第1話「一人、多い」

午前二時十四分︒
峠の途中で︑
バスが止まっていた︒

ハル:︙︙止まってる?

運転席に︑
誰もいなかった︒

エンジンは︑
かかったまま︒
暖房の風だけが︑
鳴っていた︒

ハル:足跡が︑
ない︙︙︒
ハル:スマホは︙︙︒
携帯電話圏外
電話も︑
つながらない︒

写真学科2年戸川 ハル
東京の展示に出す
写真を抱えて︑
私は夜行バスに
乗っていた︒
鷺沢:おい!
運転手は
どこだ!

乗客・宝石商鷺沢 玲司
鷺沢:客を置いて︑
どこへ行った!

乗客・元 市営バス運転士(40年)秋津 フミ
フミ:みんな︑
座ってな︒
フミ:慌てる前に︑
まず数えるよ︒
その人は︑
運転席の横の板から︑
紙を一枚とった︒
乗車名簿 霧笛 → 東京 夜行便2A 秋津 フミ(女)3C 戸川 ハル(女)5A 鷺沢 玲司(男)6A・6B 小野寺 誠(男)・小野寺 美月(女)8C 鳴海 さよ(女)10D 矢代 透(男)計 7名
フミ:名簿は︑
七人︒

フミ:︙︙五︑六︑七︑
フミ:八︒
鷺沢:誰だ!
名簿に
ないのは!
フミ:怒鳴っても︑
数は
減らないよ︒
ハル:一人︑
多い︒

美月:ねえ︑
誰か知らない人が
乗ってるってこと︙︙?
誠:大丈夫︑
大丈夫だから︒
誰も︑
名のり出なかった︒

乗客・看護師鳴海 さよ
鳴海:この子︑
顔色が悪い︒
頭︑痛い?
少年:︙︙ぼーっと︑
する︒
美月:私も︑
さっきから
頭が重くて︙︙︒

フミ:マフラーだ!
フミ:雪で排気の口が
ふさがると︑
排ガスが床の下に
たまって︑
車の中に
入ってくる︒
フミ:窓を開けな!
若いの︑
手を貸しておくれ!

バスの後ろは︑
もう腰まで
雪だった︒

ハル:撮るのは︑
くせだ︒
こんな時でも︒
フミ:いいよ︑
撮っときな︒
あとで
役に立つかもしれない︒

フミ:これでいい︒
三十分ごとに︑
見に来るよ︒
鷺沢:俺は戻るぞ︒
寒くて
かなわん︒
宝石商は︑
真っ先に︑
バスの中へ
戻っていった︒
誠:あの人︑
ほとんど
掘ってなかったような︙︙︒

鳴海:顔色︑
戻ってきた︒
もう大丈夫︒
フミ:運転手は︑
お客を置いて
いかないもんだ︒
フミ:何か︑
わけがあるんだよ︒
ハル:フミさんは︑
どうして
そんなに︙︙
フミ:四十年︑
運転席に
座ってたからね︒
私は︑
撮った写真を
見返していた︒

DSC_0412 23:41サービスエリア 休憩中のバス
三時間前︒
雪のサービスエリアで
撮った一枚︒

夜行バスの運転手久我 陽介
久我:休憩は二十分です︒
バスは鍵を
かけますので︑
貴重品は
お持ちください︒
全員が降りて︑
鍵がかかった︒
そのはずだった︒

ハル:鍵のかかった︑
誰もいない
はずのバスに――
ハル:誰か︑
座ってる︒

写真の席は︑
9A︒
名簿では︑
空席だった︒
乗客は七人のはずだった
第1話「一人、多い」終





