第2話

第2話「告げること、告げなくていいこと」

色の抜けた記憶。冬の夜、宿の二階の廊下。床に落ちたランプと、半開きの扉。

二年前の冬。
二階の三号室に泊まっていた
旅の商人が、夜中に
魔物に襲われて亡くなった。

夜の宿の食堂。うつむくリタと、向かいに座るケイ。

リタ:言わなきゃ、だめ?
言ったら、また
値なしに戻る。

黙って考えるケイの顔のアップ。

ケイ:前の世界でも、
いちばん多かった
相談だ。

前の世界の決まり(宅地建物取引業法 第47条)不動産の取引を仕事にする者は、買う人の判断に大きく関わる事を、わざと告げなかったり、嘘を告げたりしてはならない。

ケイ:隠して売れば、
後で必ず揉める。
そして、次に買う人が
いなくなる。

色の抜けた記憶。現代の不動産会社の窓口で、若い夫婦が書類を握りしめて訴え、前世のケイが深く頭を下げている。

前の世界で一度だけ、見た。
隠して売られた家の買い主が、
泣きながら
事務所に来た日を。

リタ:……父さんのことも?
父さんも、
この宿で死んだ。

色の抜けた記憶。眠るように横たわる父の手を、少女が両手で握っている。

ケイ:お父さんは、
病気だったね。

告げなくてよい死(原則)老衰や病気による自然な死。家の中での転倒、食べ物を詰まらせる等の、日常の中での不慮の死。※長く気付かれず、特別な清掃や大きな改修をした場合は除く

