右で真琴が膝をつき、メモを取る。床に大豆の麻袋。

大庭 繁:中古なら
半値で
探せるぞ

曽根 真琴:中古は
補助金だと
条件が厳しくて

中古品(ちゅうこひん)(補助の対象の条件)の解説

現実の事実補助金(ほじょきん)で中古品を買える条件は、制度ごとに厳しく決まっています。例えば持続化補助金(第20回)は、1つ50万円(税抜き)未満の中古品だけが対象で、金額にかかわらず2者以上の中古品販売事業者から見積もりが要ります。

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大庭 繁:そうか

大庭 繁:なら
新品で
出す

2日後︒

〈大庭機械の見積書〉充填豆腐機・冷却槽 一式(据え付け・試運転まで)940万円日付 12月14日

作業場の机越し。左の大庭が封筒から見積書を出し、右の真琴の前へすべらせる。奥の上がり框で、源治が杖に両手をのせて見ている。

大庭 繁:うちは
40万
高い

曽根 真琴:え︙︙

大庭 繁:宇田さんの
見積もりで
正解だ

曽根 真琴:なんで
負ける
見積もりを

大庭 繁:本当の数を
出さなきゃ

大庭 繁:比べる意味が
ねえだろ

大庭 繁:澄江さんに
頼まれてた

大庭 繁:店が機械を
入れる時は

大庭 繁:ちゃんと
見てやってって

大庭 繁:これで
約束は
果たした

源治の横顔の大写し。口を固く結んだまま、杖を握る手だけが小さく震えている。

曽根 源治:︙︙すまん
かった

大庭 繁:20年
遅えよ
はっ

夜の帳場。真琴がノートパソコンに向かって打ち、横に2社の見積書を並べる。湯のみから湯気。

その夜︑事務局に
全部書いて送った︒
2社目を自分で
取っていなかった事も︒

補助金事務局からの返信 12月17日ご連絡ありがとうございますご自身で取った2社の見積書は実績報告の時に添えてください湊食機の見積書の扱いは こちらで確かめます

受信事務局のお返事も拝見しました信用金庫の南さん宛先:自分書類がそろいましたのでつなぎのご融資 審査に進めます

曽根 真琴(つぶやき):︙︙よし

発信中湊食機

見積書の番号に
かけた︒
誰も出なかった︒

次の朝︑4時︒

夜明け前の店の前。ガラス戸の向こうに湯気。戸の外に、長い黒いコートの背の高い男が立ち、手袋の指に名刺を1枚はさむ。顔は半分、影の中。

湊食機の人湊

曽根 真琴:こんな
時間に︙︙?

男の顔の寄り。穏やかな笑みの口もと。細い銀の眼鏡のレンズに店の白い灯りが映り、目の色が読めない。

湊:湊食機の
湊です

第3話「見積もりは、2社」

つづく

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この話で分かること

相見積もり(あいみつもり)とは? 補助金(ほじょきん)では何社から取る?

同じ条件で2社以上に見積もりを頼み、値段が妥当かを比べることです。例えば小規模事業者持続化補助金(第20回)は、1件50万円を超える(税込)発注に2者以上から見積もりを取り、より安い方を選ぶよう決めています。

条件・例外

金額の線と、見積書を出す時期(持続化補助金 第20回は採択の後・交付決定(こうふけってい)の前)は、補助金ごとの公募要領で決まります。

申請の代行の人が用意した見積もりでもいい?

持続化補助金(ほじょきん)(第20回)の公募要領は、相見積もりは価格の妥当性を確かめるための物なので、必ず補助事業者自身が別々の企業から取るよう求めています。頼んだ覚えのない見積書は、自分の相見積もりになりません。

物語との違い

作中の「設備の補助金」・事務局の返事・金額は物語の中の物です。扱いは補助金ごとに違うので、事務局に問い合わせます。

見積もりが1社からしか取れない時は?

仕事の性質で見積もりを取るのが難しい時は、1社と契約する理由を書いた理由書(りゆうしょ)(随意契約(ずいいけいやく)の理由書)を出します。持続化補助金(ほじょきん)(第20回)では採択の後・交付決定(こうふけってい)の前に出す決まりで、中古品(ちゅうこひん)は理由書では認められません。

亡くなった家族の名義の預金は、すぐ使える?

