第1話「夜明けの鐘まで」

3年︑出さなかった︒
どうせ︑
バレないと思っていた︒
確定申告書の作成 完了提出期限まで あと1分[ 送信する ]
4年目の今年こそ︑
出すつもりだった︒


最後に押せなかったのは︑
送信のボタンだった︒

目を開けると︑
瓦屋根と蔵の並ぶ︑
港の城下町だった︒

勘定改め所の見習い改め役(前世はフリーランスの映像編集者)伊織
改め所の書庫の、古い算盤の付喪神珠(たま)
珠:やっと起きた︒
あんた︑
未納のまま死んだでしょ︒

未納の帳|弓削 伊織(前世)本税 186万円(3年分)無申告加算税 29万7千円(調べの後に決められた時の割合)延滞税 日ごとに加算中(出すまでは年2.8%)
伊織:死んでも︑
取り立てが
来るのか︙︙
珠:この国の帳場の神様は︑
帳尻しか見ないの︒
未納の帳の決まりあんたが改めて見つけた税が、正しく納められたら、その分だけ減る。取りすぎた分は、増える。
伊織:改めた家︙︙?

勘定改め所の改め役〈見立ての志乃〉榊 志乃
志乃:紺屋だろうが︑
米屋だろうが︒
暖簾と竈の煙を見れば︑
年の儲けは分かる︒
ここは〈勘定改め所〉︒
町の商人と職人の税を
改める役所だった︒
改め所は︑帳を見ない︒
店の構えから儲けを当てる︒
〈見立て〉と呼んでいた︒

俺の下宿は︑
町外れの紺屋の2階だった︒

紺屋の娘お糸
お糸:お父っつぁん︑
申告って︑
3年も出さないで
いいの?
紺屋(藍染めの職人)宗吉
宗吉:出さなくたって︑
バレやしねえよ︒
うちみてえな
小せえ紺屋︒
伊織:︙︙前の俺と︑
同じことを
言ってる︒

伊織:バレますよ︒
宗吉:︙︙出さねえと︑
どうなるってんだ︒

前の世界で︑
俺は封筒を一通も
開けなかった︒
改め所の書庫に︑
誰も開かない本があった︒
〈申告の御定め〉︒
読んで︑寒気がした︒
――前の世界の
税の決まりと︑
同じだった︒
申告の御定め(前の世界の決まりと同じ。令和8年4月1日現在)申告は、毎年2月16日から3月15日まで。期限を過ぎても、気づいたらすぐ出す(期限後申告)。出さないでいると、改め所が調べて額を決める(決定)。
伊織:出さないと︑
本当の税のほかに︑
上乗せがつく︒
伊織:いつ出すかで︑
上乗せが
変わるんです︒
無申告加算税(令和5年分以降。税が50万円までの部分)改めの知らせの前に、自分から出す 5%知らせの後、調べの前に出す 10%調べの後に出す・改め所に決められる 15%調べで売上の帳簿を見せられない さらに10%(税が50万円を超える部分は、もっと高い)
珠:それと︑延滞税︒
納める日まで︑
毎日増える︒
珠:出したら︑
その日に納めな︒
放っておくと︑
3倍の速さで増える︒
お糸:3年分の税って︑
いくらなの︙︙?
伊織:それを今夜︑
数えるんです︒
宗吉:数えるったって︑
帳面なんざ︑
一冊もねえぞ!

お糸:染め上がりの控えなら︑
3年分︑全部ある︒
︙︙捨てられなくて︒
帳簿は無くても︑
売上は︑残っていた︒

珠の算盤|紺屋 宗吉の売上(控えの札から)1年目 512万円2年目 531万円3年目 517万円
伊織:次は︑経費︒
藍と︑薪と︑灰︒
仕事に使った物は︑
売上から引ける︒

お糸:家の灯り油は?
夜なべで
染めてるけど︙︙
珠の算盤|3年分売上 1,560万円経費 660万円所得 900万円本税 36万円(1年 約12万円)
宗吉:3年で︑
36万︙︙
伊織:今︑自分から出せば︑
上乗せは5%︒
1万8千円です︒
伊織:改めの知らせが
来てからなら
3万6千円︒
改めの後なら
5万4千円︒
珠:延滞税は︑
どの道かかるけどね︒
早く納めた方が︑
安い︒
改めの知らせは︑
いつ来てもおかしくない︒
改め所が開くのは︑
明け六つの鐘︒
宗吉:︙︙書け︑お糸︒
出す︒



勘定改め所の受付の書役六助
六助:︙︙はい︑受け取りました︒
紺屋 宗吉︑
3年分の期限後申告︒
未納の帳|弓削 伊織(前世)未納(本税と加算税) 215万7千円紺屋 宗吉の期限後申告(自分から) −0円
珠:減らないよ︒
自分から出した分は︑
宗吉の手柄︒
あんたが改めて
見つけた分じゃない︒
伊織:それでいい︒
宗吉さんの上乗せが︑
一番安く済んだなら︒

志乃:六助︒
今朝の︑
知らせの帳だ︒
勘定改め所|本日の改めの知らせ一、紺屋 宗吉 3年、申告なし
六助:あ︙︙
その家なら︑
たった今︑
自分から出しに︙︙

志乃:知らせを出す朝に︑
自分から
出してきた?
志乃:――見習い︒
その紺屋︑
お前の下宿だな︒

志乃:それに︑
この申告︒
志乃:見立てに︑狂いはない︒
あの紺屋の稼ぎは︑
この倍ある︒
無申告、改めます。
第1話「夜明けの鐘まで」終