前の世界の国の手引き
(人の死の告知に関する
ガイドライン)は、
そう決めていた。

告げる死事件や事故など、それ以外の死。※貸す時は、起きてから概ね三年たてば、原則として告げなくてよい。※売る時には、その年数の目安は無い。

リタ:三号室のことは……

ケイ:売るなら、告げる。

年数や死因にかかわらず告げる時・買う人、借りる人から聞かれた時・世の中に広く知られた事件などで、買う人が知っておくべき事情がある時

告げる中身いつ・どこで・何が原因か(分からなければ、分からないと)。亡くなった人の名前や、詳しい様子までは告げない。後で揉めないよう、書いて渡すのが良い。

ケイ:ただし、
告げるのは
確かめた事だけだ。

朝の町の衛兵の詰所。年老いた衛兵が古い記録の帳を開き、ケイが横から覗き込む。

年老いた衛兵:二年前の冬の件なら、
わしが退治した。
奴は裏の古井戸から
上がってきたんだ。

査定書|確かめた事(月見鳥亭)二年前の冬・二階の三号室泊まり客が魔物に襲われて亡くなった魔物は裏の古井戸から(衛兵の記録)衛兵が退治・床と壁は張り替え済み

朝の宿の食堂。窓から光が差し、ドーラが席に着く。ケイとリタが向かいに立つ。
机の上に置かれた一枚の紙と、紙を押さえるリタの震える手。

告知書(月見鳥亭)二年前の冬、二階の三号室で、泊まり客が夜中に魔物に襲われて亡くなりました。魔物は町の衛兵が退治し、部屋の床と壁は張り替えてあります。

リタ:昨日は、
答えられなくて
ごめんなさい。

紙を読み、片眉を上げるドーラ。

ドーラ:お父さんの事は、
書いてないね。

ケイ:病で亡くなりました。
聞かれたので、
お答えします。

ドーラ:……正直だね。
部屋を見せてもらうよ。

二階の三号室の扉を開けるドーラ。後ろにケイ。「ギィ」の描き文字。
ドーラが膝をつき、張り替えた床板を指で叩く。「コツ」の描き文字。

ドーラ:冒険者が気にするのは、
一つだけ。
魔物が、どこから来たか。

ケイ:衛兵の記録では、
裏の古井戸から
上がってきた。

裏庭の古井戸。鉄の格子と封印の石で、口が塞がれている。

ケイ:今は鉄の格子で
塞いであります。
昨日、俺が
見てきました。

口の端を上げて笑うドーラの顔のアップ。

ドーラ:怖がる客もいる。
その分は、
値から引かせてもらう。

ドーラ:でも、隠さなかった分、
あんたたちを信じる。
買うよ。

ドーラ:値は、建物の分も
出してから決めよう。

事件のあった家を、
どれだけ嫌うかは、
人によって違う。
だから先に告げて、
買う人に決めてもらう。

ドーラが差し出した大きな手を、リタが両手で握る。

値は、隠した事の上には
立たない。

夕暮れ、宿の入口の石段に並んで腰かけるリタとケイ。リタが照れくさそうに横を向く。

リタ:……ありがと。
父さんの宿、
隠し事なしで
渡せる。

ケイ:まだだよ。
建物の値が、
残ってる。

夕方の町の通り。白い法衣の神殿の騎士たちが進み、人々が道を空ける。「ゴォン」の鐘の描き文字。
神殿の騎士が、巻物を広げて読み上げる。

大神殿より 召喚状神託に無き値を口にした測量見習いケイ、三日後、神前査定に出頭せよ。

青ざめるリタの顔のアップ。

リタ:神前査定……?
負けたら、
二度と値を
口にできなくなる。

巻物を受け取るケイ。静かな顔。

ケイ:神託と、
値の出し方で勝負か。
……望むところだ。

夜の神殿の奥。ろうそくの下で、古い値帳を開く鑑定官の手と横顔。

大神殿の鑑定官グレゴール

グレゴール:八十年……。
一度も、
書き換えていない。

値なしの土地、査定します

第2話「告げること、告げなくていいこと」終

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この話で分かること

事故物件の告知義務は何年・どこまで?

国土交通省のガイドラインでは、事件・事故などによる死は、賃貸なら発生(発覚)から概ね3年たてば原則として告げなくてよく、売買にはこの年数の目安が示されていません。病気や老衰などの自然死や、日常生活の中での不慮の死(転倒・誤嚥など)は、賃貸・売買とも原則として告げなくてよいとされています。

条件・例外

もとになる決まりは、宅地建物取引業者は相手方の判断に重要な影響を及ぼす事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げてはならない、という宅地建物取引業法第47条。 自然死でも、長期間気付かれず特殊清掃や大規模リフォーム等が行われた場合は告げる対象になる。 期間や死因にかかわらず、買主・借主から問われた場合や、社会的影響が大きく把握しておくべき特段の事情がある場合は告げる。告げるのは発生時期・場所・死因・特殊清掃等の有無で、氏名や具体的な死の態様などは告げる必要はない。

出典

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この話のあらすじ

月見鳥亭では、二年前の冬に二階の三号室で泊まり客が魔物に襲われて亡くなり、去年の冬にはリタの父が病で亡くなっていた。「言ったら、また値なしに戻る」と隠したがるリタに、ケイは前の世界の決まりを示す。取引を仕事にする者は、買う人の判断に大きく関わる事をわざと告げなかったり、嘘を告げたりしてはならない。国の手引きでは、病気や老衰による自然な死、日常の中での不慮の死は原則として告げなくてよく、事件や事故などそれ以外の死は告げる。貸す時は概ね三年で原則として告げなくてよくなるが、売る時にその目安は無い。聞かれた時は年数にかかわらず告げる。告げるのは、いつ・どこで・何が原因か。ケイとリタは告知書を書いてドーラに渡し、聞かれた父の死にも正直に答えた。魔物が上がってきた裏の古井戸を確かめ、鉄の格子で塞がれているとケイが告げると、ドーラは買うと決める。その夕方、大神殿から召喚状が届く。神託に無い値を口にしたケイを、神前査定に呼ぶ、と。

作者

ka2uma

縦読み漫画の作者

仕事の現場を題材に、台本から縦読み漫画を作っています。

この作品について

土地や建物の値の出し方(取引事例比較法・原価法・収益還元法)と、事故物件の告知の決まりを、神託だけで値を決める異世界の王国に置きかえて描いています。

制作に生成 AI を使用。企画・編集:H株式会社・利用ガイド

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