遺産を分ける話し合い(遺産分割(いさんぶんかつ))が終わるまで、相続する人が1人では払い戻せないことがあります。2019年7月からは、話し合いの前でも、口座ごとに一定の額(同じ金融機関(きんゆうきかん)で150万円まで)を1人で払い戻せる制度があります。

条件・例外

要る書類は金融機関ごとに違います。

この話の用語

預金の相続の手続き漫画の中で見る
現実の事実名義の人が亡くなった預金は、遺産を分ける話し合い(遺産分割(いさんぶんかつ))が終わるまで、相続する人が1人では払い戻せないことがあります。相続する人の書類をそろえて、金融機関(きんゆうきかん)の窓口で払い戻しや名義の書き換えをします。2019年7月からは、話し合いの前でも、口座ごとに一定の額(同じ金融機関で150万円まで)を1人で払い戻せる制度もあります。
交付申請(こうふしんせい)漫画の中で見る
現実の事実採択の後に、補助金(ほじょきん)を受けるために出す正式な申し込みです。見積書などの書類をそろえて出し、事務局が審査して交付決定(こうふけってい)になります。書類に不備があると、やりとりに時間がかかり、交付決定が遅れます。
相見積もり(あいみつもり)漫画の中で見る
現実の事実同じ条件で2社以上に見積もりを頼み、値段が妥当かを比べることです。補助金(ほじょきん)では決まった額を超える買い物に求められることが多く、例えば小規模事業者持続化補助金(第20回)は、1件50万円を超える(税込)発注に2者以上から見積もりを取り、より安い方を選ぶ決まりです。
補助金事務局(ほじょきんじむきょく)漫画の中で見る
現実の事実補助金(ほじょきん)ごとに置かれる、申請の受け付け・審査・問い合わせの窓口です。交付申請(こうふしんせい)書を事務局が審査して交付決定(こうふけってい)になり、事業の後の実績報告(じっせきほうこく)も事務局に出します。決まりの読み方に迷った時は、自分で決めて進める前に問い合わせます。
仕様(しよう)漫画の中で見る
現実の事実買う物や頼む仕事の中身と条件(型・能力・数・納期・据え付けの有無など)です。相見積もりは、同じ仕様を全部の会社に渡して頼まないと、値段を比べられません。補助金(ほじょきん)の公募要領も、仕様の提示 → 見積 → 発注 → 納品 → 検収 → 請求 → 支払の順で買うよう求めています。
随意契約(ずいいけいやく)の理由書(りゆうしょ)漫画の中で見る
現実の事実相見積もりを取らずに1社と契約する理由を書いた書類です。例えば持続化補助金(ほじょきん)(第20回)は、仕事の性質で見積もりを取るのが難しい時に、採択の後・交付決定(こうふけってい)の前に出すよう決めています。中古品(ちゅうこひん)は理由書では認められません。
中古品(ちゅうこひん)(補助の対象の条件)漫画の中で見る
現実の事実補助金(ほじょきん)で中古品を買える条件は、制度ごとに厳しく決まっています。例えば持続化補助金(第20回)は、1つ50万円(税抜き)未満の中古品だけが対象で、金額にかかわらず2者以上の中古品販売事業者から見積もりが要ります。

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この話のあらすじ

源治は、母・澄江が20年前に機械を入れたがり、店の釜をみてきた機械屋の大庭に見積もりまで出させたが、自分が断ったと話す。定期預金は澄江の名義のままで、相続の手続きには真琴の判子も要る。源治は「大きい買い物は、2軒に聞くもんだ」と言う。信用金庫(しんようきんこ)の南に頼まれて交付申請(こうふしんせい)の控えを初めて開いた真琴は、宇田の会社の900万円のほかに、知らない「湊食機」の1,020万円の見積書が付いているのを見つける。代行の黒須は「うちで用意しといた、形だけっす」。商工会議所(しょうこうかいぎしょ)の土岐は、相見積もりは値段が妥当かを確かめるためで、見積もりは自分で別々の会社から取る物だと言い、事務局に正直に聞くこと、同じ条件でもう1社に今日の日付で頼むこと、さかのぼった見積書はもらわないことを伝える。その夜、源治が20年ぶりに大庭に電話をかける。大庭は宇田と同じ条件で見積もり、自分の方が40万円高い940万円だと出して「宇田さんので正解だ」と言い、澄江との約束を果たす。事務局は「自分で取った2社の見積書を実績報告(じっせきほうこく)に添えて」と返し、信用金庫のつなぎの融資は審査に進む。真琴が湊食機の番号にかけても誰も出ない。翌朝、夜明け前の店の前に、黒いコートの男が立っていた。「湊食機の、湊です」。

作者

ことわり帖

住宅ローンの審査や確定申告、役所の窓口のように、結果だけが届いて理由が見えにくい手続きの裏側を描いています。

この作品について

採択の知らせから、補助金が入るまで。店の通帳では何が起きるのか。判子を押しかけた豆腐店の3代目・真琴と一緒に、確かめてみてください。

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